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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
8歳頃の話
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31 隠し畑

31 隠し畑


 前公爵ギルバードと繋がりがある農村は飢餓状態になっていて、今年の収穫前に死者が出る可能性は高く、食糧支援以外に救済する事はできません。しかし、毎年支援を続けるとなると、ドミニオン国に前公爵と村の関係が発覚する事は避けられません。

 関係が発覚すれば、裏切り者として処罰を受ける事は確定しています。現地で生産した農作物を秘匿すること以外に打開策がない事は、ギルバードも認識していますが、上手にする方法を思いつくことができません。

 方法を探しながら、各村を見回っていたギルバードの元に、孫達がパスル村に滞在しているという情報が届くと、ミーナが何かをしているのだと確信して、すぐに孫たちの元へと向かいます。

「じいじ。」

「バルド、ミーナ。」

 薪を作り出すための林の中で、祖父と孫2人は再会します。茶色の作業服に身を包んでいる孫達は、満面の笑みで祖父に抱きつきます。

「じいじ、会いたかった。」

「ああ、じいじも会いたかったが。ここで何をしているんだ。」

 孫以外にも5名の若者たちが林の中で作業をしています。切り倒した木の根を掘り起こしているのは分かりますが、何の目的としているのかが、じいじには分かりません。

「隠し畑を作っているの?」

「ここに畑を。」

 軽戦士姿のギルバードは質問を投げかけます。

「そうなの。バルドにぃが考えたの。じいじに説明してあげて。」

「うん。今、芋を植える場所を作っているんだよ。木の根を抜けば、そこが芋を埋める事ができる場所になるんだよ。芋は、もうすぐ届くと思うんだけど。」

「木が所々倒されているのはなぜなんだ。残っている木は後で切るのか。」

「残してある木はそのままだよ。隠し畑にするから、外から見たら、林に見えるようにしておくんだ。」

「なるほど、外からでは林に見えたな。だが、木と木の間に芋を植えて、きちんと育つのか。」

「芋は地下に一定の広さがあればできるから、このぐらいの間隔で木が生えていても問題ないんだ。木を間引きしているから、日光も届くから、きちんと育つよ。ペンタス先生が実験で確かめたことがあるから。」

「なるほど。ペンタスの研究か。」

「そうなんだよ。先生は凄いんだ。」

「バルドにぃ、説明が終わっていないよ。」

「あ、うん、ここに植えるのは、茶色芋という品種にする予定なんだ。他の芋よりも全体の収穫量は少ないけど、暖かい地域でも収穫量はそんなに落ちないんだ。1つ1つの芋の大きさも、他のより一回り小さいから、狭いここに適している。乾燥にはすごく強いから、川沿いから離れたこの辺りでも一定の収穫は見込めるよ。それに、実物がないから分からないけど、乾燥した土のような色をしているから、そのまま掘り出して、地面に置いても、芋だって気付きにくいんだ。」

 畑そのものを林の木々の中に作れるという発想も知識もなかったギルバードは、孫達の説明に頷くばかりです。植える芋の現物がなくても、あのペンタス教授が実験済みと言うのであれば、疑う必要はありません。

一抹の不安を感じている村人達に、ギルバードは成功する事のお墨付きを与えます。そして、信じる気持ちになっている村人に対して、バルドに詳しい説明をさせます。

 バルド少年は、ペンタス教授の実験によって得られた知識の中から、適切な農業技術を村に提供します。林そのものを拡大するべく、水の魔石を使った泉を設置します。これによって、川沿いの小麦畑から離れた所に、隠し畑を作る事ができます。林を拡大する際に、食べる事が可能な木の実の種をまくだけでなく、雑草に見える豆類も植える予定です。

 小麦の生産性よりは劣っているため、大規模生産には不適切ですが、雑草雑木の中でも生産できる点は、この場面では大きな長所です。ある意味、ペンタスが失敗したと判定した知識をバルドは活かします。

 兄がじいじに褒められるのは嬉しいけれども、自分があまり褒められていない事に、苛立ちを感じているミーナに対して、じいじは気を使って褒めるのですが、何の功績も手にしていない事を自分自身が理解しているため、慰められている事も悔しさを増幅するだけで、ミーナの機嫌はさらに悪化します。


 ミーナの機嫌が直ったのは、ギルバードが合流してから4日後、ゲハルトがパスル村を出てから15日後です。モーズリー高原の街で物資の調達を済ませたゲハルトが、荷馬車30を引き連れて戻ってきます。

 食料の支援が来るから、食事量を元に戻しても大丈夫と言うミーナの主張の正しさが証明されます。今までは、ギルバードの口を借りて、村人に指示を発していた孫娘は、村人に直接指示を出す資格を獲得します。

「ね、ミーナが言った通り、食料が届いたでしょ。」

 村に唯一の宿屋兼酒場には、村長の他、7人の主要村人も集まっています。ギルバード前公爵、バルド、ゲハルトも同席しています。

「はい、ミーナ様のおっしゃる通りでした。疑いを持った村人もいた事、申し訳ありませんでした。」

「村長さん、気にしないで。急に現れた女の子のいう事を、何の物証もなく信じる方が無理なんだから。」

 寛容的な態度を見せますが、ついさっきまでは信頼してくれない村人に対して、憤りの態度を見せています。自分を認めて欲しい気持ちを持て余している点では、貴族の令嬢であることを示しますが、進んで農作業をしている元気な少女の姿を見ると、貴族の娘だとの認識が表面に浮かんでくることはありません。

「さて、ミーナ、この後はどうする予定なんだ。」

 主導権を握りたい孫娘の意を汲んで、祖父は話を振ります。

「じいじとバルドにぃ、バルサさん、ジャンゴさんには、他の3つの村に食料を届けると同時に、隠し畑の場所の選定と、作り方の指導をしてもらいたいの。」

「了解した。だが、植えるための薄茶芋がない。」

「王都のペンタスに手紙を送ったから、一か月後に大量に持ってきてくれる。」

「ミーナ、個人的に呼び捨てにするのは構わないが。皆の前では、きちんと呼ぶようにしなさい。」

「はい。じいじ・・・。えっと、ペンタス教授は農業博士で、農業の事は詳しいの。バルドにぃの先生でもあるの。良い芋を送ってくれるから。皆には準備をしっかりしておいてもらいたいの。」

「補足するけど。芋はもともと寒い地域のものだけど、暖かい地域でもきちんと収穫できるし、植付可能期間は長いから、夏が過ぎて、秋になってからでも問題ありません。この南部地域は冬でも暖かいから、冬でも十分に育つと思う。これは実際にやらなければ分からないけれど。」

 農業少年ともいえるバルドの言葉に村人たちは頷きます。農村の住人たちは、基本農家の人間であり、興味を向けるのは農業です。その知識が豊富で、的確な指示を出す少年に信頼を寄せるのは当然です。

「細かい部分は、作業の時に聞いた方が良いだろう。他に指示しておくことはないのか。ミーナ。」

「来月から、ドミニオン国からの貿易商団が、モーズリー国境砦に集まる。商人達がこの村に立ち寄る可能性があるから、注意した方が良い。この村の小麦が根こそぎ取られた事を商人達も知っていて、わざわざ立ち寄る可能性は低いけど。困っている村に高値で物を売る機会だと考える商人がいない訳じゃないから。油断は厳禁。」

 狡賢さが政治家に必要な能力であるというのであれば、ミーナはこの時点でも、それなりに有能な政治家です。特に、人の目を盗んで好き勝手に行動する事にかけては、8歳児にして老練さを感じさせるものを持っています。

 父母と言う最大の抑止力がない、この地域でミーナは自由に行動する事で、自身の持っている力を最大限に発揮します。


「馬車が来た!」

 村の西側広場では、村人が一堂に集まって、大鍋のシチューと固パンを食べています。食料と燃料の無駄を減らすために、村人が一か所に集まって食事を取っています。そこに飛び込んで来たミーナが、村人に朗報を伝えます。昼食を掻き込んだ村人たちが、すでに馬車の方へと走り出しているミーナを追いかけます。

 どんどん小さくなるミーナの後姿を見守っていた村人の中にも、西側に砂埃が舞い上がっているのが見える人が現れます。救いの芋が到着した事に歓喜する村人の所に、20の荷馬車の集団が到着します。

 村に馬車が到着する時には、先頭の馬車の座席にはミーナが笑顔で立っています。村人に救世主が来たことを紹介したくてたまらない少女は、集まってきた村人の視線を一身に集めているのを確認します。

「芋が来たわ。しかも、こちらが、ペンタス大先生です。」

「ペンタスです。どうも。」

 人懐こい笑顔の大先生を見るのが初めての村人たちも、ミーナが大々的に紹介しているのだから、とんでもない人物であろうと考えて、さらなる歓喜をあげて、真の救世主を歓迎します。そして、ペンタスもドミニオン国の土に触れる事を心から喜んでいます。

 ペンタスはこの後、1年間、この地に滞在すると、隠し畑の整備は当然の事として、林の中や村の中に様々な食用植物を植えます。イシュア国の南方開拓地で発見した新種の作物の実験も行いながら、村人達の食糧事情を大きく改善します。

 この年の収穫時に、再び北から上級貴族の名を関した強盗が来て、収穫した小麦を根こそぎ奪われたことに、ペンタスは激怒します。翌年の作付けでは、小麦等の穀物生産量を半分にして、代わりに商品作物を植えさせます。そして、それらをイシュア国で販売して、イシュア国の穀物類を購入させます。そのまま、村に持ち帰れば、貴族達に奪われる危険があるため、モーズリー国境砦に大倉庫を作り、そこを借りて、穀物を保管してもらい、村人達が月に1度そこから取り出す形で食事に供するようにします。

 この地で、ミーナとバルドの後を引き継いだペンタスは前公爵ギルバードと同様に崇められる存在になります。彼の農業技術がドミニオン国の南部地域に伝搬して、南部の生産力が上昇するのは2年後からですが、その上昇は、冷害から始まった食糧不足のドミニオン国を救う事になります。もちろん、秘匿活動していたため、これらの事実が歴史に出てくるのはまだ先です。


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