30 南部の村
30 南部の村
国境警備兵の駐在する関所兼防衛砦では、ミーナは身分を偽る事はなく、大英雄ギルバードの孫、宰相の子として一泊します。砦の高台から見ていたドミニオン国側の平地部に感動しながら、3人は最寄りの村であるパスルを目指します。
全速力で駆けさせれば、その日の夕刻には到着する距離ですが、3人は馬を疲労させないようにと、ゆっくりと進みます。途中野営を一泊挟むことになりますが、ドミニオン国は友好国ではない以上、緊急事態が発生する可能性を考慮する必要があります。
ただ、国境砦近辺の村々は、イシュア国、特にオズボーン公爵家には友好的です。
「24年前と13年前に、国境のモーズリー高原で戦争があって。」
「その話は、僕がしたよ。」
「それでね、24年前の戦いでは、当時のギルバード公爵が、奪い取られたモーズリー砦、今の馬商人達の拠点になっている所ね。そこに単身で取り込んだの。300人もの敵兵を全て薙ぎ払って、1人で砦を奪還したの。すごいでしょ。ね、ゲハルト。」
「あ、はい。」
「13年前の戦いでは、なんとママとセーラ叔母様、アラン叔父様が、じいじとばあばと一緒にここに来て、大活躍したの。昨日泊った国境砦は、勝利後に建てたもので、あそこに来るまでの細い道があったでしょ。そこが戦場になって、ドミニオン軍を撃退したの。その時、何があったと思う。」
「ザビッグ将軍に対して、ママとばあばとセーラ叔母様が戦って。」
「あああ、どうして、バルドは話に割り込んでくるの。ザビッグをセーラ叔母様が倒して、配下とする話はするけど、その前にアラン叔父様の活躍を話してからじゃないと、順番がごちゃごちゃになるでしょ。もう、バルドにぃは、前に話をしたんでしょ。今度は私の番なんだから。」
イシュア国が実施する対外戦争は、全てドミニオン国からの攻撃をモーズリー高原で迎撃するものです。ドミニオン国に侵略する意思が全くないイシュア国は、追い返したら、それ以上の戦いをしません。その結果、10年に1度ぐらいのペースで、ドミニオン国が水利権の奪取もしくは、水利権交渉のための戦争を仕掛けてきます。
だから、イシュア国における対外戦争、及び対人戦争の武勇伝は、モーズリー高原の戦いにおけるものしかありません。武の頂点を極めたいと目標を掲げる子供達が一番興奮する話であり、庶民出身のゲハルトでさえ、この戦いの話は知っています。
「いい、ゲハルト、ここからは秘密の話よ。特別に話してあげるわ。」
「その話は、じいじの。」
「うるさい。バルドにぃが、先に話をしたから、ゲハルトの驚く顔が見れなかったのよ。」
「ミーナ。」
「うるさい。じいじが今している事をゲハルトにも理解してもらわないと、何かあった時、困るでしょ。ドミニオン国の領内にいるんだから。ゲハルトは秘密を守ってくれるよね。」
「はい。」
「それじゃあ、話すけどね。」
ギルバードが2回の戦争で武勲を重ねたことは誰もが知っている事ですが、前公爵がドミニオン国領内にある村々に接触して、懐柔工作を実施していたことは、軍事機密として公開はされていません。
懐柔工作と言っても、村をイシュア国に取り込むためのものではありません。ドミニオン国が兵を動かした時に、一早く通報してもらうためのルートを手に入れるために、ギルバードは村人を懐柔しています。
イシュア国が、主戦力を国の北部にある王都に配置しなければならない以上、南西地域にある通行可能な国境であるモーズリー高原に十分な兵力を置くことはできません。防衛側のイシュア国は、戦が始まると、イシュア国を縦断する距離を行軍して、防衛軍を国境に向かわせる必要があります。救援軍が到着する前に、1,2回の戦闘が終わっている事が多く、24年前の戦争では、1回目の戦闘で砦を占領されて、イシュア国防衛隊に大きな被害が発生しています。
その状況を憂い、ギルバードは村人たちに、イシュア国側からは攻撃をしない確約とドミニオン国に気付かれないレベルの支援を提供する代わりに、ドミニオン軍の進軍情報を伝えるようにと依頼します。
イシュア国侵略に意味を見出せないドミニオン国の農民達は、モーズリー高原から流れてくる川の水量を維持してくれるとの話に飛びついて、イシュア国に自国の動きを通報すると言う約束に同意します。
ギルバードが単独でモーズリー高原に向かったという情報を得たミーナは、ドミニオン軍の進軍の情報ではないにしても、何かしらの動きの通報があったから、じいじは動いたのだと考えます。そして、そこには武勲につながる何かがあると考えたのです。
「私は、ギルバード・オズボーン前公爵の孫のバルド・ファロンです。祖父がこの村に戻ってくるまで、泊る場所を提供してもらいたい。」
村に隣接する農地を通り過ぎて、住居用の建物がある所まで来ると、3人は下馬して、責任ある人間の到着を待ちます。しばらくすると、杖で体を支えながら歩いてくる初老の男性が現れます。
パスル村長を名乗った男性に案内された村長の家は、木造平屋建ての大きめの家で、3人は2つの部屋を提供してもらいます。
「こちらの部屋をお使いください。食事は後ほど、用意いたします。」
「食事は自分たちで持ってきたのを食べるから。台所だけ貸して欲しい。私達にとっては、何でも自分でする事が訓練なの。持て成しを受ける気持ちがない訳ではないの。」
「はい。畏まりました。お水を使うのでしたら。台所の水がめの中のをお使いください。」
「ええ、ありがとう。村の中や、畑とかを見て回りたいのだけど。」
「村中に伝えておきますので、ご自由に行動なさって大丈夫です。」
「そうしてもらえると助かります。」
パスル村での拠点を手に入れると、3人は作業服に着替えて、農民と何ら変わらない格好で村内での情報収集を始めます。
「バルドにぃ。子供達もまともな食事をしていないみたい。細すぎる。村長もそうだし、子供の世話をしていた女性も、痩せていた。」
提供してもらった小さな部屋に集まった3人は、干し肉と固パンを齧りながら、1日目の情報収集の報告会を行います。
「うん、村長から聞いたんだけど。昨年の作物のほぼ全部を国に税として取られたって。」
「大事な事は先に言ってよ。」
「本当にそんなに税を取られたかを確認してからミーナに伝えたかったんだ。」
「何を確認したの。」
「この村の収穫量を確認したんだ。畑を見て、広さや土壌の良さを確認したんだ。概算だけど、この村の人口なら、7割ぐらい税として取られても、こんなに飢えるような状況にはならない。とても良く肥えた土地で、モーズリー高原から流れ出る川の水量も十分にある。だから、こんな状況になるなんて、本当に全部税として取られたんだと思う。」
「ドミニオン国でも冷害があったの?」
「北部は3,4年冷害になっていて、特に去年は酷くて、北部の上位貴族達が、南部の村々から臨時徴収をしたんだって、村長が言っていた。」
「この村の領主は抵抗しなかったの?」
「王が、ここの領主が税を収集した後に、上位貴族達の徴収を許したんだって。だから、全部取られたって。」
妹の青い目が怪しく輝いているように見えたバルドは、ここの領主を討伐すると言い出さないかと心配しますが、ミーナはそのような事は考えていません。国が違えば、何もかも違うという事は理解しています。自分との考え方が違うからと言って、これを排除しようとまでは思いません。しかし、農民たちに対して死んでも構わないという対応をしている貴族達の存在だけは、愚か過ぎて理解できません。
庶民が稼いだ利益を、貴族が手に入れる事が当然であると考える人間がいる事はミーナも分かっています。伯爵令嬢として、民衆から税を集めて、何らかの利益を得る事は自然の事だと考えていますが、その代わりに何らかの利益を提供しなければならないとも考えています。
貴族が価値ある存在であると示してこそ、民衆が利益の一部を貴族に捧げるという構図が成立していると、ミーナは信じているし、現実にそうでなければ、国における貴族と言うのは意味がありません。
貴族が民衆の全ての生活の面倒を見なければならないとまでは思いませんが、貴族が民衆の生活を破壊するような行為をするのは、愚行の極みにしか思えません。どんなに愚劣な貴族であっても、民がいなくなれば、その上前を撥ねる事ができなくなるのは分かるのだから、民を餓死させるレベルでの搾取は、思考の理解外の事です。
「今年も取りに来るよね。」
「北の冷害次第だと思うけど・・・。来ると思う。村長たちはそうなる可能性が高いと考えている。」
「どうすればいいと思う。バルド。」
「どうって、僕達だけで戦争はできないよ。」
「バルドにぃは、大胆ね。戦争して周辺の地域をイシュア国の領土にするなんて、無謀よ。過激派なんだね。」
「違う、ミーナが言い出すかと思ったから、先に言っただけで。戦争をしたいだなんて、考えていないよ。」
「ミーナが、そんな馬鹿なこと言う訳ないでしょ。戦争は1人ではできないし、戦争すれば、周りの人を、軍人以外だって巻き込む事になるんだから。」
妹が冷静に判断できる事に驚きながら、妹をただの暴れ者だと思っていたことを反省します。ただ、そんな事を言えば、暴れ始めるので、妹の事は思考外に置いて、バルドはこの状況で何をすればよいのかと考えます。
祖父ギルバードが他村で情報収集をしているから、その結果を待って動くのが最善だとは分かっているものの、功績を求めている妹が、すぐに何かをし出すに決まっているので、当面できる事をバルドは考えなければなりません。しかし、こういう時に何かのアイデアを出すのは妹の役目でもあります。
「作物を作っても取られるから、隠すしかないかな。」
「隠し畑を作るってこと?」
「それしかないと思うけど。何かいい考えはある?ペンタス教授の一番弟子には。」
兄妹の青い瞳が怪しく輝くと、自分が何かの任務を与えられる事を予知するゲハルトは、何か凄い事を考えているんだろうなとは思いながらも、その中身については考えても仕方がないので、考えません。明日からすぐに動けるようにと、手にした干し肉と固パンを食べる事に集中します。




