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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
8歳頃の話
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29 高原へ

29 高原へ


公爵邸の厩舎から2頭の黒馬と2人の子供達が出立します。赤茶色の魔獣革で全身を包み込んで、その上に革鎧を重ねた伯爵令息令嬢は、紺色のマントを羽織っています。装備品以外の荷物を2つの革鞄に入れて、馬に乗せています。アランが想定する以上の物品を手に入れたミーナは、笑みを絶やさずに公爵邸から続く草原地帯をゆっくりと進みます。

「バルドにぃは、いつまで心配しているのよ。アラン叔父様が認めてくれたんだから。」

「そうだけど。僕達が困らないように、多めに持たせてくれたのであって、全部使うとは思っていないよ。」

「叔父様は公爵なの。心が広い方なのよ。」

「そんな事は分かっているけど。公爵家の財産であって、ファロン家の財産ではないんだよ。」

「本当に、いい加減にして、せっかくの楽しい旅なのに。そんなに心配なら、ミーナのせいにすればいいでしょ。どうせ、私しか使わないんだろうし。」

「ミーナの責任にはできないよ。僕も一緒に旅しているんだから。」

「だったら、もう諦めて。必要があれば使うし、必要がなければ使わないから。無駄遣いはしないから。」

 兄バルドは、諦めるしかない事を理解していますが、ミーナから無駄遣いはしないという言葉を引き出したことで安心する事にします。これ以上言い続けると、意地になって何をするのか分からない妹を、さらに刺激するのを止めます。

「ミーナ、ゲナルトが付いてくるけど。どうしよう?」

 2頭と2人の後方で、馬を駆っているのは、ファロン邸の警護役であるゲナルトです。貴族とは無縁の30歳の男性は、元は貿易商団の傭兵です。傭兵にしては強すぎるという事で、宰相ロイドに献上された戦士であり、貴族の護衛役としての訓練を終えた後は、ファロン家の影の護衛として活動しています。

「ゲハルト、こっちに来なさい。」

 馬の歩みを止めたミーナは大きな声で呼びつけます。主の愛娘の命令だから従うのではなく、主の命令が2人の護衛であるから、黒髪黒目の戦士は指示に従います。中肉中背の戦士は、無感情に見える表情で2人の前で馬を止めます。

黒革の軽装戦士は、自分の背にも、馬の背にも荷物を載せています。その事が、宰相ロイドがこの旅を認めている証であり、バルドは不安を一気に消します。

「パパの命令は、ミーナ達の護衛なの?」

「・・・。」

「言葉で答えて。」

「はい。護衛です。」

「ミーナの方が強いって分かっている?」

「はい。分かります。」

「ファロン邸に戻れ、って言ったら、戻る?」

「戻りません。付いていきます。」

「付いていてもいいけど、仲間として行動して。離れて付いて来られると、気になって仕方がないの。」

「はい。」

 寡黙な戦士は、貴族の表の護衛に適していませんが、影の護衛には適しています。特に、任務に忠実である性質を持っている事は重要です。2名ではなく、3名の旅になった事は、モーズリー高原までの道中で、様々な問題を起こす予定を全てキャンセルする事に成功します。宰相の息子、娘だと名乗った所で、確認作業がなければ、信じる事ができない人々を、子供だけで相手にするには簡単ではありません。大人で街から街へ移動する可能性のある傭兵が子供達を連れているという形は、周囲から不審に思われるのを防ぎます。


 大陸にある3か国、イシュア、フェレール、ドミニオンは、それぞれの国境に山脈、山地、断崖があり、人の行き来が可能な道は限られています。イシュア国とドミニオン国を繋ぐ道は、モーズリー高原のみに存在していて、13年前には高原の中間地点に国境線が引かれています。そして、それまでに何度かの騒乱が高原内で発生しています。

しかし、13年前に国境紛争が発生した時、オズボーン公爵家の精鋭が参戦して圧勝すると、高原地帯は完全にイシュア国が領有する事になります。高原とドミニオン国を繋ぐ細い山道からの出口部分に新たな国境線を引くことになります。

高原に向かう山道の入り口に、イシュア国側の関所砦が建設されると、広大な高原地帯を完全に自由にすることができます。

高地であるため、主要穀物の栽培に適さない土地は、馬の生産地としての開発が進みます。かつては激戦が繰り広げられたモーズリー砦に隣接する平らな土地に、小さな町が造られています。

「ここが、ギルバード前公爵が一騎で陥落させた砦か。結構大きい。500人ぐらいの兵士が立て籠る事ができる砦なんだ。もちろん、モーズリー砦が名称で。今は、馬商人達の宿泊施設に変わっているんだ。」

 兄バルドの解説は正確で、知識を得るという目的であれば最高の案内役です。しかし、現地の人との交流を楽しみたいミーナには不評です。

「バルドにぃ、先にモーズリーの街へ入って、宿を決めようよ。この子達も休ませたいし。話は後で聞くから。ね。」

「宿って事は、ここに滞在するって事?どのくらい?」

「この子達の休憩もあるから、3日ぐらいのつもりだけど。」

「えーっと、もう少し高い所にある牧場の見学と、水源の泉を見たいんだけど。もう少し、日数が必要なんだ。」

 今回の旅の建前は、祖父ギルバードの手助けをして、役に立つというものですが、書物で得た知識を、実際にその目で確かめる事ができる喜びを知ってしまったバルドは、移動を急ぐつもりは全くありません。

「ここまでは、急いでくれたから、この街には、バルドにぃが満足するまで滞在しましょう。それでいい?」

「うん。もちろん。」

「ゲハルトは、この街にいる間は、バルドにぃの護衛をして。泉や牧場に行くときも付いていって、準備もきちんとさせて。私は、この街からは出ないから。」

「分かった。」

 傭兵スタイルの3人の来訪者の情報は、一瞬にして小さい町に広がります。高原防衛隊の交代要員か、馬商人しか訪れないはずの街に、子供連れの傭兵が来る目的が全く理解できません。10歳ぐらいの息子と娘に、傭兵の着るような軽装備をさせている意味も全く分かりません。

 怪しい3人が町の宿屋に泊ったとの情報を聞きつけた町の警備兵が、宿屋兼酒場の1階に駆け付けます。

「役目柄、お聞きしたいのだが。この街への訪問理由は何であろうか。」

 2階の部屋から1階に降りてきた黒い軽装備を付けた傭兵風の男性と、その前にいる水色のワンピースの女の子と、茶色の革鎧で身を包んだ男の子の3人の姿が、何を意味しているのが分からない3人の警備兵はお互いの顔を見合います。

「パパはお話しできないの。」

「そうなのかい、お嬢ちゃん。ここに来た目的を教えてもらえるかな。」

 旅の垢を落としてはいない少女であったが、少し埃が付いていても、その可愛さはレイティア譲りで、職務中の兵士達であっても笑顔にする事は容易です。

「内緒にしなくちゃいけないって、叔父様に言われているの。」

「内緒なのかい。その叔父さんが、どなたか教えてもらえるかな。」

「教えられないの。そう叔父様に言われたから。そうだ。あなたが隊長さんでしょ。」

「ああ。」

「手を出して、贈り物があるの。」

 少女に言われるままに片手を差し出した警備兵の手に、ミーナは金貨5枚を乗せます。

「はい。贈り物。」

 何も反応しない隊長にミーナがさらに言葉を重ねます。

「足りない?」

「いや、このお金は・・・。受け取る訳にはいかない。お金をもらって、職務を怠る事はできない。私達の目的は、あなた達の身元を確認する事なんだ。」

「要するに、私達が怪しくない事を証明すればいいんでしょ。」

「そうだ。そのために、名前を聞かせてもらいたい。」

「言えないの。だから、その金貨を私達が町を出る時まで預かるって事でどうかな。」

「うーん。どうしたものか。」

 警備兵たちが相談を始めます。町の自治組織が雇っている警備兵であるため、領主権限や軍権限が及んでいません。街の人々に害を与えるようなことをすれば、身柄を確保して、週に一度巡回に来るイシュア軍の正規兵に渡すことになっています。ですが、目の前の3人は悪い事をした訳ではなく、名前を明かすことを拒否していますが、自らが悪意を持っていない事を示す行動をとっています。

「どうして、名を明かさないの。」

「自由に行動できなくなっちゃう。色々と見て回る時間が減るかも。」

「うん、それは嫌だ。」

小声でミーナとバルドが話をしている間に、方針が決まったようです。もし街に損害を与えるようであれば、金貨を没収するとの宣言によって、名を聞かないままで、街への滞在を許してもらいます。


バルドとゲハルトが、奥地と呼ばれるさらに標高が高い地域へと探索に出かけて戻ってくるまでの7日間、ミーナは精力的に街の人々と馬商人達からの情報収集を行います。西部の街から来た馬商人の娘である事を表明して、父と跡取りの長男が奥地の馬を見て回っているという設定で活動します。

怪しさ極まりない少女ですが、口達者なミーナを商人の娘として認識する事に町の人々は抵抗がありません。口だけでなく、3人が町に連れてきた3頭の馬が、名馬と呼ぶのに相応しい馬体を持っているため、馬商人の一家であると言われれば、なるほどと納得する他ありません。軍馬として鍛えられていても、これだけの馬には育たないと評価を受ける馬を所有している事で、ミーナ達が商人ではないと疑う者はいません。

名前を隠して滞在しているのも、モーズリー高原の現状を把握するためのお忍び活動がしたいからであろうと、勝手な物語ができ上ったことで、ミーナの情報収集は順調に進みます。今は名乗らないが、いずれ西部の大商人が馬買いに来た時に、その名が知れるだろうから、それまでに大商人の娘との交流を深めれば、商売の機会が増えるだろうと商人達は考えます。

モーズリー高原は、国境の重要拠点でもあるため、国の直轄地になっています。しかし、高原で行われている牧場の運営については、オズボーン公爵家が主体的に行っています。現在、高原内の牧場をはじめとする商売が順調なのは、公爵夫人キャロラインの手腕が優れている事の証明になります。大好きなアラン叔父様の妻の座を射止めたキャロライン叔母様を、現地の商人達に自慢したくなるのをぐっと抑えながら、ミーナは情報収集を続けます。

国境内の高原地帯は、農作物の生産地ではないため、冷害の影響はありません。馬達のエサである草も、もともと寒冷地で育つ種類の物が自生しているため、冷害の影響はほとんどありません。

「ギルバード様は、国境砦を越えて、ドミニオン領内のいくつらの村を見て回っているみたいだぞ。」

 両国を繋ぐ一本道に建設された関所である国境砦を一歩でも出ると、そこはドミニオン領内です。なぜ、祖父が他国領に出向いているのは、分かりませんが、武勲をあげる機会がありそうだとはミーナは考えます。

 イシュア国とフェレール国が強固なつながりを持っている今、紛争が発生する可能性があるのは、イシュア国とドミニオン国であり、救国の英雄であるギルバードが、その地域に出向くのだから、何かがあるのだろうとミーナは推測しています。

 その情報を求めて、商人達との対話を進めますが、国境の向こう側の情報を馬商人達はほとんど持っておらず、ミーナが得たのは、モーズリー高原を中心と考えた時の流通網についての情報だけです。

 現地査察で成功した兄とは違い、情報収集においては不満が残る結果を手にしたミーナですが、じいじに会える日は近いと考えて、意気揚々と国境にある関所砦へと向かいます。


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