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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
8歳頃の話
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28 公爵

28 公爵


「ミーナ、どこへ行くの?」

「家出よ。」

「どっち?」

「アラン叔父様の所。」

「遠いよ。」

「乗合馬車。」

「お金ないよ。」

「持っているから。」

 ファロン伯爵邸を出たミーナは、緑のズボンと白いシャツの室内服を着ている兄の手をひっぱりながら貴族街を突き抜けます。

「エリック叔父さんの方が近いよ。」

「それだと、家出にならないでしょ。今回は、パパに反省してもらわないと、ダメなんだから。」

「悪いのは僕達・・・。」

 振り向いて睨みつけてくる青い瞳の眼力に抵抗するだけの気迫を持つ事ができない兄は、そのまま黙って付いていきます。

 自宅以外で2人を保護してくれる場所は、オズボーン公爵邸とケネット侯爵邸の2か所だけです。2人の叔父が当主となっている屋敷には、レイティアの子供達が止まる部屋が特別に用意されていて、そこには着替えもあります。家出と言う名目では始めてですが、両家には何度も泊っています。特に、公爵邸は週に1度は訓練のために訪問しています。

 この時のバルドは、妹と一緒に公爵邸に一泊して、翌朝父ロイドが朝の出勤と同時にお迎えに来て、一緒に帰る事になると考えています。妹の気持ちが収まるまで付き合うしかない事を良く知っている1つ上の兄は、溜息を洩らしながら付いていきます。


 公爵邸に到着したミーナは、当主アラン公爵との面会を要求します。可愛い甥と姪の来訪を喜ぶ叔父が、面会を断るはずもなく、すぐに公爵の執務室に通されます。

 何度来ても、屋敷と各部屋の大きさに感嘆しているバルドと、真剣な眼差しの少女にお茶を勧めてから、アランは8歳の少女の独演会を拝聴します。虚偽ではありませんが、誇張と一部省略を駆使する事で、ミーナの提示した物語は、一方的な被害者バルドのために、代弁したミーナを、理不尽に叱るロイドと言う建付けになっています。

「なるほど。ロイド兄上に反省するまでは、家には戻らないと言う事か。」

「はい。アラン叔父様。」

 金髪青目の美丈夫な戦士である公爵は、その鍛え上げられた肉体と、継承している血筋と武技を持っていて、世界最強の戦士の一角を占めます。強壮剤の摂取があれば、大の魔獣と1対1で戦う事ができる3人のうちの1人である公爵は、ミーナが理想とする男性であり、尊敬する人物であり、母レイティアに匹敵する剣の師でもあります。

 ミーナの話をじっと聞いているだけなのに、その事に対しても尊敬の念を覚えて感動している姪をじっと見つめながら、アランは真実に近い事が何であるのかと考えます。義理の兄であるロイド宰相は、昔から誰よりも信頼できる紳士であり、子供達を理不尽に叱るような事がない事は分かっています。そして、この姪が、口達者で、頭も良く、彼女独自の思考と価値観を持ち始めている事も良く知っています。もちろん、ファロン家の次兄であるバルドの事も良く知っています。ミーナに振り回されているから、臆病に見える事はありますが、物事を慎重に考える力があり、深い洞察力を持っているから、時間をかけて正解を求めているだけです。

 バルドが父親のために行政面で手伝いたいと考えて勉強している時に、ミーナが兄のためにと考えて、宰相府の様々な情報を集める事に成功して、それを兄に渡した結果、宰相である父親が子供達に注意をしなければならなくなり、注意をしたが、その注意が成功していない。というほぼ正解の考察を済ませた後、アランは姪に質問します。

「それで、家出の先はどこにしたいんだ。」

「流石、叔父様。私達が家出する先は、モーズリー方面にいるじいじの所です。」

「え、え、ミーナ、何を言ってるの。じいじは、ドミニオン国の方へ行っているんだよ。他国へ行くの?」

「バルドは不安なの。ドミニオン語だって話せるから大丈夫よ。」

「言葉の問題じゃなくてパパが許してくれるはずないよ。」

「パパが許してくれるはずないでしょ。それに、許可なんて必要ないの。家出しているんだから。」

「ミーナ、僕には良く分からない。どうして、ドミニオン国に。」

「じいじに会いたくないの。」

「会いたいけど・・・。」

 振り回され続けている中で、突飛な思考に慣れていると思っていたバルドにも良く理解できません。家出が、他国への旅になる意味が本当に理解できません。

「ミーナ、バルドを連れていきたいのなら、きちんと説明してあげなさい。」

「はい。アラン叔父様。バルドにぃ、私達はパパに実力を見せないといけないの。いくら、パパのためって言ったって、実力が無ければ説得力はないわ。分かる?」

「分かるよ。」

「じゃあ、どうやって実力を証明できると思う?」

「何か仕事をさせてもらって、役に立つ事を示す。」

「それができれば一番いいけど、パパとの話で分かったでしょ。今の私達に仕事を任せてはくれないわ。実力を示すには、功績を上げるしかないの。」

「ドミニオン国を攻撃するつもり。」

「バルドにぃ、戦争を起こすような事はできる訳ないでしょ。」

「だったら、功績なんて。」

「イシュア国やフェレール国では絶対に功績を立てる機会はないけど、ドミニオン国に行けば、功績を上げる機会があるかもしれない。少なくとも、じいじのお手伝いができるわ。」

「じいじの手伝いって何?」

「良く分からないけど、じいじが自分で向かうぐらいだから、大切な何かがあるのよ。それを手伝うの。叔父様、大切な事がありますよね。」

 兄と妹のやり取りを聞きながら、改めて2人が賢いと考えると同時に、庇護するべき子供ではない事を理解します。体の成長も十分とは言えず、多くの面で経験不足であっても、子供だからという理由で、安全な場所に閉じ込める事はできないと考えます。

「父上が自ら、モーズリー高原を出て、ドミニオン国側の村を訪問しているのだから、大切な何かがあるのだろうな。私の判断では詳しい事は言えないが。それは父上に向こうで聞きなさい。」

「叔父様、行ってもいいんですか?」

「行きたくないのか。」

「行きたいです。バルドも行きたいよね。」

「うん、行きたい。」

 バルドは行きたい訳ではありませんが、アラン叔父さんが妹を止める意思がない以上、自分が一緒に行って、暴走するのを止めさせる必要があると判断します。

「ならば、今夜の晩餐の時間までに、モーズリー高原に向かうのに必要な物を集めて、出発の準備をしなさい。必要なものは全て用意しよう。」

「叔父様、ありがとう。」

「ありがとうございます。叔父さん。」

「準備が早く終わるなら、私の子供達に会ってやってくれ。出発は明日の朝食後だ。」


 アラン公爵は、2人の旅が安全を保障されるものではない事は理解していますが、止める事はしません。まず、8歳と9歳の2人は、すでに騎士団の誰よりも強く、道中が2人きりであっても、身の安全を確保する事は可能です。アラン達より早い年齢で訓練を始めたからか、子供期間の強さで言えば、2人の母親と叔母と叔父よりも強くなっています。

 また、2人は世間知らずの貴族令息令嬢ではなく、庶民の生活を良く知っていて、世間にも慣れています。バルドが手にしている知識は本からの物ですが、膨大なそれは身を守る盾になります。ミーナが手にしているずる賢さは、人々の持っている悪意をねじ伏せる剣になります。

 バルドとミーナが、この旅で得た経験は、次の世代をさらに輝かす事になるとアランは考えます。公爵家の血を広げる事になるファロン家の子供達は、次の世代の先頭に立つべき存在です。そう考えた時、アランは次世代の育成を優先させなければならない公爵家の当主としての決断をします。

 もちろん、義兄ロイドを悲しませて、姉レイティアを不安にさせる事を覚悟しています。それでも、未来のための投資をしなければならないと判断します。

 何より、未来の事を考えて行動しようとする2人の意思を尊重したいと考えます。自身の3人の子供達の、良き兄たちであり、良き姉であり、見本となるファロン家の親戚たちが、その意志を示したのであれば、それを見守るのが、オズボーン公爵家の当主の役目です。


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