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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
6歳頃の話
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25 次女誕生

25 次女誕生


 イシュア歴378年8月、エリカティーナ・ファロンが誕生します。姉と同じように様々な異名で呼ばれることになる女性ですが、最もよく使われるのは、祖母エリス、母レイティアと同じ異名である美の女神です。

 父ロイドと同じ銀髪緑目でありながら、顔立ちは双子女神とそっくりで、生まれた瞬間から、一目見た人々を魅了したと伝わっています。それは、誰よりも深く妹を愛したミーナが至る所で語っているからです。

「エリカティーナ。」

「ミーナお嬢様。お静かに願います。」

 妹の寝室の扉を開けて顔を出してきた29歳のメイドが、進入を拒絶します。

「ベス、見るだけだから。」

「エリカティーナ様は、眠っておられます。汗を流して、朝食を召し上がってから、お越しになれば、ちょうどお目覚めになると思います。」

「見るだけだから。ね。」

「そんな可愛い声を出しても、ダメでございます。汗を流してきてください。」

「一目見るだけなのに。」

「ダメでございます。」

 ミーナの乳母であったエリザベスは、乳離れが住むと同時に、伯爵家のメイドとして働きます。6年ぶりの慶事に、乳母ではありませんが、エリカティーナ付きのメイドとなります。

4人の子供の中で、乳母が付いたのはミーナだけです。レイティアは、自身の母乳で育てる基本方針ですが、ミーナだけは自分だけで母乳を提供する時間的余裕がありません。暗闇の暴走に備えての体づくりを徹底しなければならないため、就寝中と訓練中に母乳を飲ませる事ができません。

リース、バルド、ミーナの3人の中で、ミーナが特に可愛がられて、甘やかされた理由は、唯一の娘という事もありますが、レイティアの中で、ミーナを付きっきりで育てる事ができなかったという負い目があったからです。

次女が生まれる前に、長女が回答を要求した質問に対して、迷わず答える事ができたのは、4人の子供たちの中で、ミーナにだけ乳母を付けたという事実があるからです。ミーナ自身は全く気にはしていませんし、自分と対等の意識で話をしてくれる乳母がいる事をミーナは良かったと考えていますが、母親であるレイティアは、乳母には感謝しますが、その分ミーナに申し訳ないとも感じます。

 追い返されたミーナが、母と2人の兄を引き連れてエリカティーナの部屋に戻ってくると、お母さんごっこを始めます。単なる末娘の世話をしているだけなのにという指摘をぐっとこらえながら、専属メイドはファロン一家の微笑ましいできごとを見続けます。


 ミーナの生活は、エリカティーナ中心になったと言われますが、今までの生活もきちんと維持しています。妹が起きている間は妹を構って、眠り始めると、外へと出ていきます。短時間遊び回ると、妹が起きている時を見極めて戻ってきます。

 タイミングを外して帰宅した時、どうしてもエリカティーナと話がしたいと言って、無理やり起こそうとして、レイティアとエリザベスから烈火のごとく叱られた事があり、それはしなくなります。

「エリカ、起きたの。少し待っててね。」

 ベビーベッドで目覚めた生後三か月の妹に声をかけてから、ミーナは水色のワンピースをすっと脱ぎます。

「ミーナ、エリカは起きた?」

 その声と共に宰相夫人が、次女の部屋へと入ってきます。下着姿の8歳児に見える6歳児に驚く母親に対して、長女の方は何食わぬ顔で答えます。

「起きたよ。」

「ミーナ、何をしているのです。」

「ママがエリカの首がすわったから、私が抱っこしてもいいって言ったでしょ。」

「言ったわ。それで、ミーナが服を脱いでいる事に、何の関係があるの?」

「おっぱいをあげるの。だから。」

「ミーナは、おっぱいは出ないでしょ。」

「え、出るよ。」

「え、出るの?」

「多分だけど。」

「と、とりあえず、服を着なさい。話を聞いてあげるから。」

「えー、もうすぐ、エリカがおっぱいを欲しがるよ。」

「とにかく、話があります。服を着なさい。」

「あ、ミーナが抱っこしたいのにぃ。」

「いいから、服を着て、ソファーに座りなさい。」

完全に目覚めていないエリカティーナを抱きしめながら、レイティアは母親ごっこ大好きな娘が、突拍子もない事をしそうで不安になります。金髪青目の自分によく似た上の娘は、豪胆な性格は自分そっくりだとは認めていますが、格が違うように思えてきます。父親ロイドに似ているからか、口達者で、頭の回転が速く、物事の道理を理解する力もあります。ただ、6歳児の経験量は圧倒的に不足しているため、思考回路が導き出す結論が、妙にずれている事があります。

「ミーナ、よく聞きなさい。ミーナはミルクを出せないのよ。」

「エリカが私のおっぱいを吸えば、ミルクが出るんでしょ。赤ちゃんがおっぱいを吸えば、ミルクが出るんでしょ。ママだって、普段はミルク出ないのに、エリカに吸われたから出てくるんでしょ。」

「勘違いしているみたいだけど。赤ん坊が吸ったからミルクが出るのではないの。赤ん坊を産んだ時だけ、お母さんになった時だけ、ミルクは出るようになるのよ。」

「赤ちゃんを産むとミルクが出るの?」

「そうよ。」

「赤ちゃんが吸うかどうかは関係ないんだ。」

「ええ、そうよ。」

「じゃあ、ミーナも飲むことができるの。」

「できるわ。飲んでみる?」

「いらない。ミーナは赤ちゃんじゃないもん。」

「ふふ、そうね。」

「でも、パパは飲みたいのかな。」

「・・・。」

「ずっと前だったけど、パパがママのおっぱい吸っていたのを見たよ。もしかして、パパは赤ちゃんを産まないとミルクが出ない事を知らないのかな。」

「ミ、ミーナ、パパは分かっているから、ママが教えたから。その話はしない方がいいわ。」

 宰相夫婦の夜の営みは狂ったかのようだとの証言が残っています。子供達が両親と一緒に寝たいと考えて、夫婦の寝室に進入した時、嬌態を垣間見る事があります。それが何であるか理解できない幼児にとっては、とりあえず叫んでいるようだから、近づかない方が良いと判断して、すぐに撤退します。両親は、そういう姿を見られたことがあるのを、この日に知ります。

「やっぱり、秘密の事なんだ。秘密にしておくね。」

「ええ。」

 鍵を閉める事、声を抑える事を夫婦の約束事にすると決めながら、お腹のすいた次女にレイティアは食事を与え始めます。


ミーナは正面のソファーの母親が授乳している姿をじっと見守ります。妹を羨むのではなく、母を羨んでいます。母親ごっこの最高峰である授乳ができない事のショックはまだ残っています。

「ねえ、ママ。エリカにおっぱいをあげるのは楽しい?」

「楽しいのかしら。嬉しいとは思うけど。」

「ミーナも赤ちゃんを産めば、ミルクが出るよね。」

「もちろんよ。」

「赤ちゃんは、どうすれば産めるの?」

「・・・・・・。」

聞きたがりのミーナが、こう言った質問をしてくることは、予想できたはずなのに、レイティアは少しも想定していません。

「ミーナは、産む事ができないの?」

 不安そうに問いかけてくる娘に、回答を迫られます。

「大人にならないと産む事ができないのよ。」

「大人にはどうなるの?」

「時間が必要よ。18歳になる頃には、体が大きくなって、子供を産む事ができるようになるわ。」

「だから、18歳で大人になるって、皆が言うんだ。」

「そういう事よ。」

「じゃあ、どうしたら、子供はできるの?大人になってからの事だけど、教えて。」

「18歳になる頃に教えてあげるわ、」

「今教えて。」

「忘れてしまったら困るでしょ。」

「大丈夫。覚えているから。」

「年を取らないと分からない事もあるから。今は説明できないわ。」

「いつになったら、教えてくれるの?」

「ミーナが色々な事を勉強してからね。その時に教えてあげるわ。」

「約束してくれる?」

「約束するわ。時が来れば、必ず教えてあげるわ。娘に教えるのは、母親の大事な、大事な仕事なの、娘であるミーナが、私から聞く事も大事な、大事な仕事なの。他の人から聞いてはいけないの。だから、他の人に質問してはいけないの。分かった。」

「うん、分かった。」

レイティアは母親ごっこの範囲を限定する事に成功しますが、範囲内での母親ごっこに制限をかける事はできません。ミーナのエリカティーナへのお世話はずっと続きます。レイティアは次女の子育てという点では、かなり負担が軽減されますが、ミーナの母親修行に付き合った分、精神的な負担は激増します。


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