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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
6歳頃の話
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24 いつもと

24 いつもと


「話って、何?」

「まあ、そこに座ってくれ。」

「うん。」

「聞きたい事があるんだが。何にイライラしているんだ。」

「イライラ?」

「イライラしていないのか。」

「していないよ。」

「そうか。勘違いだったかな。では、焦っていないか。」

「何に焦るの?」

研究棟の教授の部屋に呼び出されたミーナは、資料を入れた箱に半分を支配されている場所で、ペンタス教授から尋問を受けています。

「自分で認めたくないから、分からないのか。それとも分からないふりなのか。」

「ペンタスは、訳の分からない事を言って。何が言いたいの。分かるように言って。」

茶色のオーバーオールと金髪はいつもと同じなのに、青い瞳の輝きだけが、いつもと違うように感じているのは、ペンタスが持っている洞察力の高さを証明しています。

農作物に関して、植物そのものではなく、土壌環境まで見定める必要がある事を知った教授は、全ての事を観察する事の重要性を知り、全てを観察する習慣を身に着けるように心がけています。その習慣が、人に対しても向けられた時、自分が気にしないから無礼な言葉遣いを直さない傲慢な男性から、無礼な言葉遣いさえも、相手の心を動かすことができる武器になると理解して、それを巧みに使いこなす紳士へと成長します。

ペンタスに心の底まで見通すような力はありません。しかし、表面上に出てくる小さな変化を見逃さないようになった時、そこを起点にして、相手を探る事ができるようになります。

その目が見抜いたのは、ミーナが怯えている姿です。怯えていると言っても、小さくなって震えているのではなく、周囲に対して威嚇する事で怯えを隠そうとしている姿です。もちろん、弱い友達に対して威嚇するような事はありません。大人でありながら、対等に話す事が許されているペンタスに対してのみ、ミーナは威嚇を込めた言葉を発しています。

「ミーナは何かを怖がっている。」

「怖がってなんかいないよ。ペンタスは何を言っているの。怖い事なんてない。」

「そこは認めたくないんだな。」

「怖い事なんてない。」

「少し、黙って聞いてくれ。いいか。」

「いいけど。」

「ミーナは、パパかママに言いたいことがあるのに、我慢しているように見える。どうして、それが俺に分かるのかっていうと。リースとバルドの2人から聞いたことが前から気になっていたんだ。私は無礼な発言をする人間だ。だから、自分に向けられる無礼な言葉も気にならない。ミーナが、私をペンタスと呼び捨てにすることも気にならない。だが、宰相の令嬢として、他の所でも、誰かを呼び捨てにするようになったら困ると思って、2人から、ミーナが年上を呼び捨てにしないかと聞いたんだ。そうしたら、以前は兄2人を呼び捨てにしていたけど、今はお兄ちゃんと呼ぶようになったと。前からレイティア様には注意されていたから、レイティア様の前ではお兄ちゃんだったけど、3人だけの時は呼び捨てをしていたと。で、今はいつでもどこでも、お兄ちゃんと呼ぶようになった。」

 パパかママに言いたい事、という言葉が聞こえた時点で、ミーナの瞳が硬直して、何も考える事ができないような表情を見せている時点で、ペンタスの考察は正し事が証明されています。

「・・・・・・。」

「どうして、ママがいない場所でも、お兄ちゃんと呼ぶんだ。私と一緒に呼び捨ての習慣が身に着いたのに。2人に対して、呼び捨てにしないんだ。そう思うと、何かあるなって思うんだ。それにな、最近もおかしいと思う事がある。さっきの会話でいうと、何かを怖がっていると指摘された時、ミーナは怖がっていないといきなり否定した。会ったばかりのミーナだったら、何かとは何だと聞いていた。分からない所を聞いて、相手の言葉を理解してから、反論をしていた。それが、最近、すごく減った。」

「・・・・・・。」

「自分でも、変わったことは理解できるだろ。でも、この変化は成長ではないんだ。」

「ミーナは変わってない。変わったのは皆だもん。」

 そう反論してから、ミーナはペンタスがニコニコしている表情を睨みつけます。そして、この気持ちをミーナが自分で引き出すのを、研究棟の主が待っていたことを知ります。

「そうだな。先に変わったのは、皆の方だ。その事で聞きたい事があるんだろ。聞けばいいじゃないか。聞くのが怖いなら、私が聞いてやろうか。」

「う、うるさい!」

 少女が立ち上がると、ペンタスの執務室を飛び出していきます。ドアを開ける音と同時に、資料入れの大箱から、リースとバルドが頭だけを出します。

「リース、ミーナを追いかけろ。ファロン邸に戻ると思うが。別の所に行くようだったら、ミーナを捕まえて、ここに連れてきてくれ。」

「分かった。」

長兄が飛び出していくと、次兄は大先生の方に近寄ります。

「先生、本当にミーナが、僕たちに気付きませんでした。箱に入っているぐらいだったら、すぐに分かるはずなのに。大丈夫かな。ミーナは。」

 妊娠している母ではなく、公爵家のアランに鍛えられているミーナは、気配を察する事ができる所までの訓練が済んでいます。だから、こんな書類を入れる箱の中に人がいれば、その存在に気付かないはずがありません。

「大丈夫だと思うが。一応、宰相夫妻宛ての手紙を用意しておいた。これを持って、家に戻ってくれ。必要なさそうだったら、持って帰って来てくれ。ああ、行ってみれば、どういう事かが分かるから。バルドも家へ向かってくれ。」

「はい。先生。」

 ペンタス教授は一部の友達からは非礼な発言が多いとの評価を受けていますが、非礼さを聞くことができるのは、彼にとって特別な人間だけです。普通の人に対しては、いたって真面目な態度で、丁寧な言葉づかいで対話をします。貴族や大商人であれば、いつの日か資金提供者になるかもしれません。農業労働者であれば、いつの日か実験協力者になるかもしれません。

 3人を小さな友人と認識しているから、普段から無礼な発言をしているし、されたとしても注意する事はありません。この自分の性質が良いとは思ったことがないペンタスも、ミーナの心を揺さぶる言葉を投げかける事が可能になったため、良い事もあるのだなと考えます。


ファロン邸に駆け戻ったミーナは、作業着のまま二階へと駆け上がります。使用人たちの、お嬢様との呼びかけを無視して駆け抜ける金髪の少女の異常事態に邸宅全体が騒めいている中、跡取りのリースが、心配する事はないと、家人達を落ち着かせます。

「!!!ミーナ、急に扉を開けては駄目よ。」

 ノックをせずに飛び込んで来た娘の方を見ると、茶色の作業着のままです。その事に驚きはありませんが、涙を浮かべた青い瞳の少女が震えているのには驚きます。三か月後には出産する身重のレイティアは、駆け寄る事はせずに、優しい口調で問いかけます。

「ミーナ、何かあったの?こっちへいらっしゃい。」

 伯爵夫妻の部屋の隅にあるソファーに座ったまま、ミーナを呼び寄せようとした母親に対して、ミーナは自分の気持ちを抑えられなくなります。言いたい事を言え、とペンタスに後押しされたような気持ちになります。

「ママは、ミーナと赤ちゃんの、どっちが大切なの!」

 目を閉じて叫んだ瞬間、溜まった涙が両目から一筋の線を引きます。今まで怖くて聞けなかった事を質問して、何だかやり遂げた気持ちになりますが、すぐに、母親から返ってくる言葉を想像すると、言う前以上に恐怖に襲われます。目を閉じたまま、開ける事ができなくなります。

 ミーナは、母レイティアの妊娠を祝福しています。弟か妹が生まれてくることを喜んでいます。フェレール国で、クレア達を可愛がったように、生まれてくる赤ちゃんを可愛がる事に、何の疑問もありません。

 しかし、ファロン邸の雰囲気が変わっている事にミーナは敏感になり、屋敷中の全てが生まれてくる赤ん坊に気を配っていることに気付くと、大きな不安に襲われます。末娘ミーナとして確立してきた地位を奪われている事を感じます。

 ファロン邸で常に中心であったミーナにとって、その座が奪われることは考えたことがありません。話題の中心は常にミーナです。ミーナ自身が中心の話題ではない時は、ミーナが話し手として常に中心にいます。

 その常識が今は失われていて、ファロン邸の話題の中心には、生まれてくる末っ子がいます。会話の中心は、お腹に赤ん坊がいる母親であり、ミーナは母親に気を配りながら話をしています。

 生まれてくる前から、自分の居場所がなくなっていく感覚を持っている少女は、末っ子が生まれた瞬間に、全てがなくなってしまうだろう恐怖を感じるようになります。

 フェレール国で、クレア達3人の姉を体験したミーナは、自分が生まれてくる末っ子を大好きになり、父母と2人の兄と一緒に可愛がる未来が確定している事を理解しています。理想的な家庭の姿を簡単に想像できると同時に、自分が家庭の中心から外れる現実も理解してしまいます。

 自分自身が、新たな末っ子を中心に生活する事を喜ぶだろうことが分かっているからこそ、自分の地位が奪われることが確信できます。それを確信したからこそ、4人から与えられてきた愛情がどうなってしまうのかと不安になります。

 周囲に対しての不安を持った中、改めて、自分の気持ちを整理すると、間違いなく、2人の兄よりも末っ子を大切に思い、2人の兄はどうでもよく、末っ子のためだけを考えている未来の自分が見えてきます。

 自分がそうなのだから2人の兄も、自分よりも末っ子を大切に思うのは当然で、パパとママも、ミーナよりも末っ子の方を大切に思うだろうと考えます。それは、仕方がない事なのだからという言葉で押さえつけられる不安ではありません。

 時間と共に大きくなった不安は、自分に向けられる愛情がなくなってしまうのではないかという恐怖に変わります。その恐怖を、ミーナは乗り越える事も、自分の中で折り合いをつける事もできません。

「ミーナの方が大切よ。」

 自分に近寄ってくる足音すら気付かないまま、目を閉じて、両手をぎゅっと握りしめていたミーナを、レイティアは床に膝を付けながら抱きしめます。母親の膨らんだお腹と母親の両手に包まれながら、ミーナは目を開けます。

 目の前に、美の女神の顔があります。青い瞳がじっと見つめています。大好きなママの顔がこんなにきれいだと感じたことはありません。

「ミーナの方が大切よ。」

 娘の青い瞳を見てから、レイティアはもう一度優しく話しかけます。

「赤ちゃんは?」

「赤ちゃんも大切よ。だけど、ミーナと比べると言うなら、ミーナの方が大切よ。」

「赤ちゃんが、可哀そう。」

「可哀そうなの?どうして?」

「だって、ママが・・・。」

「ミーナは、赤ちゃんの事を大切に思う?」

「思うよ。大切に思うよ。」

「ミーナは、ママと赤ちゃんのどっちが大切?」

「赤ちゃん。」

「赤ちゃんは、ミーナにも、パパにも、リースにも、バルドにも大切に思ってもらえるわ。だから、ママは、赤ちゃんを大切に思ってくれる。ミーナも、パパも、リースも、バルドも大切なの。私の代わりに、赤ちゃんを大切に思ってくれるから。だから、ミーナの方が大切なのよ。ミーナは、赤ちゃんを可愛がってくれるでしょ。」

「うん。可愛がる。大切にする。ママの代わりに、大切にする。」

ミーナは、母親に似ている美人に育ちますが、父親ロイドの血を引いているため、純然たる美の結晶の権化ではありません。彼女自身の活動内容の過激さを消し去ると、慈愛溢れる柔らかい容姿の女性に成長します。

この時、弱きものに慈愛を向けると言うミーナの性質の基本的な部分が決まったと言われます。


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