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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
6歳頃の話
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23 マリカの実

23 マリカの実


ファロン家の3人は、新しい遊び場を手に入れます。学園内の農業部の研究棟にいる臨時講師のペンタスが遊び相手です。次兄のバルドだけは、ペンタスを先生として慕っていて、遊び場だとは考えていませんが、遊びに夢中になる子供達と同じで、朝食を取った後に、伯爵家でするべき課題を片付けると、学園へと駆け出します。

「おう。来たな。早速手伝え。」

「はい。先生。」

「またお手伝いするのか。」

「リースは嫌なのか?」

「嫌じゃないけど。本当に土を掘り起こすと強くなるの?」

「ああ、鍬入れの作業は、剣を振るう時の集中力を養う訓練になるんだぞ。」

「本当に?」

「知らん。コンラッドがそんな事を言っていた気が・・・。いや、セーラだったかな。」

「叔母様がそう言っていたの?」

「ミーナは、セーラの話になると、必ず割り込んでくるな。」

「そんな事はどうでもいいから。叔母様がそう言っていたのかって、聞いているんだから、答えてよ。」

「そんな昔の事、覚えている訳ないだろ。」

「じゃあ、ここを耕しても、強くならないって事?」

「まあ、体力は付くから、強くなるとは言える。それに、大地を耕して、実った作物を食べて我々は成長するのだから。強くなるための作業とは言えるな。」

 イシュア国のもう1つの公爵家、ユリシーズ家が手にしていた農業博士や農業に関する称号は、後にペンタス・アトキンズ男爵に委譲されます。長い歴史の中で積み重ねたユリシーズ公爵家の知識は、ペンタス教授を上回っています。しかし、彼がその名を奪う事に成功したのは、彼の知識探求のスタイルが実地検証を徹底しているからです。

 学園を卒業した後、ペンタスは数多くのスポンサーから多額の金銭を集めると、全国各地の農地を買い取って、そこで農業従業員を雇い入れます。ペンタスの実験農場と呼ばれる農地では、特産品の品種改良の他、数多くの農作物を実験的に栽培する実験を行います。

温暖地の作物を寒冷地で栽培して、冷気で枯れさせることが予想されても、ペンタスは実験するようにとの指示を出します。栽培の失敗は、育成条件を確定する手掛かりになり、収穫数が激減する環境を見定めれば、全国各地における適正作物を見出すことができます。

これらの実験は、今まである農作物を、全国で栽培するというだけのものですが、全国で得られる栽培記録を集結させることで、農作物選定の技術を格段に上昇させます。特に、寒暖による適正の他にも、水質や肥料の種類による適正も大きな差を生み出す要因である事が解明された事は、後の農業発展の基礎になります。

ペンタスの研究が5年早ければ、大冷害の影響を無視できたであろうと言われるぐらい、農業における貢献度は偉大なもので、大冷害期間の後半に推進された芋栽培の成功は、ペンタスの研究成果があったからです。

とりあえず、やってみる。やってみれば、いい事がある。という言葉が名言になる事はありませんが、この方針はペンタスの中では徹底されます。そして、ペンタスの一番弟子を自称するバルドは、特にこの教えを自らで叩き込みます。


 大きな荷馬車に乗って1時間で、王都西部にある学園から空き地の多い東部地域へ到着します。

「降りろ。ここでいいだろ。」

「先生、何をするんですか。」

「まずは、この空き地の四隅に杭を打って、ロープを張るんだ。そうしたら、このロープに沿って、種をまくから、種を撒く前に、そこを耕すんだ。」

「ミーナ達が持ってきた赤い実の種だ。」

「マリカの実ですね。」

「そうだ、よく覚えているな。偉いぞ。バルト。」

黒髪赤目の低身長の兄みたいなペンタス先生を慕っている宰相の次男は、何の疑問もなく、作業を始めようとします。

「まずいと思います。先生。」

青い目を輝かしている弟のやる気に水を差したくありませんが、兄として、宰相家の長男として止めなければならないと考えます。いつもの茶色のオーバーオールを装着しているから、作業する事に異議はありませんが、場所が問題です。

「空き地だから問題ない。」

「空き地は、王家所有の物です。勝手に畑にするのは問題です。」

「いや、問題はないだろ。誰かが空き地を王家から購入して、家を建てたり、店を立てたりする時には、他に移せばいいだけだろ。」

「ペンタスの言う通りよ。それにここに赤い実の木があれば、皆があの実をおやつとして食べる事ができるようになる。」

「いい所に気付いたな。ミーナが、子供達に食べさせたいと言っていたからな。ここに種をまくのが正解だろ。」

「先生の言う事に間違いはありません。」

「バルド、それは違うぞ。どんな人間だって、間違うんだぞ。」

 子供なりに、責任感を持ち始めている宰相家の跡継ぎは、止めるべきであると考えます。後で木を移せばよいという事ではなく、王家の所有地を勝手にするのが問題であると考えます。

「間違う事も勉強だよ、兄さん。」

「実験とは違う。それに、これは勝手な事で、この事で、先生が叱られる事になるかもしれないんだぞ。うちが宰相家であっても、王家の土地を勝手にするのは。」

「はぁ、リース、叱られたら、ごめんと言って、別の場所に植え替えればいいだけだろ。他の場所も探して、種を植えたいんだから、作業を始めないとならん。」

「先生、許可を得てからにしましょう。」

「それはダメ。」

「何が駄目なんだ、ミーナ。」

「許可を得たり、この空き地を借りたりすれば、ここの木が先生の所有物になっちゃう。そうしたら、子供が勝手に食べる事ができなくなる。」

「お、ミーナは、気付けたか。すごいぞ。誰のものでもない、勝手に生えた木だから、実も勝手に食べてもいいという事にしないとな。子供達が腹すかせている事態は、大人の責任だからな。王家が反対するはずはない。」

「その通りです。先生。」

「バルド、違うだろ。勝手にした先生や俺たちは、叱られちゃうぞ。悪い事したら騎士団に連れてかれる事もあるんだぞ。」

「バルドお兄ちゃん、心配しなくても大丈夫だよ。私達は宰相の子供だし、ペンタスは国王陛下のお友達だから、捕まる事はないわ。ペンタスだって何も考えていない訳じゃないのよ。学園の生徒たちをここに連れてこないのは、私達だけであれば、勝手にしても、捕まる事がないと考えたからよ。」

「ミーナは、本当にできる子だな。いいか、リース、権力やコネはな、良い事に使えば、何の問題もないんだ。それに、宰相殿は、お前たちを叱ったりしないから、大丈夫だ。」

 口では勝てない妹と、かなり頭のいい農業博士が組んでいる状況では、どんな正しい道理を手にしていても、言い負かされそうな雰囲気しか感じ取れないため、リースは黙って手伝う事にします。

 酸っぱいけど美味しい実を、いつも遊んでいる仲間に食べさせてあげたいと思う気持ちは、弟妹と一緒です。


 3人の子供らは、昼食を学園の農学部研究棟で取る事が多くなります。初めは、ペンタス特製のただ焼いただけの芋、茹でただけの芋、木の実盛り合わせと言った、収穫後の農作物を食べる事ができるようにしたものだけで、料理とは言えないものばかりです。当然、セーラからの調理の手解きを受けているミーナが、料理番になる事を申し出ます。

「ミーナ、何か、別の芋料理が食べてみたい。」

「自分で作れば。もう、セーラ叔母様から習った料理はないから。」

「人には、得意、不得意があってだな。」

「料理は得意でも、新しい料理を作るのは簡単じゃないの。」

「試したことはあるのか?」

「え。」

「新しい料理を作るには、今までと違う事をしないといけないんだろ。それをしたことがあるのかと聞いているんだ。」

「ない。」

「じゃあ、試してみればいい。」

「新しく試すなら、ペンタスが試せばいいでしょ。」

「料理が得意な方が成功しそうだろ。それに、セーラは色々と試していたなぁ。」

「分かった。やってみる。」

 研究棟の小さな台所で、ミーナは新料理の開発を行います。しかし、美味しい料理を作るつもりではなく、何でも人に仕事を押し付けようとするペンタスを懲らしめるために、驚くような味を作ろうと考えています。

 焼くか煮るかで、それなりに食べる事ができる芋に、味付けを変えるための漬け汁を開発するのが基本ですが、ミーナは酸っぱい赤い実を潰した液を鍋に入れます。

「なんかいい香りがするな。」

「食べる?」

「ん、赤い実を入れたのか。」

「そうだよ。」

 隣に立ったペンタスが、小さく切った芋を摘まんで口に入れます。酸っぱさに驚く声を期待しているミーナはしばらく待ちます。

「・・・・・・。」

「なんか、うまいぞ。ミーナも食べてみろ。」

「え。」

「少し覚ました方が良いかもしれないがな。」

 台所に2人で向かいながら、親子ではなく、年の離れた兄と妹のような光景を披露しながら、新料理の味を確かめます。

「美味しいかも。」

「うーん、何か足りない感じがするな。」

「魔獣の肉とか入れると美味しいかも。焼いた肉を食べた後に、赤い実を食べると、美味しいから。」

「うーん、あれは、こってりとした肉の後で、さっぱりするから美味しいと感じるだけで、合わせて食べている訳ではないからな。」

「試してみるのが重要なんでしょ。明日、屋敷から魔獣の干し肉を持ってくる。」

「ふふ、そうだったな。」

 次兄バルドは、酸っぱい芋をまずいと感じますが、兄リースはなかなかの味と評価します。人を選ぶ味という事になり、この料理が大々的に広まるまでには、まだ時間がかかります。ただ、後にミーナの幼少期の悪癖と呼ばれる、とりあえず具材を混ぜてみるが始まったのはこの時です。


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