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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
6歳頃の話
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22 農業の人

22 農業の人


イシュア国に戻るミーナに、セーラからの頼みごとがあります。それは、学園の農業部に20本の苗木と大量の種を運ぶ事です。セーラ叔母様から直接頼まれた事だから、1人で運ぶつもりでしたが、2人の兄が協力を申し出てきたので、小さな台車に乗せた苗木を運んでもらう事にします。

王都の北西部にある王城、貴族街、学園は近接地域の関係ですが、子供達と台車の足ではそれなりの時間がかかります。茶色のオーバーオールで身を包んだ3人の子供達が、台車を押しながら貴族街を歩いていていますが、声をかけてくる者は誰もいません。

貴族街には相応しくない容姿の子供達が、誰の子供であるかを良く知っています。以前は、声をかけないまでも、伯爵家の子供達には相応しい装いをしてもらいたいという要望は存在していて、それをミーナに直接進言する、貴族の令息もいて、その度にミーナは反論しています。

しかし、もう、ミーナに進言してくる貴族はいません。口だけは達者で生意気な伯爵令嬢という評判を口にする者はいません。フェレール国の2大公爵家の仲人役を、ロイド宰相の代わりに勤め上げたという実績があり、その話はイシュア国にも伝わっています。少しだけ成長の早い6歳児ではなく、政治家としても評価しなければならない伯爵令嬢となった今、ミーナを上から目線で説教する事ができる人間はいません。

「バルドお兄ちゃんは、疲れないの?」

「台車は押すだけだから、そんなに疲れないよ。」

「背も大きくなったから、体力が身に着いたのかな。」

「そうだと思うよ。」

 次兄と長女の会話を聞いている長兄がある事に気付きます。

「ミーナは、俺たちだけの時も、お兄ちゃんって言うようになったんだな。」

「お兄ちゃんだもん、当然でしょ。」

 2人の兄を呼び捨てにするのがミーナにとっては普通で、母の前でも呼び捨てにしてしまう事が多く、その度に母レイティアから注意を受けています。2人の兄は、呼び捨てにされる事は全く気にかけていませんが、母レイティアの指摘があるため、名前だけで呼ばれる事がいけないのだと思い込んでいて、ミーナが自分達をどのように呼ぶのかは気になっています。

「母さんが、居ない時は、今まで通りでいいぞ。」

「リースお兄ちゃんは、ママって言わないの。」

「まあ、もう8歳だから。」

「私も、母さんの方が良いのかな。」

「僕は、ママの方が呼びやすいから。それに、ママも母さんも同じだよ。」

「同じじゃないだろ。全然違うだろ。」

「同じだよ、リースお兄ちゃん。大人の貴族は、ママの事を、宰相夫人とか伯爵夫人って呼ばないといけなんだ。それ以外は、全部、子供の言葉なんだよ。」

「へぇ、そうなんだ。夫人って、大人の言い方なんだ。」

「そうだよ。」

「でも、パパはママを、名前とか、ママって言うよ。」

「家族は、どう呼んでもいいんだよ。だから、僕はママがいい。」

「ふーん、そういうきまりがあるんだ。」

「きまりじゃないけど。宰相夫人とかの呼び方にはきまりがあるけど。伯爵じゃないのに、伯爵と呼んだりするのはいけないんだ。」

 バルドが2人の知らない事を知っているのは、読書量の違いであり、少年期におけるその差は、常識人かどうかの違いになる事もあります。

「じゃあさ、将軍ではないのに、将軍って呼ぶのは良くないの?」

「それはそうだよ。」

「でも、ミノー領では、隊長なのに、将軍と呼ばれていたよ。セーラ叔母様も、軍の所属ではなくなっているのに、将軍って呼ぶ人もいたよ。」

食事中のマナーは3人ともレイティアから受けていますが、敬語や言葉遣いについての指導は受けていません。本好きの次兄は、書物で自習していますが、長兄と長女は何となくでしか理解していません。状況判断力が高いミーナは、これまでの経験から、失敗するようなことはありませんが、良く分かっている訳ではありません。

「それは、異名と言って、尊敬される人たちに対する特別な呼び方なんだよ。」

「そうなんだ。だから、ザビッグも隊長なのに、将軍って呼ばれているんだ。」

 疑問の1つが解消された事に、ご機嫌になったミーナは、初めて王都の学園へと入ります。


「そっちじゃないよ。」

「え、向こうの建物が校舎だろ。」

「そうだけど、運ぶ先は、農業部の建物だから、向こうの方だよ。」

 ミーナが指さした方には、農地が広がっていて、建物らしきものが見えますが、校舎とは比べられないほど小さいものです。

「あそこは農家じゃないのか。」

「お兄ちゃん、ここは全部、学園の敷地だよ。」

「勉強する所だろ。」

「農業の勉強をするには、農地が必要なんだよ。」

「そういう事よ。とにかく、あそこに行けばいいのよ。」

 農地に適合した服装の3人が、農民の子供らしく、農場の細道を一列になって進みます。先頭になって、台車を押すミーナが急に足を止めます。

「あ、これだよ、お兄ちゃんたちが運んでいるのは、この木の苗だよ。この赤い実がすっぱいけど、美味しいんだよ。」

 低木に駆け寄ると、ミーナが駆け寄って手を伸ばします。

「ダメだよ、ミーナ、勝手に食べちゃ。」

「えー、ミノー邸では自由に食べていいって言われたよ。」

「ここはミノー邸じゃないよ。それに、ミノー邸のは、セーラ叔母様の物だから、自由に食べていいって言われたから、食べれるんだよ。」

「あ。」

「そうそう、勝手に食べたらだめ。後で収穫したのをあげるから、そこのは取らないで欲しいな。お嬢ちゃん。」

 リースの驚いた声と同時に、黒髪赤目の低身長の男性が話しかけます。ミーナ達と同じ形の薄茶色の作業服を着ているため、農家の若い青年にように見えます。

「私はミーナ、お兄さんは誰?ここは学園の農地よ。お兄さんのではないんでしょ。」

「おう、お嬢ちゃんが、セーラの姪か。という事は、これが贈り物って事か。」

「お兄さんは誰?」

「お兄さんではなくて、おじさんだぞ。」

「私のおじさんは、アラン叔父様とエリック叔父様だけよ。」

「ああ、ミーナにとっては、そうだな。私の言うおじさんとは、それなりの年齢の男性の事を言っているんだ。言葉が難しかったか。」

「知ってる、そのくらい。もう、気を使ってお兄さんて呼んであげたのに。いいわ、おじさんは誰なの?それに、セーラ叔母様を呼び捨てにするなんて、叔母様は公爵夫人で大将軍なのよ。」

「ははは、小さいのに、礼儀にうるさいんだな。でも、礼儀と言うなら、勝手に人の作物を取ったらダメだぞ。」

「一粒ぐらいいいでしょ。それに、後でくれるって言った。」

「もちろん、たくさん食べさせてあげるけど。収穫していないのはダメなんだ。後で、数を記録しながら収穫しなくちゃならないからな。後で、色々と困るんだ。」

「実が落ちているよ。これはいいの?」

「それも取らないでくれ。数えて集めるからな。」

 人懐こい優しそうなおじさんですが、話のペースをミーナに合わせる事はしません。

「分かった。ここのは取らない。おじさんは誰なの?」

「ペンタスだ。」

「・・・セーラ叔母様のお友達のペンタス様なの?」

「ほう、友達として紹介してくれていたのか。それは嬉しいな。まあ、お友達のペンタスおじさんだな。」

 セーラが頼りになる友人であると評価しているのだから、ミーナはペンタスを尊敬するべき存在であると認識します。そして、バルドも、この名をすでに知っています。

「農業博士のペンタス先生ですか。」

「学園で臨時の教師をしているけど。正式な教授じゃないから。博士ではないな。それに、農業博士なんて、教員職はないぞ。小さい方の君が、バルド君かな。」

「はい。バルド・ファロンです。先生。」

「元気がいいな。」

「俺はリースです。」

「おお、長男はしっかりしているな。よろしく。とりあえず、運んできてくれたのは、セーラからの贈り物だろ。向こうの倉庫まで運んでもらっていいかい。」

「はい。」

「待って。お友達でも、夫人と呼んだ方がいいと思う。」

「ん。公式の場ではきちんと呼び方を改めるけど。これが素だからな。本人が呼び捨ては嫌だって言われたら、直すけど。ミーナお嬢様に注意されても直す気はない。コンラッドやリリア、キャロット相手でも同じだし。セーラだけ、敬称呼びは可哀そうだろ。友達って言ってくれるなら猶更な。」

「な、国王陛下と王妃様を。」

 常識の枠外にいると言われるミーナは、初めて遭遇する同じタイプの人間に戸惑います。赤い実を食べさせてもらった事と、楽しい農業の講義を聴けたことには満足でしたが、何かが足りないような気がします。

 その足りない何かを探そうと色々と考えようとしましたが、ペンタス大先生に魅了されたバルドの興奮する姿に圧倒されて、思考を進める事ができません。ファロン邸に戻ってからも、その何かが分からないまま、初めて見る次兄の饒舌な姿に、ただただミーナは圧倒されます。


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