21 寂しがり
21 寂しがり
「ミーナお嬢様、どうぞ。」
豪奢な白い馬車から降りてきた巨大な騎士がエスコートしている水色のドレスの令嬢は、淑女らしくゆったりと降りてきます。
「ありがとう、ザビッグ。」
貴族街で2番目に大きく豪奢なファロン邸に相応しい装いで降り立つ美少女は、半年ぶりの我が家を前にして、淑女である事をアピールします。
「ミーナ!!」
青のズボンと白いシャツに茶色のベストを重ねただけの、ロイドが駆け寄って娘を抱きしめます。
「パパ。」
「良く帰ってきた。本当に。」
心配する要因がない幼い子供のお出かけですが、不在が半年も続くと強烈な喪失感を家族達に与えます。毎日会っていた幼い我が子を、見る事すらできない日々は、想像以上に辛さを与えます。
「うん、ただいま。」
「ああ、背が伸びたな。」
「うん。伸びたと思う。」
「綺麗なドレス姿だ。」
父親が涙をこらえているのが分かると、ミーナも涙を零しそうになります。
「お帰り、ミーナ。」
「お帰り。」
リースとバルドも父の後ろに待機しています。父の手から離れたミーナは、2人の兄達を順番に抱きしめます。成長の早いミーナは、2歳上の長男リースと同じ身長で、次男のバルドよりも背が高いですが、久しぶりの抱擁をしている時に、今までとは違った、兄達に甘えたいという感情に支配されます。
妹が姉に甘える姿をずっと見てきた末っ子は、自分が甘える事で兄達喜ぶのではないかとも考え始めています。
「ただいま。」
笑顔で自分を迎えてくれるもう1人の家族をミーナは見つめます。水色のワンピースの姿であっても、その圧倒的な美しさを誇っている女神の笑顔に、吸い寄せられるように駆け出そうとした瞬間、母のお腹が膨らんでいる事を把握します。
「ママ、お腹。」
「少し先だけど、ミーナもお姉ちゃんになるのよ。」
「驚かそうと思って、今までは伝えていなかったんだ。驚いたか。」
「うん、驚いた。」
ゆっくり近づいたミーナは、母親の腰を優しく抱きしめます。
「ただいま、ママ。」
「お帰り、ミーナ。」
頭を撫でられながら、嬉しい気持ちではない何かが自分の中に芽生えている事には気付きますが、それが何であるのかは今のミーナには分かりません。
「ミーナが作ったのか。」
「セーラ叔母様に習ったの。」
「そうか。では、食べようか。」
「フェレール国の味付けなのか。」
「おいしくない?」
「おいしいよ。」
父だけでなく、母も、2人の兄もミーナが調理した料理を喜んで食べています。
「クレアも料理が上手なの。」
「たしか、5歳ぐらいだったが、料理ができるのではなくて、上手なのか?」
「上手だよ、お裁縫もできるし、とても器用なの。」
「うんうん、クレア嬢は母親似なのだな。」
「似ているよ。真っ赤な髪と、真っ赤な目が、もの凄く綺麗なの。可愛いの。黄色のドレスが一番似合っていたの。」
「会ってみたいなぁ。」
「リースお兄ちゃん、残念だけど、クレアには婚約者がいるのよ。」
「別に、好きとかじゃなくて、会ってみたいと思っただけだよ。」
8歳のリースも半年の間に成長しています。少年期に入った長兄は、父親寄りの優気な表情を見せるようになります。銀髪緑目の色彩だけでなく、容姿全体が父親に近づいているように感じるミーナは、家族という存在、血のつながりを強く感じ始めます。離れた事で、家族と言う存在を意識して考えるようになります。
「ミーナがフェレール語を話せると手紙にあったから、2人とも勉強を始めたんだぞ。」
「バルドの方が上手だ。」
「お兄ちゃんだって、普通に話せるよ。」
「私は字も書けるよ。」
「バルドだって書けるぞ。いつも自分だけが何でもできると思わない方がいいぞ。」
「そんな事、思ってないもん。リースお兄ちゃんは、字はどうなの?」
「まあ、練習中だよ。」
「本当?勉強しないで、外で遊び回っていると聞いたよ。」
「外で遊んでもいいだろ。ミーナだって、ずっと外で遊んでいただろ。」
「フェレール国では、外よりもお家の中で遊ぶことが多かったから、私はお外で遊ぶことはあんまりしなくなったの。」
「それは寒いだけだろ。」
「そうよ。フェレールの冬は本当に寒いの。朝になると、外に置いといた木桶の水が凍るんだよ。寝る時も掛け布団が厚くて、ふわふわして、凄く暖かいの。」
「そんなに寒いの。」
「バルドお兄ちゃんは凍っちゃうかも。」
「人は凍ったりしないよ。」
「そんなの知っているよ。」
半年で次兄バルドも成長しています。母親寄りの可愛さを増しつつ、大好きな本を読む日々を過ごす事で、知識面では兄を超えています。自分よりの背の高い妹に、武力では勝てないだろうことを予感しているため、勉学の道では勝ちたいと考えています。同じ金髪青目の妹が、バルドにとってはライバルです。
次兄から感じる対抗心は、クレアから感じた憧れと似ていると末娘は感じています。しかし、自分を上だと見てくれている事は同じはずなのに、バルドが自分に向ける感情には、不快感はありませんが、違和感を持ちます。クレアが向けてくれた感情には、喜びを感じて受け止める事ができます。同時に守ってあげたいという気持ちが溢れてきて、その気持ちを素直に返すことができたのに、次兄に対しては、それができません。
「クレアは妹みたいなの。いつも一緒に居て。一緒に過ごしたの。」
「ミーナは、良いお姉ちゃんなのね。」
「うん。そうだよ。クレアにもお姉ちゃんって呼んでもらったの。」
「そう、この子の事も可愛がってあげてね。」
「うん。ママ、分かっている。」
膨らんでいるお腹に両手を当てている母親の姿は、フェレール国で見たセーラの姿と同じです。お腹にいる我が子を慈しんでいる叔母の姿は美しく、守りたくなる尊さがあります。
それと同じ母の姿であるのに、美しく尊くはありますが、守りたくなる気持ちは出てきません。剣において師弟関係もある母レイティアに対して、守るべき存在であるとは思えないのか、それとは違う理由なのかは、ミーナにも理解できません。
ただ、家族で楽しい旅の思い出話を交えながら、喜ばしい時間を過ごしているのは確かな事で、ミーナは深く考えずに、イシュア国での生活に戻ります。




