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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
3歳頃の話
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2 イシュア国の女神達

2 イシュア国の女神達


大陸南西部に位置するイシュア国は、3国の中で最も短い歴史しか持っていません。400年近く前までは、地獄や不毛の地と呼ばれていた地域に、2人の英雄が率いた開拓団が入ったことによって始まったイシュア国は、今は人間が住むことができる国として安定しています。

しかし、今でもフェレール国やドミニオン国の一部の人間からは、地獄であると呼ばれています。その理由は、魔獣の巣が多数存在していて、その巣から毎日魔獣が排出されているからです。

人間や他の生物とは明らかに異なった赤黒い皮膚に覆われた4本足の魔獣達は、人間を抹殺する指令だけを受けた獣です。他の生物には何の攻撃性を持たないのに、人間に対しては攻撃性を示して、突撃攻撃をしてきます。

1対1の戦いであれば、ほとんどの人間が狩られる側になってしまう4本足の魔獣ですが、知能がある訳ではなく、集団行動をすることはありません。だから、人間の中でも強力な固体であれば、撃破する事が可能です。弱い個体であっても、訓練によって協力体制を作ることができれば、4本足の魔獣を倒すことができます。

人間にとっての脅威を排除し続ける事が条件ではありますが、イシュア国は人間が生活可能は国となっています。


 イシュア歴375年10月7日。夕刻。


 王都は静まり返っています。住民たちは、深夜に発生する暗闇の暴走に備えるために眠っていて、25年に一度発生する災厄に王都全体が備えています。

 王都東部にあるオズバーン公爵邸も、静かに眠り始めている中、3人の子供が公爵邸を出て行きます。小さな子供達だけで行動している事を諫める人はどこにもいません。

「バルドはぐちぐちうるさい。」

「ミーナ、戻ろうよ。お兄も戻ろうよ。」

 3歳幼女のミーナは、金髪青目の可愛らしい4歳児の兄、気弱な次男坊の左手をしっかり握りながら、何の迷いもなくまっすぐ歩いています。

宰相ロイドと国一の美姫レイティアの間に生まれた2番目のバルドは、1歳下の妹ミーナに巻き込まれるままに生きてきましたが、今回の冒険には強い拒否反応を見せています。これが叱られるのではなく、激怒されるだろうことが分かっているからです。その気持ちから生じる、人生で初めて見せる意地は、妹の一喝で吹き飛ばされてしまいます。それでも、抗議の声だけは歩きながらも上げています。

「ここまで来たら、行くしかない。」

長兄リースは、父と同じ銀髪と緑の瞳を持った5歳児で、すでに論理的な思考ができます。3人の子供の中で、一番才能豊かだと評価される長男は、今回の妹発案の冒険が叱られるだろうことは理解していますが、行かなければならないという衝動に動かされています。

「でも、お兄、巣の中になんて入れないよ。」

「もう、バルドは、うるさい。私がいるから、うまく行くに決まっているでしょ。」

「ミーナ、屋敷を抜け出すのとは。」

「同じだよ。お・な・じ。分かった!」

「え、え、いや。」

「わかた!!」

「うん。」

 成長が早い3歳児は、1歳上の次兄の身長を超えていて、2歳上の長兄と同じ身長を持っています。そして、ファロン家の主人であるかのように振舞う態度は、幼女であるから許容されているだけであって、いずれ伯爵家令嬢としては、不適格と言われるのは間違いない程に、尊大で、傲慢です。


 新月の真夜中、25年に1度だけ発生する暗闇の暴走では、魔獣の巣の奥から一度に300頭の魔獣が出現します。普段は毎日6頭ほどの出現であるため、抑える事が可能である巣が、正にこの日に暴走します。抑えきることができなれければ、巣から溢れ出した魔獣が国民を狩り出します。

 日々の魔獣狩りは、この日のための準備と言われるぐらい、イシュア国にとって重要な防衛戦の中、特殊な場所が王都の東部に存在しています。中の巣、大の巣と呼ばれるオズボーン公爵家が管轄する2つの巣だけは、この日、特別な魔獣が出現します。

 4本脚ではない猿型の中の魔獣と、完全二足歩行する人型の大の魔獣が多数出現する2つの巣は、文字通り死地になります。4本足の魔獣とは比較にならない凶悪な殺戮装置は、出現数こそ少ないものの、その破壊力は圧倒的で、オズボーン公爵家の総力を挙げての戦いになります。

「今から、中の巣に入る。所定通りに動くように。戦いが始まるまでは不要な緊張はいらない。それでは行きます。」

新月の真っ暗な世界ではなく、その入り口周辺は魔石の輝きによって、真昼の明るさを維持しています。その輝きの中に、宰相夫人から第1公女に戻ったレイティアがいます。

26歳の美夫人は妖艶さを加えた女神になっていますが、この日の姿には美しさはありません。美しい金糸の髪も結い上げて頭部に巻き上げると、その上から赤黒い革帽子を被るため、美しく輝くことはありません。赤黒と茶の革装備に身を包んでいる美の女神は、体のラインがはっきりと見える装備品から発する妖艶さだけを周囲に放っています。

「バルド、こっち、ここからなら、ママが見えるよ。早く、入って行っちゃうよ。」

「見つかっちゃうよ。」

「バルド、もう怒られるのは決まっているから、見ておいた方が良い。」

 3人の子供がいて良い場所ではないが、周囲の人間は全員、任務第一の戦士達であるため、子供達に気を配るものはいません。気にする者もいますが、中の巣制圧の司令官であるレイティアの子供達が、わざわざ応援に来ているのは、何らかの理由があると考えて、子供達に問い質す者はいません。特別な公爵家の一族である、特別な子供達が、特別な戦場にいる事に違和感はありません。

「ママ、綺麗だね。」

「バルドはどうして分かりきった事を言うの。」

「ミーナは綺麗だと思わないの?」

「綺麗だというなら、ばあばよ。ほら、あそこ。」

「うん、綺麗なんだけど。」

「だけど、何?」

「エリス様は、本当にばあばなの?」

「ママのママは、ばあばでしょ。」

「だって。」

「バルドの言いたいことは分かる。エリス様の方がママよりも若く見える。」

「リースも何を言っているの。ママのママは、ばあば。年上なの、知らないの?」

 双子女神と称えられている前公爵夫人エリスと宰相夫人レイティアは母娘の関係で、瞳の色が灰青色とサファイヤブルーの違いがあるだけで、それ以外は瓜二つの容姿をしています。しかし、娘が20歳を超えて、3人の子供を産んでいるうちに、容姿から感じられる若々しさは逆転しています。母エリスの方が18歳の若々しさを維持していて、直接触れたことがある人間は、45歳の女性の肌ではないと感嘆します。不老不死の本物の女神ではないかとの噂が広がるのは、ただの称賛ではなく、きちんとした根拠があります。

 エリスお婆様が第2陣を率いて、巣の中へと入る時、ミーナは母と祖母の装備が少しだけ違う事に気付きます。母の装備には肩当てが付いていて、第3陣を率いているセーラ叔母様にも肩当てが付いています。ばあばだけが肩当てを付けていません。

 赤髪赤目のミノー公爵夫人セーラは、動き出す時に周囲を見回します。

「叔母さまに見られたよ。おにい。どうしよう。」

「見られたな。」

「ミーナが来ようと言ったから。」

「見に来たんだから、見られても問題ないでしょ。」

「そうだけど。もう、帰ろうよ。公爵邸で待っていようよ。」

「バルドは何を言っているの?ここまで来たら、中に入るに決まっているでしょ。」

「え。」

「ミーナ、ここまでは一緒に来てあげたけど。中はダメだよ。怒られるだけでは済まない。」

「リースは、ママたちが心配じゃないの。」

「心配だけど。僕たちが入った所で。」

「1人で行くからいい。」

「待って、僕も行く。」

「僕も行くよ。」

 ミーナ・ファラン伯爵令嬢3歳は、歴史上魔の巣に入った最年少記録を持った少女になります。


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