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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
5歳頃の話
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19 様々な別れ

19 様々な別れ 


 バルサ公子からのクレア公女への求婚が成功すると、ミーナ一行はミノー領へとすぐに向かいます。王都パラリスで起こったことは、公爵夫妻のあずかり知らぬことで、早急に報告する必要があります。幌馬車の御者である外交将軍ジャックは、公爵領に戻ったら、婚約成立の通達を各方面に送らなければなりません。それと同時に、外交関係が大きく変化する貴族達に対して、強力な牽制球を投じる必要もあります。

 幼い公子と公女の間を、これまた幼い少女の仲立ちで婚約が成立したというほのぼのとした話として、王都を中心に広まり始めているこの事態は、政治的に最も有用な一打であり、数年の準備を行ってから発表するような政略の1つのはずです。ジャックも何度か主夫妻と相談したことがあり、早くても4,5年先の話であると判断しています。

幌馬車の中には、来た時の3人に加えて、公子バルサも乗っています。楽しい4人の会話を聞きながら、馬車を操る外交将軍は、主夫妻の愛娘の慶事をただ単にお祝いできる日は遠いだろうと嘆息を吐き出します。


「ミーナの好きな子って誰なの?」

「バルサは気になるの?」

「僕たちを助けてくれたから、僕たちも手助けしたいなって思って。」

「私に手助けは必要ないわ。」

 樵と3人の子供という風体で、幌馬車の中でくつろいでいる子供達は無邪気とは少し違った会話を展開しています。結婚という大人にしか許されない所に立っているという高揚感が、3人の子供達にはあります。

「お姉ちゃん、好きな子がいるの。イシュア国の子なの?」

「クレアは気付かなかったの。分かりやすかったと思うけど。」

「フェレール国の子なの?」

「フェレール国の人よ。」

「え、もしかして、ヴォルトなの。」

「違うわよ。」

「え、え、え、トム、なの?」

 クレアにすれば、1歳と乳幼児の弟達しか恋人候補の名前が思い浮かびません。ミノー領内の街中で小さな子供達と遊んだことはありますが、ほとんどが1,2回遊んだだけです。特別にミーナが仲良くしている男の子はいません。

「クレア、2人はかわいい子だけど、話ができないのだから、結婚するような話はできないわ。」

「結婚したい子がいるの?」

「私だって子供なんだから。今は結婚はできないわ。するなら婚約よ、婚約。」

 ミノー領へ戻る道でずっと笑顔の少女が、これでもかと笑顔を見せている様子に、クレアは驚きます。お姉ちゃんが来てからずっと一緒にいた自分が知らない間に、フェレール国で好きな人を見つけた事に愕然とします。ずっと見つめていたのに、何も見えてなかったと思うと、悲しい気持ちが湧き上がってきます。

「お姉ちゃん、その子の名前を教えてくれる?」

「うーん、クレアは気付いていると思ったんだけど。まだ分からない。」

「ごめんなさい。分かりません。」

「誤る必要なんて、ないのよ。私もはっきりと伝えたことはなかったから。少し恥ずかしくて・・・。2人も内緒にしてくれる?」

 祖父ギルバードと親戚筋になるバルサに頷いてもらってから、ミーナが大々的に発表します。

「ザビッグ・ハミルトン様よ。」

「セーラ、ザビッグとは、ミノー騎士団の歩兵部隊隊長のザビッグの事か?」

イシュア国では、オズボーン公爵家で執事見習いとして仕えていた彼の事をギルバードは良く知っています。その事をミーナも認識しています。怪訝な祖父の表情が、嫉妬であるとミーナは勘違いします。

「もちろん、一番好きなのはじいじだよ。二番目がパパ。だけど、2人とは結婚できないでしょ。だから、結婚できる人の中で一番好きなのはって話なの。じいじと結婚できるなら、そうしたいけど、パパとママが駄目だって。パパはもちろん、ママの物だから、絶対にダメなの。」

「ミーナ、落ち着いて聞いてくれ。ザビッグとは結婚できない。」

「どうして、家族じゃない人とは結婚できるんだよ。それくらい、ミーナは知っているから。」

「その通りなのだが、ザビッグはもう結婚しているから、結婚する事はできないんだ。子供もいる。」

「え、うそ。」

「本当の事だ。」

「だって、だって、奥さんと一緒の所を見たことが。」

「ザビッグにとって、公爵邸は仕事場で妻や子供を連れてくる訳がない。」

「そっか、そうなんだ・・・。」

 この後、1時間だけ沈黙を維持していたミーナは、何事もなかったように振舞いましたが、1か月後にミノー領に戻ってきたザビッグに気持ちを伝えた上で、求婚を申し込みます。当然、断れることは分かっていますが、5歳の少女なりにけじめをつけます。


 イシュア歴378年3月、ファロン邸からミノー公爵邸に一通の手紙が送られます。それは、ミーナに帰宅するようにとの両親からの手紙です。魔石を使い果たした事や勝手に宰相の名を出して、ルカミエ公爵家とミノー公爵家を縁続きにした事などに対する注意が書いてあるだろうと考えたミーナは、言い訳の手紙を書く気満々でしたが、ただ寂しいから帰っておいでという短い手紙だったため、ミーナも強烈な寂しさに襲われます。

「やだぁ。帰らないでお姉ちゃん、帰らないで。」

 公爵夫人、公女、宰相の娘の3人がいつもの昼食をとっている時に、ミーナがそろそろ自宅に帰らないとならない旨を伝えます。隣の席に座っていたクレアは、椅子から飛び降りると泣きながらミーナに縋り付いてきます。

「クレア・・・。」

「お願い、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お願い。」

 剥き出しの感情を向けられた事に、ミーナは言葉を失います。この場を取り繕う事の無意味さを知ります。家族に会いたいという気持ちと、クレアと一緒にいたいという気持ちがせめぎ合います。祖父ギルバードはまだミノー公爵領に滞在します。憧れのセーラ叔母様とも多くの時間を過ごしたい気持ちがあります。

 天秤が傾くように色々な事を考えても、半年近く会わなかった父母の顔を見たい気持ちを押し上げる事はできません。その事を、赤髪の妹に伝えると、赤い瞳からさらなる涙が零れ落ちるだろうと思うと、何を言えばいいのかが分かりません。

「お姉ぇちゃぁん、おねえぇちゃん。」

 この半年間が、クレアにとっても人生で最も幸せな時間であるかと問われれば、そうであると断定する事はできません。しかし、最も楽しい時間であるかと問われれば、クレアは間違いなく肯定します。

 幼かった自分を変えるきっかけを与えてくれたと同時に、唯一妹として過ごすことができた時間は、クレアの人生の中で代えがたい時間です。この時間がいつか終わってしまう事は理解していましたが、ミーナの口からそれを告げられると、この時間を終えたくないという気持ちだけが溢れ出てきて、姉に縋る事しかできなくなります。

 ミーナがクレアを抱きしめても、泣き続けたクレアは一時間後にようやく静かになります。それは、眠ってしまったからです。夢の中で引き留めているのか、寝言でお姉ちゃんと発する事に、ミーナも目を潤ませます。

「ミーナ、帰る時間です。レイティア姉様も、ロイド兄様も、リースもバルドも、寂しいはずです。」

「はい。」

「本音を言うと、私もクレアと同じように、ミーナにここに居てほしいと思っています。だけど、今日はクレアが帰ると言わなければ、説得するつもりでした。レイティアお姉様からは、二か月も前から、ミーナを帰宅させたいとの手紙を受け取っていたのです。お姉様の気持ちが分かりながらも、私もミーナと一緒に居たいから、帰るようにという話をしなかったのです。だから、もう、私の我儘で、ミーナをここに残すことはできません。」

「セーラ叔母様。」

「クレアが起きたら、どうなるか分からないから、先に言っておくけど。ミノー公爵領に来てくれたありがとう。クレアを妹として、慈しんでくれてありがとう。そして、ミーナという素敵な女の子と、一緒に過ごせる時間をくれてありがとう。」

「はい。私も。私も。素敵な時間をありがとうございます。」

 赤髪赤目の大英雄と共に過ごした時間は、ミーナにとっての宝物になります。聞いた話と暗闇の暴走の時に過ごした僅かな時間で組み立てた空想上の英雄よりも、現実の英雄の方が美しく、強く、優しい事を知ります。ますます憧れの気持ちを持つと同時に、より身近な存在であると感じます。ミノー公爵邸の時間は貴重な思い出ではなく、忘れない記憶としてミーナの心の中に残ります。

 目を覚ましたクレアは、夢の中でも泣き尽くしたようで、姉との別れについて大泣きする事はなくなります。それでも、笑顔を作る事が難しかったクレアを笑顔にさせたのは、イシュア国に帰国する護衛として、ザビッグを自分に付けるように言って、ミーナが駄々っ子になった時です。

 お姉ちゃんも子供なんだと最後に知れたことが嬉しくなると同時に、最後まで、自分の思い通りに行動してみる姉は、クレアの憧れの存在として強烈な輝きを発し続けます。


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