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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
5歳頃の話
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18 政略結婚の結び神

18 政略結婚の結び神


フェレール国へ遊びに行くミーナに、膨大な数の魔石を持たせたのは宰相夫妻です。愛娘が可愛いからではなく、ミノー家の財産を勝手に使ってしまうのではないかと不安があったからです。貨幣ではなく、魔石を持たせたのは、使用の度に換金しなければならないようにして、周りの大人たちがミーナの出金に気付けるようにするためです。

こういった両親の工夫も、国王陛下の貢物として、魔石を使う場合、何の意味もありません。しかも、国王陛下への贈り物を宣言されているため、祖父ギルバードは宰相夫妻に頼まれていた諫める機会を使う事ができません。

ミーナの予想外の支出が、予想以上の効果を生み出すのは、これから先になります。ただ、公女クレアの姉である事を自負している少女は、必要があれば大政治家にも成れるだけの智謀と度胸を持っています。


「ミルファ叔母様、バルサ公子に邸内を案内してもらってもよろしいでしょうか?」

「もちろん、いいわよ、バルサ、クレア嬢を案内してあげて。」

「はい、お母様。」

 金髪緑目の美少年は、亡き父であるジェイクの容姿を受け継いでいて、絵に書いたような美少年です。ミーナの興味をひくことはありませんが、多くの令嬢からは好かれるタイプの公子です。

「2人とも行ったわよ。」

「はい。」

 王都にあるルカミエ公爵邸の中庭にある四阿で、女公爵ミルファとイシュア国宰相の娘クレアが向かい合います。24歳の小柄で可愛らしさが容姿に残っているミルファは、バルサを出産した時のような何もできない公女ではありません。亡き夫の一粒種を育てるためには、鬼神にもなる覚悟をしている女公爵です。この6年間、様々な失敗を繰り返しながら、それでも立ち向かい続けた彼女には、容姿とはかけ離れた凄みがあります。

「クレアとバルサを遊びに行かせて、2人だけで話がしたいのではないの?」

 ミーナは、母レイティアと同じタイプの女性であるとは感じて警戒します。怒らせてはいけない人間だと分かっても、怒らせることで相手の中身を知る事ができるとも考えているミーナは、時々こういうタイプの人間に挑発するような言葉をかける事があります。

しかし、今回は、自分が責任を負える話ではないので、慎重に見定める必要があります。

「はい。お聞きしたいことがあります。」

「何かしら。」

「先日の陛下への御挨拶の時に、フェレール国の習慣を破って、陛下に贈り物を渡したことを、怒っておられますか?」

「新年の挨拶では、陛下に媚を売るようなことはしてはいけないという、フェレール国での慣習を破りましたが。イシュア国の宰相代理としての行いでもありますから。あの行為に対して、私は不快には感じていません。」

「形は、父ロイドからの贈り物ですが、ミノー公爵家の権威付けのための行為でもあります。その点が、ご不快にさせたのではないかと。」

「ミノー公爵家が、家格が一番上の公爵家である事は事実です。我がルカミエ公爵家はすでに、その下にいるのですから。権威付けの行為だとしても、不快を感じる事はありません。むしろ、ミノー家の権威が増して、北西部の貴族にそれが伝わり、無駄な争乱を事前に防ぐ事ができるのですから。見事な政治手腕だと思っています。」

「お褒めの言葉、ありがとうございます。」

「本当に、クレア自身が考えての行動なのね。ギルバード様に聞いた時には、信じられなかったけれど。」

新年祝賀会の場にいたミルファも、政治家として情報収集を怠るようなことはしていません。頻繁にセーラ公爵夫人に書簡を送って、情報交換を行っています。その手紙のやりとりの中でクレアによる代行挨拶の話が一度も書かれていないのだから、ミノー家とは異なる権力者が、この新年祝賀会の演出を描いたことはすぐに分かります。

これだけの大胆な事を演出する権威を持った人物と言えば、世界最強の戦士であり、クレアの祖父にあたるギルバードしかいないと判断して、その人物に接触するのは当然です。

しかし、その祖父から聞いたのは、この演出を考えたのは、もう1人の孫であり、5歳児ながらも優れた政治家に匹敵するだけの見識を持っているという話です。今の会話をするまでは、前公爵なりの冗談ではないかと疑っていましたが、そうではない事がミルファにも分かります。

18歳でバルサを産むまで、無能公女と嘲笑われてきた自分でさえ、覚悟を決めて必死に行動すれば、フェレール国の女公爵としてそれなりの立ち回りができるのだから、5歳児の少女であっても、同じことができない理由はないとミルファは考えます。

「それでは、私の提案を心静かに聞いていただけますか?」

「心静かに聞くつもりだけれど。我が家にはできない事も多いわ。何事かを要請したいのであれば、我が家が可能な事にしてもらいたいわ。」

「それでは、少し失礼します。」

椅子から立ち上がると、水色のドレスのスカートをまくり上げると、そのスカートに縫い付けた小さな箱を取り出します。そのまま箱を、2人の間にあるテーブルにおいてから、ミーナは席に戻ります。

「開けてみてください。」

「ええ・・・。大きな魔石ね。」

「はい。超が付く方の魔石です。」

1つで魔石100個分と言われている超魔石で、これだけ大きい物を見たことはミルファでも初めてです。これが、クレアからの贈り物である事は、想像できますが、この貴重品の代わりに提供できるような物を、ルカミエ公爵家は持っていません。公爵家として経済規模が大きいと言っても、お金を回す事に尽力しているため、宝物庫に金貨が溜まっているような状況ではありません。

「このような贈り物をもらっても、我が家には返せるような物は何1つ持っていないわ。」「そうおっしゃるという事は、この品物に、価値があると認めていただけるのですね。」

「もちろんよ。これだけの品は、ミノー公爵家の魔獣の巣から産出されたことはないと聞きます。しかも、ただの宝石ではなく、超魔石です。その価値は、イシュア国のミーナの方が良く知っているでしょう。この色から言うと、炎の魔石なのかしら。」

「一番使い勝手の良い炎の魔石です。」

「これだけの品物を差し出す代わりに、何を要求するのですか?先ほども言いましたが、これと同価値の何かが思い浮かびません。はっきりと目的を言わないと話は進みません。」

「分かりました。はっきりと要求を申します。この超魔石を持参金の前払いとして受け取ってください。」

「持参金とは?」

「クレアが、ルカミエ公爵家に嫁ぐための持参金です。」

 時間が止まったように沈黙が続きます。このような緊迫した場面に慣れているミーナは、冷めているお茶の入ったカップに手を伸ばして、咽喉を濡らします。

「2人は子供で、未だ結婚はできないから、婚約という事になるから。持参金は受け取れないわ。」

「持参金の前払いです。私からの結婚祝いでも構いません。とにかく受け取ってもらえれば、何でもいいんです。」

公子バルサと公女クレアの婚姻については、年齢という一点を除けば、何の問題もないどころか、利益しか生み出しません。2人が幼いながらも慕い合っているのは間違いありません。子供達の側にいる母親同士が、その事を知っています。また、将来的に2人が結婚するようなことがあれば、それを祝福するつもりであると、2人の母親双方が書簡でその意を伝えあっています。

両家が婚姻を結べば、南部と東部が安定するだけでなく、フェレール国全体が安定するのは間違いありません。王家とミノー公爵家の強い繋がりの中に、以前よりは力が落ちる家でも、ルカミエ公爵家がそのつながりに入ると、3家の強力な連携に逆らう事ができる貴族は居なくなります。

「セーラ夫人は、この事を知らないのね。」

「戻ったら話をします。反対はしないと思います。それに、勝手な事をしたのは私だから、クレアが叱られることはありません。それに、戻る前に、じ、ギルバード様を味方につけておくので、問題ありません。」

「急がなくても、いずれ2人が婚約するだろうとは思わなかったの。」

「するとは思います。だけど、私がいる間にクレアの結婚を決めた方がいいと思ったんです。」

「どうして、そう思ったの?」

「クレアは、色々と考えてしまう子なんです。色々と考えて、失敗したらどうしようかって考える事が多くて、うまくできるようになる前に諦めてしまう事があるんです。だから、クレアの背中を押してあげる誰かが必要なんです。」

「その押してあげる役割を担うのが、ミーナという事が言いたいのね。その事は分かるけど、クレアの背中を押す役割を、セーラ夫人が果たしてくれると思うわ。」

「うーん。セーラ叔母様は素敵な人で、皆を引っ張っていく人だけど。クレアの後押しだけは上手ではないと思います。ミルファ叔母様は、久しぶりにクレアと会って、どう思いました?成長したと思いませんか?」

「ええ。驚くほどに成長したと思うわ。表情も豊かになっているわ。」

「私が来ただけでクレアは大きく変わりました。元から、力は持っていたんです。でも、それを引き出すことは、セーラ叔母様にはできなかった。人には得意と不得意があるから仕方がないんです。」

「後押しが得意なミーナがフェレール国にいるうちに、クレアの婚約を決めておきたいと考えたのね。」

「今日の話だけで終わる訳ではないので、一緒に居る事ができる間に何とかしておきたいんです。私にとっても、大切な妹だから。」

 ミルファは、ミーナと自分の差に気付きます。この少女は、政治家の適性と能力は持っていても政治家ではありません。純粋にクレアのために動いていて、その動きの中で自分の力を最大限に発揮しているだけです。彼女自身が言うように、クレアの後押しを全力で実施しています。

 それに対して、ミルファ自身もセーラも、子供達のためを考えていますが、実施している事は国のため、家のための行動です。国家のために必要だと考えれば、子供達の事を後回しにする政治家である事を、母親である事よりも優先順位が高いものだと考えていたのは間違いない事です。

 2人がいずれ婚約をなすにしても、どのタイミングが一番良いのかと考えている時点で、自分たちが親である事よりも、政治家である事を優先している事に気付くべきで、せめて子供達にとって一番大切である結婚については、2人の気持ちだけを考えて決断すれば良かったと考えます。

「ミーナの言うとおりね。3日後に、ミノー公爵邸を訪問して、バルサがクレアにプロポーズをする事になるから、その準備をしておいてもらいたいのだけど。よろしいかしら。」

「はい。お願いします。」

 もう1人男子が居れば、ミーナも嫁として受け入れたいと考えながら、ミルファは息子の一世一代のイベントの準備を進めます。


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