17 デビュー
17 デビュー
ミノー公爵家には贅を尽くした馬車はありません。未開の地に一から街や村、農耕地、製材所、鉄工所を作らなければならないため、未だに公爵家の気品を保つような贅沢品はほとんどありません。
公女を王都まで運ぶのは幌屋根をつけた荷馬車です。その中に荷物と一緒に運ばれているのが、2人の少女と祖父1人です。
「クレアは新年の挨拶が楽しみなのか?」
樵とその幼い娘達と言っても差し支えない作業服で身を包んでいる3人は、荷馬車の中で会話を続けます。
「じいじ、クレアは会いたい子がいるの。」
「会いたい子?」
「ダメ、お姉ちゃん、内緒にしてくれるって・・・。」
「叔父様と叔母様には内緒にする約束でしょ。じいじに言わない約束はしていないわよ。」
「そんな。」
「秘密にしたいのであれば、私は聞かなくても。」
「ダメ。聞いておかないと。じいじは、クレアの護衛役で、王都では一緒にいるんだから。会う事になるの。大切なお客様の事を知らないなんて、護衛役として失格なの。」
ミーナがやりたいと考えている事は、何らかの理由を付けて正当化します。それは強引な理論ですが、覆すためには、同じだけ強引な理論で説得する必要があります。害にならないのであれば、大人として、子供達の意思を尊重してあげようと、前公爵は考えます。
「・・・クレアは、私が聞いてもいいのか?」
「うん。」
積極的なミーナを止める事が自分では無理だと学んだクレアは許諾の意を示します。
「クレアが好きな子はね。ルカミエ公爵家のバルサ公子なの、公女と公子の恋なんて、とても素敵でしょ。」
真っ赤になっている赤髪の孫娘の表情は微笑ましい物ですが、ミノー家とルカミエ家の因縁を考えると、純粋に喜ぶべき事であるのかとの疑念が湧きあがります。
現在、ルカミエ公爵家の当主は、フェレール国には珍しい女当主です。現当主ミルファ・ルカミエ公爵は先代公爵の妹です。ルカミエ家とミノー家の関係で特筆するべき事は、フェリクスとセーラが戦場で先代公爵を討ち取っている事があります。現当主から見れば、兄の仇です。第2王子派閥を率いていたルカミエ公爵軍とミノー騎士団の決戦は、フェレール国の戦史に刻まれた戦いであり、全ての国民が、両家の因縁を良く知っています。
さらに、女公爵ミルファと公爵夫人セーラには他の因縁があります。ミルファの夫を戦場で射殺したのはセーラです。そして、その夫はイシュア国から留学していたイシュア国の第2王子であるジェイク殿下です。両国の第2王子を手にかけたセーラが、殿下殺しの異名で呼ばれるのは、二国の王族を直接弓矢で殺害したからです。
ミノー公爵夫人セーラは、ルカミエ女公爵にとっては夫の仇、バルサ公子にとっては父の仇です。しかも、セーラは15歳の時、留学前のジェイク殿下に告白して振られた事があります。イシュア国の貴族達が通う学園内では、2人がお互いに気持ちを寄せ合っていたという話は有名です。ミルファがジェイクと出会ったのは、2人の道が交わらない事が確定した後の事であり、セーラとミルファが恋仇であった事実は存在しません。しかし、フェレール国では、まるで2人がジェイク殿下の愛を求めて争い、殿下の死によって憎しみ合っているという話が広がっていて、一定数の人間には信じられています。
両家と両人が和解するはずがない事象が積み重なっていますが、今のセーラとミルファの間には、憎しみは存在していません。
王位継承戦争が終わった時、ルカミエ家の公爵位剥奪が検討されます。第1王子派として、新王の即位に尽力した貴族達は、公爵家崩壊後の利益配分を狙って動きます。この時、公爵位剥奪に猛烈に反対したのが、セーラとフェリクスです。情けをかけると言うより、第2王子派の抑えとして、ルカミエ公爵家の名前が必要だった事と、第1王子派の暴走を事前に防ぐ必要があったからです。王位が定まっても、貴族達が仲良くする保証はなく、対立軸が消えない以上、どちらかの勢力を一方的に弱体化させる政治的な危険を回避します。
主力軍を失ったルカミエ公爵家は、公爵位を維持していますが、周辺の貴族達の攻撃の対象になるぐらい弱体化しています。しかも、存続と決まったルカミエ公爵家のお家騒動が発生しかけます。結果としては、セーラトフェリクスの庇護を受けた女公爵ミルファが公爵家をしっかりと抑える事によって、生き延びる事に成功します。
女公爵ミルファは、元々優れた能力を持っている公女ではありませんが、我が子の未来のためであれば、どのような屈辱にも耐える覚悟をしていたため、兄と夫の仇であるミノー公爵家に膝を折る事を厭う事はありません。素直に頭を下げて助力を得られるのであればと考えた彼女は、一族の反発に立ち向かいながら、ミノー公爵家との協力関係を整えます。
国内で発生している争乱鎮圧が進む中、新興勢力ミノー公爵家に屈したルカミエ家を裏切り者として攻撃する元第2王子派閥の貴族が、公子バルサの誘拐事件を起こします。これを救出したのがセーラであり、公子の安全を確保するために、半年間公子を預かります。
その半年間で仲良くなったのが、クレア公女とバルサ公子です。はっきりと恋心を認識する年齢ではありませんが、2人とも家族と同じくらい大切な存在であるとの認識を持つようになります。
会えない時間が2人の思いを風化させる事はありません。年に数度のミノー領への訪問のおかげで、2人はさらなる思いを重ねます。
「クレアが、バルサ公子と結婚したら、皆に歓迎されると。ジャックは思う?」
「セーラ様とミルファ様は喜ぶと思います。今の両家なら歓迎するでしょう。両家が繋がりを強くすれば、南部と東部は完全に安定するようになりますから、民も喜ぶでしょう。」
荷馬車の御者役を仰せつかった外交将軍の隣に座っているミーナは、ミノー公爵家一の苦労人と呼ばれるジャック・ルーベル準男爵から、両家の詳細な背景に加えて、国内の政治的情勢を学びます。
魔獣という共通の敵が存在しているイシュア国の貴族と、共通の敵を持たないフェレール国の貴族とでは、政治闘争の考え方が全く違う事をミーナは理解します。
「ルカミエ公爵家の事をもっと詳しく教えて欲しい。ジャックなら、向こうの情報も集めているんでしょ。外交将軍って呼ばれているのだから。」
「そんな昔の異名を、よくご存じですね。」
何度も5歳児とは思えないと心の中で叫び続けるジャックは、この少女相手では、情報を秘匿する事が無理だと判断して、細かい政治情勢についてもしっかりと伝えます。元々陰謀を駆使するような外交官ではなく、単刀直入に物事を進めるタイプであるため、隠し事は不得手です。
3国の中で最も長い歴史を持っているフェレール国の王都パルミラは、広大な城塞都市として発展しています。城壁で囲まれた地区だけでも広大ですが、その周辺も長い歴史の中で整備が進んでいます。王都の周辺には、中都市が3つ、大農園地帯が3つ、存在しています。
大陸でもっとも多くの人々が集まっている場所にミーナは興奮を隠さずに感嘆の声を上げます。興奮したまま王都内にあるミノー公爵邸に到着したミーナは、大興奮のまま探検ごっこを開始します。相棒であるクレアを引き連れて、公爵邸の50室全てを見回ると、最初に確認しておいた厨房に突入して、ミーナはクレアと料理人たちを指揮して、イシュア国風の昼食を振舞う事にします。
屋敷の家人たちは、ザビッグから聞いているイシュア国からのお客様の行動力に驚きながらも、愛する公女クレアが今までにない明るさを見せている事をとても喜びます。家人たちに気を遣う公女の性質は素晴らしいものですが、周囲に気を使いすぎる言動については、多くの家人が気にしています。
人の上に立たなければならない公女の将来を危惧していた家人達は、積極性を持つという変化を遂げた公女クレアの成長を喜び、楽しい昼食会を楽しみます。
「はい。皆さん、聞いてください。明後日、クレアお嬢様は、公爵夫妻の名代として、国王陛下の御前に参上して、新年の挨拶をします。今日は、その時着る衣装を合わせた後、挨拶の練習をします。ご協力をお願いします。」
「お手伝いお願いします。」
可愛らしい2人の少女に感激しているメイド達の力を借りて、ミーナ達は決戦に備えます。単純に、クレアの自信を身に着けるための舞台ではない事を、ミーナが一番自覚しています。4歳児の少女の遊びではない事を、フェレール国内に知らしめるつもりで行動しているのはミーナだけです。
だから、決戦までの公爵邸は笑顔に満ちたままで、2人の少女たちの背伸びに付き合う程度の認識しか持っていません。
壮麗な王城の謁見の大広間中央の玉座に向かって、公女クレアは歩きます。黄色のドレスを纏った可愛らしい赤毛の4歳の少女は、貴族達の注目を浴びます。その後ろには水色のドレスのミーナが続きます。さらに、その後ろに護衛として付き従っているのは、巨人ザビッグではなく、美丈夫の紳士です。紺色の騎士礼服を纏っているものの、付き従っているだけの護衛騎士のようには見えません。
「ミノー公爵家のクレア、国王陛下に新年の祝意を申し上げます。今年も陛下のご加護のもと、フェレール国に多くの幸がある事をお祈り申し上げます。また、陛下のご健康と王室の発展も、父母共々お祈り申し上げます。」
「気遣い感謝する。また、見事な口上。伯父として嬉しく思う。後ほど話をしたいが、先に後ろに控える者たちを紹介してもらってもいいかな。」
「はい。こちらは、イシュア国宰相閣下のご令嬢ミーナ・ファロン様です。」
「ミーナ・ファロンです。新年のお祝いを陛下に申し上げる機会を得た事、我が家の名誉でございます。ぶしつけながら、我が家より陛下に贈り物がございます。後程、お渡しする機会を頂ければ幸いです。」
「その機会は後ほど設けよう。して、後ろの御仁はただの護衛ではないと思うが。」
「今日、クレア公女様の護衛を務めるのは、イシュア国前オズバーン公爵ギルバード様です。祖父として孫娘の添え花でありたいと申しておりますので、この場での国王陛下への挨拶は控えさせていただき、後程、前公爵として、挨拶の機会を頂戴したいと申しております。」
「おおおお、やはり。いや、分かった。では、新年祝賀の乾杯をいたそう。」
クレアの社交界デビューは大成功です。イシュア国の名家を従えて、陛下の御前に参上した貴族は初めてであり、その1人が世界最強の戦士としてフェレール国でも名が知られているギルバード・オズボーンというのであれば、新興公爵家ミノー家の威信に面と向かって文句を言いだす者は居なくなります。公爵は王弟であっても、公爵夫人はイシュア国の人間、しかも公女とはいえ、庶子であるのだから庶民と変わらないと侮る者もいます。しかし、セーラの娘であるクレアに、イシュア国を牛耳る2家が従っている姿を見せつけられた以上、セーラの所有する権威は単なる武力だけでなく、貴族としても最上の権威をも持っている事を証明する事になります。
この後、興味本位からか、クレアという少女を見定めようとしたのかは分からなくても、多くの貴族達が少女の所に挨拶に来ます。クレアは、頼もしい姉のサポートを受けながら、貴族の会話をやり遂げます。嫌がらせのような難しい問いかけに困った時には、ミーナがイシュア語で、クレアにその場で助言を与えます。ほとんどの貴族達はイシュア語を話すことができないため、2人がどのようなやり取りをしているのかが分からないため、クレアが上手に難敵を躱したという結果しか理解できません。
新年の祝賀会が終わった後、別室で国王陛下と話をしたミーナは、魔石100個を国王陛下に送る事で、フェレール国の貴族達を驚かせます。そして、ミノー公爵家は武力に優れただけでなく、圧倒的な経済力を持っているイシュア国のオズボーン公爵家とファロン宰相家の後ろ盾を得ている事を認識します。ミノー公爵家を新参として侮るような貴族は居なくなります。心の底から従っている訳ではなくても、利益のために頭を下げる事を躊躇う貴族はいなくなります。
ミノー公爵家の持つ力から離れる事は、多大な利益機会を失う事であり、無価値どころかマイナスになる事を貴族達は理解します。




