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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
5歳頃の話
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16 駆け引き

16 駆け引き


 ミーナ・ファロンが母親のお腹で待機していた時、フェレール国では王位争奪戦が行われています。当時の第1王子と第2王子の戦いでは、国内最大勢力を所持するルカミエ公爵家が後見する第2王子が有利な戦いを展開します。いくつかの大規模な戦いが終わった後に、第2王子が新国王に即位するだろうという雰囲気さえ出ているフェレール国に、イシュア国に留学していた第3王子フェリクスが帰国します。

 第1王子への支持を表明した第3王子は、イシュア国から、婚約者セーラ・オズボーンと、彼女に従う騎士団を引き連れます。フェレール国に唯一存在する魔獣出現地である魔の森を開拓するためのイシュア国出身の騎士団は、フェレール国で対人戦争に参加すると、数々の戦いに勝利します。

 魔獣とは4本足の赤黒い獣で、人間専用の天敵です。特殊な訓練なしに、人間単体で撃破する事は不可能です。熟練した騎士が6人1組となって、ようやく倒す事ができるのが魔獣と言う存在です。

 この魔獣に対して、単身でも戦えるように戦士達を鍛えているのがイシュア国であり、その騎士達が軍隊となって戦場を駆ける時、その破壊力はフェレール国の通常兵力を圧倒できます。セーラがフェレール国の英雄となった一因は、率いる戦士達の力です。

 そして、セーラが生きた伝説になったのは、個人の武勲が群を抜いているからです。  先代ルカミエ公爵を打ち倒して、王位継承戦争の趨勢を決めたセーラは、婚約者のフェリクスと共に敵の総大将第2王子の拠点を訪問して、謁見の場において会見します。

 そこで、フェリクスは停戦するように兄を説得しようとしますが、それは失敗します。戦いを継続する意思を見せた第2王子は、弟とその婚約者を取り込もうとしますが、ドレスのスカートに隠した短剣と短弓でセーラに討ち取られます。後継者争いの当事者が居なくなれば、争乱が終わると判断しての強行は、フェレール国そのものを震撼させます。

 騙し打ちを卑怯であると訴える者もいれば、2人だけで敵地の乗り込んでいって、総大将だけを討ってきた武勇を賞賛する者もいます。王位継承戦争の結果が生活に直結しない庶民にとっては、早期停戦、被害者の少ない終結を実現したセーラは英雄と讃えられます。

 この大事件で諸侯達の動きが止まっている間に、セーラ騎士団はセーラの武勇を旗印にして、前人未到の魔の森の開拓を進めます。現在の公爵領の森の道と、三魔獣の地をわずか三か月間で整備します。

 魔の森を制圧したセーラ騎士団の実力と、婚約者第3王子フェリクスの権威と、魔の森を支配しているという不気味さによって、フェレール国に平和をもたらす事ができるというセーラの予測は外れます。

 フェリクス王子の平和の呼び掛けに応じたのは、魔の森に近い土地を領地とする貴族達だけです。少し離れた領地を持つ貴族達は、派閥に関係なく、利益を得るための戦いをそれぞれで始めます。貴族の過半数を支配下に置いていたルカミエ公爵家の威信が低下したため、貴族達の半数近くが、統制する者がいない状態に陥ります。小さな争乱の情報が飛び交う国になります。

 フェリクスとセーラは、魔の森を開拓した後は、王籍から臣籍へと移行して、伯爵位を名乗る予定でしたが、争乱を抑えるためには、より強力な武力と権威と恐怖が必要であると判断して、小貴族達を名前だけで圧倒できるようにと、ミノー公爵家を立ち上げます。

 領地争いをする者は公爵家が処罰するという布告で、約半数の貴族達は火事場泥棒的な隣接領への攻撃を断念しますが、残り半分は弱小貴族に狙いを定めて攻撃を開始します。この時、ミノー公爵領から出陣した4将軍がいます。

 百発百中弓将軍ゾーイは、戦場で5名の領主を一矢で討伐すると、平地戦では無敵の将軍となります。名乗る事もなく矢に射抜かれると言う死に方は、貴族としても軍を率いる物としても、最低の死に方であり、貴族達は彼が来た事を知ると、逃げ出す以外の選択肢しか持ちません。

 正面突破騎馬将軍バースは、その巧みな騎馬戦術で、各地の戦で勝利を得ますが、なぜか最後は敵主力軍に正面からの突撃で勝利すると言う、不思議な勝ち方をする名将となります。戦えば必ず敵の主力部隊を崩壊させる彼との交戦は、単なる敗北だけでなく、後の領地運営にも大きな被害を被ると言われます。

 外交将軍ジャックは、わずか30名の護衛を率いたぐ軍使ですが、戦場においてはミノー公爵代行の肩書を持っています。軍使の領地安堵、身分保証の書簡があれば、公爵夫人の討伐から逃れられるという情報を流したため、一度も戦闘していないのに彼が一番の武勲を立てます。彼の来訪を聞いた貴族達は、祝宴を開いて歓迎する事もあります。他の将軍または公爵直属軍の攻撃を受けないで済むという安心感から、彼の停戦勧告を拒否する貴族はいません。誰よりも多くの貴族を言葉一つで屈服させたからこそ、外交将軍と呼ばれます。

 勇猛果敢、万物粉砕の歩兵将軍ザビッグは、防御を固めた砦をいくつも粉砕します。誰よりも目立つ巨体の突撃は威圧感満点であると同時に、接近戦での圧倒的な武力は、各貴族達が抱える強力な牙を悉くへし折ります。

 武人としての奢りを砕かれた多くの騎士達が、ザビッグの配下に組み込まれたのは、争乱を起こした貴族達の騎馬を抜く目的もありますが、敗北した騎士達が自らを鍛え直したいと。ザビッグの部下になりたがるからです。各地の強力な戦士達を1つの軍団にした彼の部隊は、時間と共に強靭になり、最終的には、フェレール国各地の戦乱の芽を摘むための機動部隊へと変わります。


「セーラ叔母様。大切なお願いがあります。」

 幼子2人に食事を与えてから、娘と姪と一緒の食卓に座るセーラに、とても真剣な表情のミーナが話しかけます。

「食事を取りながらの話でも大丈夫?この料理は温かいうちに食べた方が美味しいから。大切な話なら、食べてからにする?」

「いえ。食べながらでも大丈夫です。」

「私は構わないわ。では、食べましょう。」

「はい。お母様。」

「はい、伯母様。」

 口内に食べ物を入れながら話すのはマナー違反です。そう言った事に厳しい公爵夫人の前でミーナは失敗しません。何でも許してくれる父母と、厳しさこそ子供達のためであると考えている叔母の違いをミーナはきちんと理解しています。口内の食べ物をしっかりと飲み込んでから要望を伝えます。

「王都パラリスへ行きたいのです。」

「今すぐに?」

「はい。新年の挨拶に王都に行きたいのです。」

「もう少し後になれば、フェリクスが訪問する事になるから、その時ならいいわよ。」

 少し考える振りが必要であると判断して、ミーナはシチューを一口入れてから、左斜めにいる伯母様と、正面に居る妹に笑顔を向けます。

「今すぐ行きたいのです。そうしないと、諸侯が揃った中での、新年の挨拶ができません。」

「ザビッグが警備役と共に、公爵の名代として挨拶する事になっているから、急がなくてもいいのよ。心配してくれたみたいだけど。」

「叔母様、今すぐ、クレアと王都に行きたいのです。もちろん、クレアが公女として、フェリクス叔父様の名代として、新年の祝賀会に出席します。」

「え。私が。」

「・・・・・・。」

「ごめんなさい。お母様。」

 驚きのあまり、口にシチューを残したまま声を出したクレアは、肩を窄めて謝罪します。セーラは今の娘を責めるつもりはありません。自身でさえ驚いて何も言えないのだから、娘が戸惑いを言葉にするのは当然だと考えます。そして、5歳児とは思えない成長度を考慮して、7歳ぐらいの子供だと考えても、頭の回転の良さと深さは、7歳児をも超えています。

 何かを行動する動機は子供であっても、何かを実現するための思考力は子供のものではありません。それがわずか2カ月の生活でもセーラは理解できます。

「クレアが驚くのも無理はないわ。怒ったりはしないわ。」

「はい。」

「ミーナ、クレアは名代の資格はもちろん有るけれども、社交界にデビューもしていない、未だ4歳の子供なのよ。」

「子供でも、新年の挨拶はできます。それだけできれば問題ないと思います。周りの人達も、クレア相手に政治の話をする訳ではありません。」

「・・・レイティアお姉様も小さい頃はミーナみたいに成長は早かったのかしら。」

「私の方が早いって、お母様は言っていました。」

「そうみたいね。その事はおいといて、今のミーナでもこう言った祝賀会に参加するのは早過ぎるわ。クレアもね。私やフェリクスが付いていけると言うのであれば、出席の可能性はあるけど。」

「それでは、叔父様が戻ってきてから、一緒に王都に向かうのでしたら、クレアが公女として、国王陛下の御前で挨拶する事は許してもらえますか。」

「そうね。それなら問題はないわ。」

「叔母様、クレアが国王陛下にごあいさつ申しあげる事そのものが良いのであれば、諸侯列席の前での新年の挨拶も問題ないのではありませんか?何か違いがありますか。」

「フェリクスが一緒かどうかが大切なのよ。」

「付き添いが必要であれば、私が付き添いになります。フェレール国のマナーも叔母様からお墨付きをもらえるようになりましたから。クレアをサポートする資格はあると思います。」

 3日前と5日前に、ミーナがフェレール国の宮廷マナーについての話を聞いていきたついでに、マナー講習を受けたいと言い出した事は、このための布石だった事をセーラは知ります。小さなレディー達がドレスをまとった時の礼儀作法に憧れているのだと、とても軽く考えていた事が、ここに繋がっているとは予測できません。

「ミーナ、どうしても、クレアに新年の挨拶をさせたいの?」

「名代としての挨拶をしてもらいたいんです。だから、叔父様と叔母様が行けない今しか機会が無いんです。」

「そういう事も考えていたのね。もう少しクレアが大きくなってからではダメなの?」

「私が付き添える事ができるのは、今回だけだと思います。」

 ここまで言われると、セーラもミーナの意図が分かります。娘クレアに今必要なのは何かをやり遂げたという自信であり、その自信を付けるための支援ができるのはミーナだけです。

 大英雄セーラという肩書を手にしている以上、どんなに身近な存在であっても、クレアにとっては遥か遠くを駆けている存在です。クレアの母親と同じくらいの大きさで、フェレール国の大英雄が、クレアの心の中に居る事に気付きます。

 ミーナがクレアの様々な事を引き出している姿を目の当たりにしている今、自分自身がクレアに対しては、理想的な教師や支援者になれない事を自覚しなければなりません。

 友であり、師であり、姉であるミーナが、どんなに優秀であっても、5歳の子供であり、偉大な人間ではありません。将来は大英雄になるかもしれませんが、今のミーナは英雄でも何でもありません。

 いずれイシュア国に戻らなければならない事が決定している以上、公爵夫妻の娘としての自信を手に入れる機会は、今回の新年の挨拶しかないとの姪の判断は正しいと考えます。

「クレア、ミーナの話は理解できる?」

「はい。」

「ミーナの考えに、私も賛成よ。だけど、クレアが行きたいと思っていないのなら、今回は、送り出す気はないわ。」

「行きたいです。名代として、国王陛下に挨拶したいです。」

 クレア・ミノーの伝記であれば、大人への第一歩とタイトルと共に記載される対話ですが、公爵家にとっては政治的な布石の1つになります。そして、イシュア国の先代公爵の第1夫人エリスと第2夫人ミーナの血が重なった時、静かに歴史が動き出すと評される事柄が、フェレール国でも発生します。


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