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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
5歳頃の話
15/131

14 恋心

15 恋心


 真っ赤な瞳に真っ赤な髪の毛の少女は、公爵夫人にそっくりではありませんが、よく似ています。可愛らしいのではなく、美しいと褒めたくなる、母と同じ吊り目気味の顔立ちをクレアはあまり好きではありません。

遠くから来た金髪青目の従妹の可愛らしさを目の当たりにした時、自分の理想の少女が現れたことに驚きます。優しい眼差しに、喜びに満ちた表情、はきはきと話す口調も、声色も、何もかもが理想的な少女が、接近してきた時、幼心の中に、嫉妬という感情が芽生えます。

嫉妬であると理解するのは大人になってから、幼い頃を振り返る時まで待たなければなりません。それは、クレアが重要な問題が抱えていたからです。この時、クレアはとても嫌な子になりかけます。弟だけを可愛がっている自分によく似た母親が、もう1人の子供を産む事を、とても嫌な事であると感じています。生まれてこなければいいとさえ考えています。いつもおどおどとして、可愛らしさもなく、何もできない自分の事を、母親が見捨てるのではないかと考えているからです。

そして、ミーナという理想的な女の子を、母親が嬉しそうに歓迎しているのを見た時、ずっと隠れていようと決意します。この可愛いミーナの側にいたら、自分がもっともっと嫌われてしまうと恐怖さえ感じます。

どうして、自分の周りに居る子供は、大切な人の好意を全て奪っていくのだろうかと、恨みに似た感情にクレアは押しつぶされそうになります。

しかし、クレアから全てを奪いはずの金髪青目の少女は、赤髪赤目の少女に接近してくると、ただただ褒めます。ミーナが欲していた言葉を、これでもかというぐらいに与えてくれます。恐怖に対する戸惑いが、嬉しさによる戸惑いに変わります。ただ、戸惑っているのは同じで、クレアの外的な様子は何も変わりません。

ただ褒められただけであれば、クレアは大きく変わらなかったかもしれません。ミーナが妹になって欲しいと要求した事が、第一公女を大きく変えます。大英雄の長女への期待という呪縛、第1公女の責任感から解き放たれたクレアは、お姉ちゃんっ子という立場を手に入れます。妹を無条件で愛情を注ぐ姉の存在は、フェレール国ミノー公爵家の第1公女に心の安定を与える事になります。

その三日後に公爵夫人が第3子である次男トムを出産します。公爵邸が慌ただしくなった事で、大人しい良い子クレアは大人達から放置される事になりますが、その代わりに姉のお世話を受ける事になります。クレアに大きな影響を与える人物が変わります。


 ファラン邸に比べると、公爵邸は小さく質素な部屋です。木目が見えたままの部屋には、ベッドと4人掛けのテーブル、本の詰まっていない本棚1つと木製の枠組みに鏡がはめられた鏡台1つ、衣服が入っている木製の箪笥と様々な物品が入っている2つの木箱があります。

 その部屋のテーブルで2人は勉強しています。

「お姉ちゃん、この字でいい?」

「上手よ、クレア。綺麗な字を書くのね。」

 笑顔を見せてから、赤毛の妹は一生懸命に字を書き続けます。ただ、金髪の姉に一言褒めて欲しいと思って書いているだけですが、字を綺麗に書くという練習には、姉の褒め言葉は効果抜群です。

「クレアは、剣も上手になるって、じいじが言ってた。」

「本当に。」

「本当だよ。私もそう思うわ。今日だって、もう一歩踏み込んでって言われただけで、とても動きが良くなったって。じいじが言っていたでしょ。」

「うん。」

「じいじは、世界で一番強い人なんだよ。その人に褒められたんだよ。凄い事なんだよ。」

「嬉しい。」

 ミーナは妹の1つ1つの行動が可愛らしくて、楽しくて、毎日が嬉しくて仕方がありません。今までのミーナは、末っ子として可愛がられて、甘やかされています。それは嫌な事ではありませんが、ミーナが求めるものではありません。

 ミーナが求めているのは、誰かの世話をする事で、その人に好きになってもらって、好意を得る事です。その欲求が発生したのがいつからで、どのように変遷していったのかは分かりませんが、今その欲求を持ち、満額での回答を得ているのは間違いありません。

 自分が可愛がることで、自分に絶対的な好意を向けてくれる妹が、本当に可愛くて仕方がありません。それに、この可愛らしい赤毛の幼女は、もの凄い能力を持っているのに、本人がそれに気付いていません。気付いていないため、自分がダメな人間だと考えているようです。

 そのままでも可愛らしく、愛らしいのに、自分自身の本来の力に気付いて、全力で1つ1つの事に取り組む姿は、極上の光景です。妹が自分自身の可能性や力を理解させることは、ミーナの最上の喜びになっています。自分の真の姿を知り、とても嬉しそうにするクレアは、最高という誉め言葉に相応しい存在です。

 一歩一歩恐れながら慎重に歩む妹が、何度も振り返って姉の励ましを求めます。その言葉を聞いて、さらに一歩ずつ前進する姿を見て、応援しない者はいません。ようやく発射台まで辿り着いて、思い切り飛び出す妹の姿は眩しくて、その成功を褒めずにはいられません。自分で成した結果に驚きながらも、純粋に喜んでいる姿を見せる妹を撫でずにはいられません。

「今日は、街の方を案内して欲しいな。」

「分かった。お姉ちゃん。案内してあげる。」

 町の中で、クレアに挑戦してもらう何かを見つける決意を固めながら、ミーナはクレアと一緒にフェレール語の字の練習を続けます。


 セーラが出産してから1カ月後、公爵領では冬に向けての配置転換が行われます。年明けと共に寒さが増すフェレール国では、年末までの一月半で越冬の準備を整えなければなりません。特に、近年は夏季の冷害に続いての大寒波に襲われる事があり、公爵領でも冬支度に余念がありません。

「このぐらいでいいと思う。街へ遊びに行きましょ。」

「今日の分は終わっていないよ。」

 薪小屋の外で薪割り作業を行っているミーナとクレアは、焦げ茶の作業服と薪用短刀を装備しています。金の髪と赤い髪以外は華やかさが全くない姿を、クレアはもう気にしません。公女としてしてはいけないと自らかけていた制限が無くなります。セーラの娘ではできなった行動も、ミーナの妹としてなら、できるようになっています。ただ、何事も真面目にコツコツと実行すると言う性質は変わりません。

「もう、クレアは真面目なんだから。」

 以前よりも自分のやりたい事を伝えて、やりたい事をするようになった赤髪の少女も、何でもやりたがりのミーナに比べると、まだまだ堅苦しい枠の中から、完全に外に出る事はできません。

「お母様との約束だから。」

「そうなんだけど。薪はこんなに必要ないと思うんだけど。」

「もっともっと寒くなるんだよ。この小屋にいっぱいの薪でも足りなくなったんだよ。」

「去年はでしょ、今年はそんなに寒くならないみたいよ。」

「どうして、お姉ちゃんには分かるの?」

「一昨日だっけ、町はずれのおじいさんとおばあさんの家に行ったの覚えてる。」

「パパルおばあさんの事?」

「そう、ジルおじいさんの事。クレアが、おばあさんに料理を習っている間に、おじいさんと話をしたんだ。秋の風の向きが変わってきたから、そろそろ夏や冬の強い寒さがなくなるんだって。」

「本当?どうしてこれからの事が分かるの?」

「だから、風よ、風。」

「風でどうして分かるの?」

「確か、向きと時間が違うんだって。」

「風は、朝と夕方で変わるよ。どう違うの?」

「そこまでは分からないわ。」

「今度、ジルおじいさんに詳しく聞こう。」

「そうね。それがいいわ・・・・クレアは、お話しながらでも、手をきちんと動かせるんだね。」

「うん、そうみたい。」

 ミーナと一緒に何かをするのは、お手伝いであっても楽しく感じるため、手を止めたくありません。もちろん、一緒に居る時間は無駄にしないで、話しをしたいとクレアは考えています。その結果として、おしゃべりをしながら、正確な作業をする特技を身に付けます。器用公女と異名を得る特性は、この時から目覚めます。

「クレアお嬢様、こちらにおいでですか?」

「あ、ザビッグの声だ。薪小屋の正面にいるよ。」

「ザビッグって誰?」

「ミノー騎士団の歩兵隊の隊長なの。」

「ふーん。」

 声がする方を見つめている2人の視野の中に、小屋の角を曲がって登場した巨人が入ってきます。45歳の巨人は、その大きさだけで、威圧感を周囲にまき散らす事ができますが、大切な公女様を前にすると、鍛えられた肉体に浮かび上がる笑顔が印象的に輝いています。

 緑色の革鎧の上に、鉄製の胸当てと籠手を装備している巨大な戦士を、ミーナはしばらく見上げています。

「お嬢様、お久しぶりです。」

「うん、久しぶりね。魔の巣から戻ってきたのに、また出陣するの?」

「はい。今年は、王都での新年祝賀会に公爵様の名代で参加する事になりまして。」

「そう。あ、こちら、ミーナ・ファロン令嬢。レイティア伯母様の娘なの。」

「はじめまして、私はザビッグ・ハミルトン男爵です。ミノー公爵家騎士団の歩兵団の指揮官の任を頂いております。」

「は、はじめまして。ミーナ・ファロンです。イシュア国宰相ロイドと宰相夫人レイティアの娘です。」

「ミーナ様のご両親の事は、良く知っております。以前は、オズボーン公爵邸で働いておりましたから。宰相夫妻は。お元気でしょうか。」

「とても元気です。」

「そうですか。」

 ザビッグを呼ぶ部下の声が聞こえると、ザビッグはすぐにも出立しなければならない事を伝えると、公女と宰相令嬢の御前から退きます。

 クレアはいつも以上の笑顔を見せてくれたザビッグも、自分が以前よりも活発になった事を喜んでくれるのかなと思うと嬉しくなります。しかも、新年祝賀会に出かけるのであれば、クレアの欲する情報をお土産として持って帰ってきてくれるかもしれません。

 ニコニコしながらザビッグが消えていった方をずっと見つめていたクレアは、しばらくしてから異変き気づきます。

「ミーナお姉ちゃん、どうかしたの?」

「え。どうもしないけど。」

「顔が真っ赤だけど。どうかしたの?」

「え、どうもしていないよ。そんなに顔が赤い?」

 両手で自分の頬に触れたミーナは、自分の頬の熱に少し驚きます。

「赤いよ。熱でもあるの?具合が悪いの?」

「元気だよ。ほら、今日は暑いから。」

「寒い方だと思う。」

「薪割りで暑くなっただけだから。」

「お姉ちゃん、大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫。早く薪割りを終わらせて、ザビッグ様のお見送りに行こうよ。ね、そうしよ。」

「うん。分かった。」

 ミーナはこの日、自分が好きなタイプは大きくて、筋骨隆々の戦士である事を自覚します。


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