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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
24歳の話
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124 終戦

124 終戦


 朝日が王城を照らし始める頃、城壁の外から美しい歌声が響きます。木精霊ジフォスを称える賛歌が朝を知らせる調べとなって、王都の民を起こします。しばらくすると、木精霊ジフォスを奉る祝福の辞が、大勢の信徒によって述べられます。城壁内の教会の一部でも、早朝の拝礼が行われます。

 外部の信徒と内部の信徒が呼応するような行動に、信徒以外の王都民は恐怖を覚えます。外にいる敵兵と内部にいる信徒達が呼応すれば、簡単に城門が開かれて、敵兵が突入する危険があるからです。

 信徒達は礼拝だけしかしていませんが、王都を大きく揺さぶるのは、北伐軍が早朝訓練を城壁前で行うからです。軽装備の兵士達が無言で行う1対1の戦闘訓練の様子は、対魔獣戦を経験した事がないドミニオン国の兵士達から見ても不気味です。

全身全霊で行っている訓練だと分かるのは、1時間も続くと、ほとんどの兵士達が地面に腰を下ろして、疲労を回復させるために呼吸を整えているからです。へばっている戦士の中、最後まで訓練を続けている組が3組ほどいて、その組の戦いは、遠目から眺めていても、尋常ならざる速さである事が分かります。

100人切りのオズボーン公爵の血筋の人間の強さを嫌と言う程見せつけられるため、王城内にいる近衛騎士達も、疲労して無防備に寝転んでいる北伐軍に対して攻撃を仕掛けようと発言する者はいません。

2時間の早朝訓練が終わると、信徒らしき者達が食事を運んできて、訓練を終えた兵士達と一緒に食事を取ります。王都を囲む北伐軍の陣屋から、炊飯の煙が出て、食事中である事を示すように笑い声が漏れ聞こえてきます。

朝食が終わると、王都城壁の正面門に広がる場所で、1000名程の集団が軍事演習を行います。部隊司令官の指示に従って精密な動きを見せる部隊が、精強な軍隊である事は、城壁の上から眺める者には一目瞭然です。

平地戦で戦えば、この精鋭には勝てないと考える近衛騎士の上層部は多く、包囲網突破作戦を立案しようとしても、味方から異議が出るため、出撃に至る合意を得ての、作戦立案はできていません。

包囲された王都民にとって、午前中に行われる示威行動は、不安を掻き立てるものですが、恐怖そのものではありません。真の恐怖は真昼に行われる儀式です。

包囲されてから3日後、城壁を少し超える櫓が1つ作られます。城壁に近い位置ではないため、城内への攻撃拠点であるとは考えられません。場内を監視する拠点であれば、もう少し高くする必要があります。そもそも、城内にいる信徒達に報告させれば、北伐軍がいつでも城内の情報を手にする事ができます。

高い櫓は警戒の対象になりますが、何の目的があるのかを理解する者は、初日にはいません。

初日の真昼、高櫓に立った女性と思われる弓兵が一本の矢を打ち込みます。その矢は城内にある教会の屋根の尖頭部分に当たります。かなりの距離を飛んだ矢を放った女性の力に感嘆の声を上げる王都民は少なくありませんが、翌日からは恐怖に震えて言葉を発する事ができなくなります。

翌日の矢が、前日に飛来して教会の尖頭部分に刺さっている矢に当たって落ちます。その次の日の矢も、同じように矢に当たって、その一部を破壊します。あの櫓から、この距離に正確に矢を放つことができることを理解した王都民の全てが震えます。

あの矢が届く範囲にいれば、いつでも射殺されてしまう事実に、王都民は恐怖して、外出する事を避けるようになります。昼になると、矢射ちの儀式が行われるために、王都民は全員屋内に閉じこもって息を潜めます。

王都内に閉じ込められていても、その中での生活は普段と変わらずに維持できると考えていた王都民達は、自宅に閉じ込められることになります。

昼食が終わると、北伐軍は当番制での農作業を始めます。城壁外の農民達も城壁内に退避しているため、放置された農地が少なくありません。北部地域にとっては農作物が大きく成長する暖かい8月の農作業は、収穫量が大きく変わる大事なものです。

この行動を見守っていた農民たちは、王都内から脱出し始めます。恐怖の対称である北伐軍ですが、農民と同じことを実行できる彼らと、農作業を手伝った事もない税金として農作物を搾取するだけの近衛騎士団とでは、農民的な思考での信頼度が全く異なります。

恐怖の対称であっても、農地と農作物を大切にする兵士に悪い者はいないと考える者が王都脱出を次々に図ります。戦闘技能を持たない農民達は、小さな通用門の番人の目を盗むような事はできないから、食料品の賄賂を贈ってある意味堂々と脱出します。

この脱出に成功すれば、北伐軍の慈悲に縋って、自宅へと戻る事になります。王都側の戦意を崩壊させることを目的としている北伐軍は、これらの農民達を受け入れると同時に、この農民達が作ったルートを利用して、王都内への工作活動を行います。

脱出を見逃してくれた門番たちにお礼と称して賄賂を贈るだけでなく、城外にいる信徒達から差し入れという事で、城壁内の教会に食料品を渡してもらいます。ほんの少しの食糧を得る事と、農民に対する同情心から起こした門番の行動が、日に日に大きくなっていきます。単なるお目こぼしではなく、大掛かりな裏切り行為になっていく事に不安は感じますが、北伐軍の勝利が確定していると考える門番達は、戻る事ができないと感じた瞬間から、進んで国王軍を裏切るようになります。

北伐軍の午後は、城壁の一部に対して攻撃を仕掛ける素振りを見せるために、大部隊が城壁に接近する威圧を行います。実際に攻撃する事はありませんが、鬨の声を上げながら攻撃の素振りを見せるために、城壁内の近衛騎士団は集結して、防御態勢を取ります。

これは騎士団の疲労を誘う目的もありますが、篭絡した門番の所から多くの物資と工作員を送り込むための陽動作戦でもあります。

城壁内の平民達は心の揺れと同じように行動を起こします。しかし、城壁内の貴族達は心の揺れに対して、貴族としての行動を起こす者はいません。

この状況下において、国王アルフォンスに降伏を勧める部下は1人もいません。もはや北伐軍を追い払う事も、外部からの援軍に期待する事も出来ないと把握しているのに、国王に面会できる貴族達の中から、国を思う忠誠心を降伏の進言を行う事で示そうとする者は現れません。ドミニオン国においては、国王アルフォンスが部下の諫言を聞き入れたという過去の事例が存在しないため、忠臣であっても、この動きを取る事ができません。

忠誠心を失っている貴族達は、脱出する事を望みますが、北伐軍は貴族の逃亡を承認していないため、完全封鎖が始まってから王都脱出に成功する貴族はいません。これは、人質として王都に在留している貴族達も同様です。

これらの措置は、貴族を許さないのではなく、貴族達が脱出を図ると、警備が強化される可能性が高いからです。農民や住民の脱出と、北伐軍の工作員を潜入させる事を安易にできる状態を維持したいと考えての対応です。

さらに言うと、警備兵が貴族達を捕らえる状況になると、武力衝突が発生する可能性があり、無用な犠牲者を増やす危険があります。

様々な手を打っても、何ら有効な解決策を出す事ができない国王アルフォンスに、この状況を打開する方法はなく、北伐軍総司令官ミーナは勝利を確信しています。最も気を付けなければならないのは、国王を追い詰め過ぎない事です。


「お姉様、降伏しませんね。」

「エリカ、何かしようとするのなら、先に報告してね。」

「報告はしますけど、お姉様は、お腹の子の事を考えて、心穏やかに。パルミラだって、お姉様と一緒に居るのが一番なんですから。」

「エリカが来てくれている時の方が、パルミラは喜んでいるように見えるわ。」

「お姉様が、悩んでいるような表情を見せるからです。」

「そうね、気を付けるわ。」

 ミーナは空き家となっている農家を住まいとして、総司令官ではなく、パルミラとお腹の子の母親として、穏やかな生活をして30日が過ぎています。

「パルミラ、また来るからね。」

「ちょっと待ちなさい。私に話があるんじゃないの?」

「えーと、リヒャルト王弟殿下を探しに来たの。」

「という事は、大切な報告があるのでしょ。」

「パルミラとの時間を楽しまないと・・・。分かりました。そんな真剣な顔をしないで。お姉様。きちんと話すから。」

「これでいい。」

「いつも、その笑顔をパルミラにも、お腹の子にも。」

「エリカ。」

笑顔のまま瞳だけで妹に報告を要求します。

「アウラー侯爵が、フェレール国軍1000と一緒に、こっちに向かっている。5日後には到着するとの連絡がありました。」

「侯爵に随行しているのは?」

「トム兄さんよ。クレア姉さんとルカミエ公爵は、アウラー領で、街道建設を指揮するみたい。」

「北西部の方は心配しなくていいようね。これで。」

「はい。そう言う事で、後は、リヒャルト王弟殿下に任せても大丈夫でしょ。」

「そうね、後は任すけど。」

「もう大丈夫だと思います。お姉様が愛する殿方ですし、私の弟子でもあるので。」

「リヒャルトを助けてあげてね。」

「はい。分かりました。」

 ミーナは最も信頼するエリカティーナに国王アルフォンスを降伏させるための作戦を任せます。


 ドミニオン国最強の戦士でもあるアウラー侯爵が、フェレール国軍に降伏したという情報は、王都だけでなく、ドミニオン国全体に衝撃を与えます。大地溝帯があるのに、どうやってフェレール国軍が大森林を越えたのかという疑問も含めて、最初は誰もが信じる事ができない情報ですが、アウラー侯爵の署名入りの文書が主要な貴族達に送られるため、虚偽ではないと国中が認める事になります。

そして、王都に到着したアウラー侯爵は、国王アルフォンスに謁見を申し出て、王族との会談を実現して、そこで北伐軍に降伏する事と、王弟殿下リヒャルトへの譲位だけが、アイヒベルガー家の血を後世に残る唯一の方法である事を力説します。

現国王アルフォンスには、イシュア国に伯爵級の領地を得て、そこで未来の王族達の避難所を作る道があり、それを受け入れてもらいたいと説得します。自身はアウラー侯爵領を新王家に返上して、イシュア国に代替地をもらい、新天地でアルフォンスに仕える事を誓約します。

国王アルフォンスは、アウラー侯爵の忠義を称賛した上で、最後の交渉を行う事を訳します。


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