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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
24歳の話
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123 使者交渉

123 使者交渉


ドミニオン国の王都は山地と平野部につながる地形を利用した要害で、王城の後方は山地で守られています。前方にある半円部分の城壁は他の都市の3倍の高さを有していて、高い防衛力を誇っています。

王都騎士団が動き出さないため、王都ベルガラトの包囲は簡単に成功させますが、王都の城壁を力業で突破するのは難題です。交渉による決着を望むリヒャルトは、すぐに使者を送ろうとしますが、ミーナが来るまでは待つとのエリカティーナの進言に従います。

娘パルミラと妻ミーナとの再会に喜ぶリヒャルトは、国王アルフォンスに書簡を送ろうとしますが、北伐軍総司令官であるミーナに一喝されます。

軍事的に優勢なのは間違いありませんが、勝った訳ではない上、王城の城壁を抜くには北伐軍に多大な犠牲を支払う危険があります。城壁攻略失敗からの大反撃で北伐軍が撃退される可能性も残っています。

有利な情勢である事は間違いありませんが、勝利を収めた訳ではありません。より犠牲のない勝利のためには、考えなければならない事はたくさん残っています。軍を率いる者としての最大の試練は残っています。ミーナは滾々と、成人には1歳足りない少年の眩しさをほんのり残す夫を窘めます。

ミーナが到着してから3日後、先に動き出したのは、アルフォンス国王側です。


青色の装備で身を固めたリヒャルトは、陣幕で囲まれた会談場所で座っています。その隣には、総司令官であり、妻であり、恩人であり、かつての敵であり、愛する女性となり、自分の娘の母親になったミーナが、水色のワンピース姿で座っています。

どのような衣装に包まれていても、その美しさが損なわれる事はなく、美聖女の姉としての威厳を保つことはできています。しかし、戦場の陣幕内という特異性がある場所においては、違和感のある装いに見えます。

「オイゲン王弟殿下が、到着されました。」

「中へ。警備兵も入ってくることは構わない。」

 リヒャルト王弟殿下の声に応じた案内役が、幕を上げて、かつての第5王子を招き入れます。リヒャルトとは13歳も離れた30歳の兄は、王家の気品ではなく、武人としての猛々しさを持っている長身の将軍です。

 銀の鉄製鎧で身を固めた戦士は、少年に近い弟に比べて、勇ましい男性の風貌を備えています。異母兄弟の兄は青髪緑目、弟は赤髪青目で、色彩も顔立ちも全く違います。弟リヒャルトが生まれた時に、兄として赤子姿を見ただけの関係であるため、2人の間には形だけの兄弟以外の関係は存在していません。

兄からのリヒャルトへの印象は全くありません。赤子の取り巻きである貴族達とは嫌な思い出はありますが、昔の弟に対しては何の感情も浮かんできません。

「アルフォンス国王の使者、王弟オイゲンです。」

「兄上とお呼びした方がよろしいですか?」

「兄弟の情が湧くほど、交流があった訳ではありません。ここは戦場、軍使に対する礼があれば十分です。」

「分かりました。オイゲン卿、お座りください。」

「分かりました。お前たちは、ここで待機だ。これ以上近づく事は許さぬ。」

「は。」

 2人の護衛が接近を禁止されて、陣内の隅で直立すると、オイゲン卿が陣幕内の中央へと移動します。床几に腰かけていたリヒャルトが一度立ち上がり、オイゲンが着席すると同時に座ります。

 リヒャルトの隣に座っているミーナは、立つ事もなく、床几に腰かけたまま、じっとオイゲン卿を見据えています。

「アルフォンス国王よりの口上です。リヒャルト王弟殿下を正式に認めて、南部地域を統率する公爵家を立ち上げ、南部総督に任じる。代わりに、ボンダール大河以北からの撤退を求める。以上です。」

 南部での独立を認めて、形式的に王家に従ってもらいたいとの要望は、理不尽ではないとリヒャルトは考えます。王都王城を攻略するためには多大な犠牲を覚悟しなければならない上、それを行うことなく停戦して、南部の独立を得られるのであれば、拒否する理由はないと考えます。

 総司令官であるミーナが納得すれば、これで決着したいという合図である、左膝の上にある手の握りを変えます。

「オイゲン卿、単なる使者であり、交渉の権限がないのであれば、お帰りください。」

「いや、交渉の権限はある。それ故に外交の大臣ではなく、王弟である私が来た。」

「では、交渉しましょう。と、言っても、こちらからの要求は、全面降伏、王都の開城、王位をリヒャルト王弟殿下に譲位する事ですから。話し合いにはならないと思います。」

「譲位!」

「驚く事はありません。南部を完全に支配して、北部の方も、すでに東半分を勢力下に収めています。実質的にリヒャルト王弟殿下は、ドミニオン国の大半を支配しています。それに、現国王であるアルフォンス様は、国民にも貴族にも支持されていません。王都の危機に対して、援軍を差し向けた貴族が存在しないのが、その証です。それに。」

「ミーナ、待ってくれ。それでは交渉にはならない。」

「リヒャルト、この時点で交渉する必要はないのです。向こうが敗北を認めて、開城を決断できるかが試されているだけなのです。」

「だが、交渉というものは。」

「黙って!この戦いにおける主はリヒャルト王弟殿下であっても、北伐軍の総司令官は私です。総司令官を解任しない限り、この交渉の主導権も責任も全て私の手の内です。」

「分かった。」

「ご使者には、失礼しました。見ての通りです。そちらの意見を通したいのであれば、使者は私を説得する他ないのですが、私が説得される事はありません。」

 リヒャルトを完全に支配下に入れている女傑ミーナが、今やドミニオン国の実質的な支配者である事をオイゲンは認める他ないと考えます。少なくとも、兄弟の情に縋って、できるだけ良い条件を手にする事は不可能であると考えます。

「退位するアルフォンス国王陛下の処遇以外に交渉する事はないとおっしゃるのですか。」

「処遇は決まっています。ドミニオン国の王族には、イシュア国へ転居してもらいます。これは無駄に王位継承戦争を避けるための施策です。今後、イシュア国、ドミニオン国、フェレール国の3国で、お互いの王族を受け入れる地域を作る事になります。すでに作られている所もあります。私の目的は、愚かな王位継承戦争や、貴族同士の勢力争いを止めさせることです。」

 成り行きで始まったイシュア国のドミニオン国への侵略は、信念に基づいた軍事活動へとすでに変化しています。王の実力を持たない人間、王位の役目を理解しない人間、民の事を思いやれない人間、それらの人間を排除する事が、自身の使命の1つであると考えているミーナは、アルフォンス国王が排除すべき人間だと考えています。

「アルフォンス国王は、適切な軍事行動を起こす事ができません。5つの街道から王都に迫ってくる各部隊を、各個撃破する選択すらしていません。これは無能の証。オイゲン卿は将軍職を持つ人間として、こういった作戦を提案したはずです。」

「・・・・・・。」

「5つの街道を封鎖した時、王都地域に残った国民のために食料をかき集めなければならなかったのに、それを怠った。精霊教のエリカティーナが支援物資を配らなければ、今頃飢えている人間もいたはず。」

「・・・・・・。」

「使者の口上において、城壁内にいる国民や貴族の待遇についての言葉がなかった。責任者は国王ですが、追い詰められているのは、国王1人だけではありません。平民である国民の事を考えるべきだとは言いません。この情勢になっても、国王に従う貴族達の立場を守るための何かを、交渉条件に加えるべきだと。私が国王として国全体を見ているのなら、そう言ったことをきちんと考えます。」

「・・・・・・。」

「この後、譲位でリヒャルトが王位を手にしなければ、ドミニオン国では、必ず争いが起こります。そして、アルフォンス国王にそれを治める力はありません。特に南部の貴族達は、リヒャルトの戴冠を目指して、表でも裏でも動くでしょう。」

「・・・・・・。」

 一方的な言葉をミーナは続けます。ここで敵方に、交渉の余地があると思わせて、降伏するまでの時間が長くなればなるほど、国民に犠牲が生まれてしまうからです。

「もう1つ、教えていきます。フェレール国の軍隊が、ドミニオン国に攻め込んでいます。もしかすると、今頃、アウラー侯爵は降伏しているかもしれません。」

「???」

「???」

 味方であり、全軍の主であるリヒャルトもミーナの言っている事の意味が分かりません。

「ミーナ、フェレール国がどうやってアウラー侯爵領に攻撃すると言うんだ。大森林があり、そこには大地溝帯があり、両国は完全に分断されている。」

「数年前から、フェレール国側の大森林は開発されています。木材、飼料、虫糸などが取れるのです。大地溝帯の所まで開発を進めていき、大地溝帯で狭いところを発見して、かなり難しかったそうですが、橋を架ける事に成功しています。その情報を得て、フェレール国に援軍の派遣を要請したのです。」

「アウラー侯爵軍が王都に向けて再出撃しないのは。」

「交渉か戦争かは分かりませんが、フェレール国に対応しているからです。アウラー侯爵から王都まで情報が来ていないのは、この情報が到達すれば、国王軍の士気が落ちると配慮したからでしょう。」

「フェレール国からの攻撃を止める事ができるのか?」

「フェレール国は侵略するつもりはなく、私の要請を受けたから出撃してくれたのです。フェレール国が望んでいるのは、貿易の道を作る事です。両国が貿易できるようになれば、両国の北部は経済的に潤います。ドミニオン国側の窓口であるアウラー侯爵領は重要です。そこに住む領民の恨みを買うようなことはしません。アウラー侯爵が愚かな判断をしなければ、犠牲者が出る事はないはずです。」

 交渉ではなく、最終通告を行ったミーナは、王都包囲網を使って、王都を威圧し続けます。何度か訪問した国王の使者が、全面降伏の使者でない事が分かると、会うことなく追い返し続けます。


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