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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
24歳の話
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119 援軍到着

119 援軍到着


アウラー侯爵軍とミーナ軍の戦いは、激戦として語られますが、初戦の関所砦が炎上崩壊した事の印象が強かったからです。炎上崩壊後の戦いは、決戦と言うような動きは全くなく、嫌がらせ合戦と言える地味な戦いとなります。

アウラー侯爵は、炎上した城壁を撤去してから進軍しますが、新たな城壁がある事を確認すると、それ以上の進軍を止めます。ミーナ軍の炎上作戦を恐れたからです。砦を攻略する時に先陣を切るような勇士たちを焼かれる訳にはいきません。訓練と実戦で鍛え上げられた戦士達は、傭兵を主産業とする侯爵にとっては、至上の価値を持っています。損失を怖がるわけにはいきませんが、無駄遣いする事はできません。

 得るものが少なすぎる危険な作戦を展開できない侯爵は、遠距離射撃と夜間の音攻撃を続けながら、ミーナ軍攻略の手掛かりを探るために、多くの斥候部隊を放ちます。集めた情報を軍事的に分析した結果、ミーナ軍は2つの関所砦に挟まれた所に本陣を敷いていて、その数は最大で2000、その内の約半数が後方支援部隊です。5000の侯爵軍を押しとどめる事が可能な兵力ではありません。さらに、その兵力では主要な街道を封鎖するのが精一杯であり、獣道だけでなく、細い間道も通行可能になっています。

 大きな地図に、北伐軍を配置すれば、王都周辺地域につながる5大街道を抑えていて、王都を包囲しているように見えますが、5つの街道を塞いでいる兵力は少なく、間道を封鎖する事はできません。そもそも、包囲網と言っても、隙間が多過ぎていて、言葉以上の包囲効果は発生していません。

アウラー侯爵は、間道を通じて、王都側に500の兵力を送り込んでいて、すでに王都との連絡を取り、王都にいる近衛騎士団と連携が可能な状況を一か月間で構築しています。


 南側王都方面から2000の集団が、緑の旗を掲げて関所砦に迫ってくる情報に、ミーナはすぐさま、味方の受け入れ態勢を作る事を指示すると、南側の城壁へと向かいます。

「お姉様!」

門内で待っていた赤黒と茶色の傭兵に、薄緑の神官服をまとった大神官が駆け寄ります。胸に抱いている生後7か月の赤子は笑顔で久しぶりに会う母の姿に、意味を持たない声を上げています。

「パルミラ!」

 金髪青目の赤子は、泣き出しそうな母親を慰めるかのように手を差し出します。美しい妹の手から、我が娘を受け取った姉は優しく包み込みながら、全身全霊で抱きしめます。

 感動的な親子再会を横目に見ながら、2000名の集団が砦内の敷地に入っていきます。半数が武装していますが、統一された装備ではなく、この集団が正規兵ではない事が分かります。ただ、体のどこかに緑色の布切れを付けていて、この集団が大聖女の傘下にいる精霊教の教徒である事を示しています。

 騎馬兵はなく、馬は全て荷馬車を牽引していて、力自慢の男性の多くが、物資を積んだ荷車を引いています。救援軍と言うよりも、救援物資を運んでいる輸送部隊の様相を示している集団に、ミーナ軍は歓迎の意を示しています。

「パルミラ、良かったわね。」

 エリカティーナは姉と姪に話しかけながら、満面の笑みを向けます。その教祖様の背中を見ている侍女と3人の乳母、6名の護衛少年は、緊張感を解いていません。

 最前線の危険地帯に、母親に会わせるためであっても、生後7か月の赤子を連れていく事は非常識であり、この行動を言い出した主エリカティーナに側近達は、逆らう事はできませんが、全員反対しています。

 生まれたばかりの愛しい娘と離れる事になったのは、娘を危険に晒せないと言う母の気持ちがあるからで、それを無視しての行動を取れば、主の姉から主がどのようなお叱りを受けるか分からないと側近たちは恐れています。

 今は娘に出会えた喜びが勝っていても、すぐに戦場の冷静さを取り戻せば、この異常な行動を咎められるのは間違いないと、後方に控えている者達は恐れています。

 味方であれば、有能で頼もしい総司令官ですが、敵となれば、恐怖の敵将です。死神であるミーナが、味方の無謀な行動を諫める時、どのような側面を見せるのかが分からない者達は、恐怖に慄いています。

「だぁぅ。」

「嬉しいのね、パルミラも。」

「だぁぅ。」

「・・・・・・エリカ、よく来てくれたわ。」

「愛らしいパルミラのためだから、当然の事です。」

 大好きな妹を叱るはずがないのは、側近達も分かっています。問題なのは、主の暴走を止める事ができなかった側近であり、叱られるのであれば自分達である事を自覚している者達は緊張を解けません。

「ナタリー、大変だったと思うけど。パルミラを連れてきてくれて、ありがとう。」

 エリカティーナの筆頭侍女であるナタリーを褒める言葉を聞いた側近たちが、安堵のあまり大きな呼吸を行います。

「ね、言ったでしょ。お姉様が叱るような事はしないって。」

「はい。」

 側近を代表して、ナタリーが返事をした事で、赤子を連れた援軍は、総司令官から正式に、その行動を認められます。

「デロ、お姉様に報告をして。」

 聖女の護衛の1人である14歳の少年が応じます。

「はい。私達の後を1日の距離を保ちながら追いかけてきた敵兵は、王都騎士団3000とアウラー侯爵配下のヴァイス男爵軍500の、総計3500名です。その後方に300の輸送隊が付いていますが、こちらの方は戦闘能力0の輸送隊です。今のところ、他の部隊が出陣した報はありません。」

「王都に残っている兵力はどのくらいなの?」

「王都には常時8000の兵力が駐留しているとの事です。この情報は王都内の大商人、騎士団に食料品を納入している者からの情報です。」

「残り5000が王城内に駐留しているの?他の方面への警戒で、王都から出ている部隊はないの?」

「偵察兵は出していますが、警備部隊は出していません。王城を囲む城壁内の治安維持のために、外には兵力を向けていないようです。王都にいる貴族達を監視して、逃亡させないようにしています。」

「食料の備蓄は?」

「王城内の住民1年分の蓄えはあるとの事です。」

「正確な数なの?」

「接触した商人達からは、そのような数であるとは聞いています。ただ、城壁外の住民達からかき集めた食料であるため、周辺地域の食糧事情は、収穫前であるため、苦しくなっているとの事です。周辺地域から食料品をさらに集めるのは無理との事です。」

「分かった。」

「どうしますか?お姉様。お急ぎになった方が良いかと思います。これ以上の機会はないかと思います。」

 妹の進言を受け入れたミーナは、全軍に昼食の準備を命じると同時に、各部隊長を招集します。


エリカティーナの援軍が到着するまでに、ミーナが立てた王都包囲作戦は基本的に失敗しています。北伐軍総司令官の狙いは、自軍を5つに分ける事によって、王都の主力を釣り出す事です。5か所に分散した北伐軍を各個撃破するために王都騎士団を出動させる事をミーナは狙っています。殊更隙を作る事で、敵の主力を釣り出して、大きな打撃を与える作戦の予定でしたが、王都騎士団はこれまでに全く動こうとしません。包囲とは名ばかりの、分散配置作戦と言う愚行を演じて見せますが、全く誘いに乗ってきません。

 北部街道をミーナが担当したのは、精兵を持つアウラー侯爵軍が積極的に動くのは間違いないため、その動きに釣られて、王都の騎士団が動くかもしれないと期待したからです。ミーナ軍が分散して、王都騎士団とアウラー侯爵軍が挟撃体制を取れる状況を作ったのだから、攻めてくるだろうとの予測はあり、それをずっと待っていたのですが、今までは王都騎士団の動きはありません。

 ようやく、精霊教の信徒集団に釣られる形で、王都騎士団が動いたことに、何かの狙いがあるかもしれないとの危惧はありますが、有利になる挟撃体制を取れる以上、敵が攻めを選択するのは間違いないと断定して、ミーナは王都軍に打撃を与える作戦を発動させます。

 ミーナは妹エリカティーナがパルミラを連れて、渡河拠点から動いた事を知った時は、叱責するべきであると考えましたが、妹が王都方面をかき回して、王都騎士団を動かそうとしているのだと予測して、妹を叱る書簡を送る事は止めます。何かをし出した時の妹は、好き勝手にさせるのが一番良い結果を生み出す事を理解している姉は、娘に会えることを楽しみにしながら、妹の到来を待つ事にします。そして、妹と娘が到着したと同時に、王都騎士団を釣り出した朗報がもたらされます。

愛する妹エリカティーナは、民衆から聖女と呼ばれています。しかし、その本質は海抜であると姉は良く理解しています。ミーナ自身も怪物と評価される事がありますが、妹は自分以上の怪物であると姉は理解しています。多くの人々が、妹の聖女らしい一面しか知らないままである事を、ミーナは良い事か悪い事なのかは判断できませんが、それを利用する事に躊躇いはありません。

精霊教の教祖として信者を率いての行軍中、聖女の一軍は食料を貧しい人々に配ります。戦闘能力が低い教団の信徒達が、安全に移動するための賄賂とも言えますが、この行動によって、北部地域においての北伐軍の印象は大きく変わります。

侵略軍が、現地の敵勢力の民に食料を配る事があるはずがないと考える民衆は、少なくとも民衆にとって、北伐軍は侵略軍ではないと考えるようになります。そうすると国王軍の民衆に対する統制力が激減します。反乱を起こすような事はありませんが、王都から脱出しようとする貴族達を捕縛する事に協力する民衆は激減します。

逃げ出そうとする貴族達が提示する協力金を受け取った民衆は、単に見逃すだけでなく、包囲網を展開する北伐軍の所まで案内するようになります。自分が北伐軍の味方である事をアピールする労力を惜しまなくなります。

こうなれば、エリカティーナは自在に情報を集める事ができるようになり、自在に情報を広めることもできるようになります。

国王への反乱はありませんが、民衆の気持ちが確実に離れていく状況で、エリカティーナの率いる信徒達が、国王陛下は民衆を見捨てるつもりであると言う虚偽情報を流します。もちろん、大聖女エリカティーナがドミニオン国の救世主である事と、全てを聖女に委ねれば、国は救われると言う情報を流しているため、この情報拡散の目的は、彼らのトップを国王から聖女に入れ替える事です。どちらがより信頼できるかを問いかけて、聖女と答えてもらうための工作活動を行います。

この工作活動に敏感に反応したのは、アルフォンス国王です。王弟を教皇代理として、宗教の力を利用していた国王は、宗教的権威が自分に牙をむこうとしている事の危険性を十分に理解しているため、それを排除する事を決断します。

この決断によって、王都騎士団の一部が決戦の場へと向かう事になり、エリカティーナを討伐するために動き出します。ようやくミーナが望んでいる状況が発生します。


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