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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
24歳の話
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115 後ろ盾

115 後ろ盾


 ドムズ公爵家がリヒャルト王弟殿下の傘下に入った事は、大河以北の貴族達に大きな衝撃を与えます。国王アルフォンスに忠実である事で有名なドムズ公爵が、1度の敗戦で軍門に下った事で、国民と貴族達に様々な憶測が生まれて、様々な噂話が駆け巡る環境を作ります。

 北部情勢が不安定になる中、ドムズ公爵家は、リヒャルト王弟殿下の存在を正式に認めた上で、王家との仲立ちに協力する事を約束したというのが実態です。しかし、リヒャルト殿下の配下として、王都ベルガラトに攻め上がるという虚偽情報が真実のように広がったのは、ドムズ公爵が王家に親書を送るための大規模な使節団を送ったからです。

様々な宝物を携えた使節団を送るのだから、護衛兵を付けるのは当然ですが、それが攻撃部隊に見えてしまうというのが、今の北部の情勢を示しています。

誰が味方で敵になるのか、国王陛下と王弟殿下が何故争っているのか、ヴェグラ教と精霊教の関係はどうなっているのか、イシュア国の介入はどこまであるのか、国として定めておかなければならない事が、全て曖昧になっている状態である事を喜んでいる者もいます。

これを勢力拡大の機会と考えている北部貴族が1人だけいます。リヒャルト王弟殿下の実母の実家であり、彼を利用して王権に食い込もうと狙っていたマイヤー侯爵は、ドムズ公爵が敗北した事を聞くと、5000の兵団を編成して、ドムズ公爵領へと進軍を開始します。

リヒャルト軍とマイヤー侯爵軍で、南北からドムズ公爵領を攻める事で、広大な領地を手にする事ができると考えている侯爵軍は、敵対するべきドムズ公爵軍への攻撃命令を出そうとしています。


ドムズ公爵領とマイヤー侯爵領の中間地点に広がっている、なだらかな平地で5000対5000の両軍が対峙しています。

やや高い位置を取っているだけでなく、豊かな鉱山資源を持っているマイヤー軍の装備品は全て一級品であり、同数の対戦であっても、マイヤー侯爵軍の方が優勢であると言えます。

「どのような大義を持っての進軍か。攻め手の将は答えるがいい。内容によっては、撤退するのを見逃してやろう。」

 美しい声が両軍の間を通過すると、マイヤー侯爵軍は動揺します。ドミニオン国において女性が戦場に存在する事は非常識です。過去には戦場で活躍する女性騎士がいた事にはいましたが、それは特別な才能と実力を持った女性だけが許される事です。今の時代、国内で名を轟かせるような女性戦士や女性将軍はいません。

つまり、この女性の声はイシュア国から入ってきた人間の声であり、北伐軍総司令官ミーナである可能性が高いのです。

共闘するはずのミーナ司令官が、敵方の公爵軍にいる事が理解できないのは、一般兵達だけではありません。

「どなたの発言か。私はバルタザール・フォン・ヒューン子爵。マイヤー侯爵からこの軍の指揮を預けられた者だ。」

「私は王弟妃ミーナだ。北伐軍とドムズ公爵軍の連合軍の指揮を執っている。北からの侵略者を撃退するために、ここに布陣している。早々に立ち去るのであれば、此度の暴挙は、謝罪する事で許そう。」

「お待ちください。私達は侵略者ではありません。北伐軍を支援するために南下してきたのです。すでに、ミーナ様がドムズ公爵軍を下しているというのであれば、戦う必要はありません。」

「ヒューン子爵。大軍を率いて、公爵領内に侵入してきた以上、侵略者として扱うのが道理。」

「我々は、リヒャルト王弟殿下を支援するために、ここに来ているのです。ご存じかと思いますが、マイヤー侯爵はリヒャルト様の伯父にあたります。今までも、殿下の支援をされてきました。ドムズ公爵との戦いにおいては。」

「自分達に都合の良い事だけを申すな。リヒャルト王弟殿下は、伯父に利用された事はあっても、支援を受けた事は一度もない。支援を受ける事さえできずに、南部の戦場に放り込まれて、戦死させられる所を、リヒャルト王弟殿下は私に救われた。私が殿下にとっての唯一の支援者である。今回の騒乱を利用して、マイヤー侯爵家の勢力を拡大しているだけではないか。リヒャルト王弟殿下のためと言うのであれば、ドムズ公爵とは協力体制を築いている今、お前たちの進軍は無意味だけではなく、害のある行為だ。すぐに撤退するがいい。」

ドムズ公爵領への進撃の命令を受けていますが、あくまでも北伐軍の支援目的がある以上、北伐軍司令官ミーナに、撤退するように勧められると、撤退するしかなくなります。


 北伐軍と公爵軍の連合軍は、マイヤー侯爵軍が完全撤退せずに、後方にある丘陵地に陣営を築いたことを確認します。侯爵自身が参軍していないため、最終的な決断ができないための現地司令官の当然の措置である事を、ミーナは理解していますが、完全撤退しない事を激しく糾弾します。

 王弟妃の権威を振りかざしての詰問状に、現地司令官であるヒューン子爵は恐れおののき、弁明のためにミーナの陣を訪れます。

「マイヤー侯爵軍を完全に撤退させていれば、ドムズ公爵も戦う意思はないと判断してくれていた。北方での仲裁が成功していたのに、なぜ、臨戦態勢で丘陵地に陣を構えた。これでは、ドムズ公爵家と決戦する意思がある事を表明しているのと同義!」

「そのようなつもりはありません。マイヤー侯爵の指示を待つために陣を設営いたのです。」

「後方の街まで引けば問題はなかった。」

「軍を駐留させれば、町の負担が多くなってしまいます。」

「そのような事に騙されると思っているのですか!」

「いえ、騙している訳ではございません。」

「そもそも、ここへ来るときに軍装という事はどういうつもりです。」

 北伐軍の陣営には木製の小屋が1つだけ建てられていて、そこでミーナはヒューン子爵と引見しています。中央に置かれた背飾り椅子に座しているミーナは、貴族らしい紺色のドレス姿で、呼び出した子爵を睨みつけます。

形式的なものですが、北伐軍のミーナは、戦意がない事を明確に示しています。それに対して、子爵は護衛騎士2名と共に完全武装で参上しているのですから、敵意の有無は誤魔化せたとしても、戦時中であるという認識を持っている事を誤魔化す事はできません。

「北伐軍への援軍のつもりで出陣していますので、普段着を持ち合わせておらず。」

「黙りなさい。皮鎧などの軽装備は陣中にあるはずです。敵意を示すような事にならないように配慮する事はできたはずです。それなのに、そういう配慮をしない事を問題だと言っているのです。」

「すいません。武人として生きてきたため、そういった事に対する配慮することができませんでした。」

 威風堂々の武人が、若き美しい夫人の前で頭を垂れて、全面的な謝罪を行っています。当然、ミーナは自分の気分が良くなるために、このような対応をしている訳ではありません。リヒャルト王弟殿下の今後の立場を確立させるために、どちらが上であるかを示す必要があるからです。

 マイヤー侯爵が、リヒャルトの後ろ盾としての立場を手に入れようとしているのをミーナは防がなければならないと考えています。北伐軍を率いているのは、夫の立ち位置を整備するためですが、他の貴族達に同じ場所に立たせるつもりはありません。

「ならば今すぐ、軍の半数を侯爵領まで撤退させなさい。残りの半数は、後方の都市まで引かせなさい。その都市において、私がマイヤー侯爵を引見するから、残留軍にはその準備をさせなさい。」

「畏まりました。仰せの通りにいたします。」

 ミーナはヒューン子爵を取り込んだ訳ではありませんが、マイヤー侯爵が不在である事を利用して、前線の敵軍に命令を出して、その意思のままに動かす事に成功します。


 44歳のマイヤー侯爵は、普通の平凡な中年男性の見た目で、身にまとっている衣服も普通の貴族の礼服です。青髪青目の表情からは、陰湿さを感じさせるような事はありません。平凡過ぎるから怪しいと評価を受けるぐらいに、何も特別な物を持っていない侯爵は、自然な笑顔を見せながら、晩餐会が用意された大食堂に入ってきます。

「ミーナ様、初めて御意を得ます。クレーメンス・フォン・マイヤー侯爵でございます。本日は、晩餐会へのお招き、我が家の名誉として語り継ぎたいと思います。」

「ミーナです。正面にお座りください。」

 お互いに4人の随員がいますが、それらはおまけであり、特に挨拶を交わす事はなく、着席します。食堂の端に待機していたメイド達が、食器類の設置を始めます。流れるような作業で、給仕達が料理と酒を並べていきます。

「リヒャルト様は、こちらに向かわれていると聞きました。」

「2日後には来ると思います。」

「1日も早くお会いしたいです。立派な戦士に成長されたと聞きます。」

「その通りです。」

「ミーナ様には殿下の命を救っていただき、感謝の念に堪えません。」

「マイヤー侯爵。私を相手に駆け引きをしても意味はありません。言いたい事があれば言った方がいいです。」

「駆け引きなど致しません。リヒャルト王弟殿下のご意思に従うだけです。」

「それでは、殿下の妻である私の意思にも黙って従うという事で良いのですか。」

「もちろんです。私は王弟妃殿下の臣下でもあります。」

 紺色のドレスを纏った金髪青目の美女は笑顔のまま、声に含まれている冷気を前面に発します。

「それでは、マイヤー侯爵には南方の豊かな土地へ移ってもらいます。北方とは違って、温暖で過ごしやすい土地です。これまでリヒャルト王弟殿下を支えた事に対する褒美だと考えてください。」

「新領地を賜るとは、身に余る光栄にございます。」

「北部の領地はリヒャルト王弟殿下の直轄地となります。」

「ミーナ様、ご冗談をおっしゃらないでください。無論、マイヤー侯爵家はリヒャルト王弟殿下の忠実な配下であり、その全てを捧げておりますが。先祖が賜った王恵を手放す事は貴族のするべき事ではないと考えます。歴代の国王陛下から頂いたご恩に報いるためにも、北方のこの地で、リヒャルト王弟殿下を支えたいと考えております。」

「駆け引き無用と言ったので。分かりやすく伝えます。マイヤー侯爵領の金銀の産出量は、一貴族が独占して良い物ではありません。この金銀が侯爵の手にあったから、北部がまとまっていないのです。その事が、今の私達には利益になっているかもしれませんが、今後同じことをさせるつもりはないという事です。リヒャルト王弟殿下の伯父の立場を利用させるつもりもありません。」

「・・・・・・・。」

「侯爵、陰謀はあなただけが扱うものではありません。私もきちんと陰謀と呼べるものを巧みに扱っているのです。侯爵をこの場に誘い出すために、侯爵軍2500をこの町に駐留させたのです。北伐軍が300程度しかいないと思ったから、ここへ出向いたのでしょう。しかし、この町に入り込んだ商人やこの町の熱心なヴェグラ教徒1000人は、私の配下です。号令を駆ければ、油断をしているマイヤー侯爵軍をこの町から排除する事は簡単です。それに、この晩餐に参加した時点で、あなたは負けているのです。随行する4人に帯剣を認めたのは、どれだけ腕利きの護衛がいても、私を倒す事ができないと分かっているからです。私の手元にあるナイフとフォークは、私にとっては充分な武器になります。あなた達5人を無力化して、取り押さえる事ができる力が私にはあるのです。オズボーン公爵家の血筋の人間相手に、テーブルの距離しか空いていない場所にいる事は、命を預けるのと同義なのです。」

 最強の武力を持った人間に接近する事の意味を理解した時、マイヤー侯爵はどのような得意技も通用しない事も理解します。幼い王弟とその妻の実力を見誤った時点で、敗北するのは当然で、その代償として国内一の経済基盤を没収される事も受け入れなければなりません。

 代わりに手に入れる南方の土地が、マイヤー侯爵家そのものではなく、マイヤー侯爵家に連なる人々への慈悲である事を理解した陰謀家は、最後に残った物に不満はあるものの、何もかも失う事を覚悟しての、勝ち目のない挑戦をする意志はありません。

 7年前に、リヒャルト王弟殿下を連れ去られた瞬間から、自分だけでなく、ドミニオン国が、ミーナに敗北していた事を、マイヤー伯爵は認めます。


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