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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
4歳頃の話
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12 政略結婚

12 政略結婚


 イシュア国の王都の貧民層の子供達全員に昼食を毎日提供するには、金貨10枚では足りません。毎週ギルバードから金貨10枚をもらっても全く足りないため、ミーナは伯爵邸の物置から様々な物を持ち出します。緊急用のランタンは、その中に魔石が入っているため特に高く売れます。

 当然、この状況に屋敷の家令が気付かないはずがありません。もちろん、気付かれるのを理解しているミーナは、先手を打ちます。宰相である父親の評判をあげたいから子供達に食事を提供していて、これは公爵アラン様に相談して決めたことで、ひそかに実施しているから、他の皆には内緒にして欲しいと伝えておきます。

 国政全般を司る宰相が、冷害とそれに伴って発生した物価高について様々な手を打っている事を、家人たちは全員知っていて、その働きがあるから、混乱の度合いがこの程度で収まっている事を理解していますが、王都に貧民層と呼ばれる人々が登場しているのも事実であり、その事をもって宰相の政治を批判する人々がいます。

 政治家は努力ではなく、結果を評価されるのだから、批判されるのは仕方がないというロイドの言葉に頷きながらも、朝晩関係なく宰相であり続ける主人が一方的に批判されることは不当であると、家人たちは考えています。

 そんな中、お嬢様が父親の代わりに、子供達を救うために動いているのだと聞かされると、この重要な情報をロイドにあげない選択をするのが正しい事だと、ファロン邸で働く者達の認識になります。

 家財を換金して、ばら蒔く事が、ロイドに知られたのは、ミーナがロイドの執務机の一番下引き出しに保管している緊急支出用の金貨100枚を持ち出したからです。1年に1回ぐらい確認するために開けてみた引き出しに金貨が1枚も入っていない事に、置き場所を間違えたと思ったロイドは、他の引き出しを全て開けてから、金貨100枚が取られた事に気付きます。


「私の机の引き出しから、金貨を取ったのは誰か。」

 宰相ロイドの自宅にある執務室の応接セットのソファーに座らされた3人の子供達に向かい合っている父親は、今まで見せたことのない真剣で、険しい表情で子供達に問いかけます。

 隣に座っている美しき伯爵夫人は、瞳を潤ませながら、3人の子供達をじっと見つめます。邸内の家人が窃盗を働くはずがないのはレイティアも理解しています。外部から侵入する事が不可能な事も知っています。子供達の誰かが、いたずらで金貨を隠しているとしか思えないため、自分の母親としての無能さとどう向き合えばよいのかが分からなくなっています。

「私だよ。」

「ミーナか。隠した金貨を戻しなさい。いたずらにしても、してはいけない事がある。」

「全部使ったから、戻せない。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

 娘のまっすぐな視線、青い瞳の中に決意のようなものを見て取ったロイドは、自身の感情を落ち着けるために深呼吸をします。1つ1つ整理をしながら話をしなければならないと2度自分に言い聞かせている間に、レイティアが話し始めます。

「ミーナ、何に使ったのですか?」

「返さないといけないの?」

「当たり前です。何に使ったのかを言いなさい!」

 ミーナの持ち物が変わった様子は何1つない事は理解している夫人も、娘が父親の金貨を奪ったという事だけしか見えなくなっています。今まで元気で賢いと思っていた娘が、我儘で狡賢い娘であるように見えます。そうなってしまったのは、母親として足りていない自分の責任だと思えば思う程、焦りと憤りを抑える事ができずに、口調に出てきます。

「言わない。」

「言いなさい!!!」

 世界最強の一角を占める女神の怒声に、隣のロイドが一番驚きます。緑色の瞳も体の向きもレイティアに向けながら、その怒りをどのように宥めようかと思考しますが、怒りの感情を乗せた妻も美しいなどと感想を持つだけで、どうすれば良いのかが浮かんできません。嫉妬に身を委ねて、激情をぶつけているのであれば、愛の言葉でどうにかする事は可能ですが、子供に対して母親として叱らなければならない状況においては、どのように宥めればいいのかも分かりません。

「ミーナ、言いなさい!!!」

 自分を真っすぐに見つめる娘に対して、同じ色の瞳に怒りを乗せて声を発します。

「言わない!!!私のお金だもん。私が自由に使ってもいいでしょ。」

「ミーナァ!!!」

 今にも立ち上がりそうな母親の怒号に割って入ったのは、3人の中では臆病者であるとの評価を受ける次兄バルドです。

「ミーナは、自分のために使ってはないよ。ママ。」

 震えている声であっても、次男ははっきりと妹を擁護する発言をします。同じ青い瞳には力がある事を証明するかのように、怒りを発している母親から目を逸らさずにいます。体は震えていて、瞳も潤んでいますが、逃げ出すことはしません。

 訓練を始めている子供達にとって、戦女神のレイティアの強さは圧倒的であり、時には死の恐怖を与える事もあるため、魔獣に匹敵する脅威です。

「それでは、何に使っているというのです。」

「王都の子供達に食べ物を配っているんだ。物の値段が上がって、十分な食べ物を買えない家もあるんだ。そういう家は、昼ご飯を抜くことが多いんだ。ミーナは、東地区の食べ物屋にお金を渡して、子供達がいつでもお昼が食べれるようにしているんだ。」

「どうして、バルドが知ってるの?」

 兄達に知られるはずがないと思っていたミーナは純粋に驚きます。

「この前、公爵邸の訓練の後、初めて東地区の街を歩いてたら、パン屋さんのおばさんが、子供達に、ミーナ・ファロン様からお代はもらっているから、お腹がすいた子は食べに来なって、言っているのを見たんだ。だから、僕もパンをもらいながら、ミーナが時々金貨を持ってきてくれることや、周辺の食べ物屋さんにも同じ事をしている事を聞いたんだ。僕、東地区の人たちが、そんなに苦しんでいるのを知らなかった。ミーナはいい事をしていると思う。」

 1年程前の魔獣の巣へ侵入した事は間違いなく叱られるべき事ですが、今回のミーナの身勝手な行いは、家庭内では身勝手であっても、一歩外に出れば、多くの子供達への救済であり、叱ってはいけないとバルドは考えています。

「ミーナ、怒鳴ったのは、私の過ちです。ごめんなさい。」

「え。あ。」

 母親が謝った姿に動揺したバルドは、潤んだ瞳から涙を落とし始めます。

「ミーナ、バルドが言ったことは本当の事かい。お金の使い道は、街の食べ物屋への支払いだったのかい。」

 泣いているバルドを嘘つきにできないと判断したミーナは素直に答えます。

「そうだよ。バルドの言う通り。困っている商売人にもお金をあげたことはあるけど。だいたいが、食事の代金で使ったから。もう戻せない。」

「そうか。分かった。」

 父の言葉にしばらくの沈黙が続きます。家庭内の問題を解決するだけでなく、イシュア国の政治問題まで考慮した解答を見つけ出さないとならないと考えます。飢えて死ぬという事態にまで至らなくても、子供達が食事を抜かなければならない状況を放置していたのは間違いなく失策です。王都の東部の一部の層で発生した事であっても、極めて重大な問題です。

「父さん、宰相府の方で、子供達に無料で食事を提供できる場所を用意するまでは、ミーナにお金を持たせて、今まで通りに行動させてほしい。」

「そうだな。やめる訳にはいかないな。」

「無料で食事を提供する場所は、お祭りで使う出店をいくつか出せば、準備に時間はかからないと思う。」

 長男リースは、父と同じ銀髪緑目で顔立ちも似てきていますが、6歳児の少年です。将来の宰相候補ではあっても、現時点で政治に関する勉強をさせた事はありません。妹ミーナが突出しているのは確かな事ですが、2人の兄達も十分に突出しています。

 この日、王都に広がり始めた貧困層の問題の大部分が解決に向けて動き出します。


 金貨100枚よりも大切な物を得る事になったロイドには、未だ気になる事があります。娘が放った「私のお金」という言葉が気になって仕方がありません。4歳児が放った言葉であれば、所有欲を言葉にしただけであると流すことができますが、自分の娘ながら、才能豊かなミーナの言葉には、深い何かがあるかもしれないと考える事が正解であると気付きます。

「ミーナ、さっき、金貨は私のお金だと言ったが。どういう意味なんだ。ファロン家の財産ではあるが、あれは父さんの机に入っていた、父さんのお金だと考えるのが当然と思うのだが。なぜ、自分のお金だと言ったんだ。」

 そもそも、使い道を隠そうとしていた事も両親には理解しがたい事です。お金を子供達救済に使ったと言えば、勝手にお金を持ち出した事で叱られることを回避できると、ミーナであれば考える事ができるはずなのに、自分の行為を正当化できる唯一の情報を隠そうとしててることには何かの意味があると父親は考えます。

「私のお金だもん。」

「ミーナ、ママはもう怒っていないわ。ミーナが使ったお金を返しなさいなんて言わないわ。」

「レイティアの言う通りだ。ミーナが使ったお金は、全てミーナのものだ。だから、返してとは絶対に言わない。ただ、パパはね。ミーナがどうして、自分のお金だと言ったのかが気になるんだ。何か大切な意味があるんじゃないかって思うんだ。」

「・・・持参金。」

「ん、良く聞こえなかった。」

「・・・あのお金は、ミーナの持参金なの!もう使ったから、無くなったの。だから、ミーナは結婚しないの。」

 はっきりと聞こえた持参金の言葉も、ミーナが結婚を拒絶している意志もしっかりと伝わっていますが、4歳児の幼女が結婚する訳がりません。両親が、婚約者候補を探してもいいかもしれないと考え始めているのは事実ですが、具体的な動きは何1つありません。

「ミーナは持参金の意味が分かっているのか。」

「女の子がお嫁に行くときに、持たされるお金の事でしょ。そのお金がないと結婚できないんでしょ。もう、なくなったの、なくなったの、なくなったから・・・。ミーナはここにいたい、パパとママと一緒がいい、リースとバルドも一緒じゃなきゃ、やだ。」

 膝の上に乗せている両手を握りしめながら、瞳を潤ませているミーナが辛そうに顔を歪めています。

「ミーナ、結婚の話なんて出ていないわ。」

「パパとママが、婚約者を探すって、言ってた。」

「あ、あれは。」

「ああ、やっぱり。やだやだやだ、ミーナはお屋敷にいるの。皆と一緒に居るの。」

「ミーナ、ごめんね。ミーナをお嫁に出したい訳ではないのよ。そういう話が出るかもしれないって、話をしていただけなの。」

「やっぱり、ミーナをお嫁に出すつもりなんだ。」

 家族総出で慰めようとしても、頭の回転が速いミーナは、慰めようとする1つ1つの言葉に隙があれば、その点を指摘して、適切に攻撃を仕掛けます。お嫁に行く事は絶対にないという言葉を導き出そうとしますが、娘の幸せな結婚を願っている両親から、結婚を完全否定する言葉が出てくることはありません。いずれ結婚すれば、ファロン家を出ていくのは決まっている事で、避けられない上、この点で騙す事は不可能です。

 妥協案として、ミーナが大好きな人が現れなければ結婚はしなくてもいいから、大好きな人が現れたら結婚するとの話でまとまります。

 大騒動の家族会議は終わりますが、頭の回転の速い幼児の思考は、大人を凌駕する事がしばしばあります。

「持参金を使い果たせば、結婚しないで済むと考えたのね。」

「ねえ、ママ、大好きな人がいれば、結婚していいんだよね。」

「ええ。素敵な男性が現れたら、ママに教えてね。ミーナが結婚できるように応援するわ。」

「うん。ミーナね、パパと結婚するの。大好きだから。結婚式は。」

「パパはダメに決まっているでしょ。ママの旦那様だから。分かった?」

 怖いものなしのミーナは4歳にして初めて、本当に怖いものが、この世界には存在している事を理解します。ママから向けられた、女性の持っている剥き出しの、愛に対する剥き出しの感情に圧倒されます。

訓練時に向けられる剣から発せられるさっきとはまるで違うのに、体が痺れて動けなくなるような威圧感を、笑顔の美女神から受けた時、ミーナはファロン邸の大切なおきてを理解します。パパを大好きだと言っても、パパと結婚したいと言ってはいけないのだと自覚します。

「はい。」


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