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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
24歳の話
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113 罠と逃亡

113 罠と逃走


 日々増強される渡河拠点が1万の人員を越えた時、東側からドムズ公爵軍が迫ります。1万の精鋭を率いるドムズ公爵は、軍事畑の人間ではなく、行政畑の人間であるため、総大将として出陣してきていますが、優秀な部下達に軍事を完全に預けています。多数の騎馬と精鋭を揃える事が、公爵の仕事であり、ほぼ勝てる算段を付けてから戦闘を行うのがドムズ公爵のやり方です。

 この大軍に対して、北伐軍はほぼ半数の5000で迎え撃つことになります。拠点人員は1万名いますが、約半数は主任務を戦闘としない者達です。北伐軍と名乗っていますが、目的は軍事的勝利を重ねる事ではなく、政治的な勢力として認知させる事です。

 北部の王家を威圧するための武力であって、北部の人間を刈り取るための武力ではありません。渡河して、短期間で大拠点を構築する人員を、守護するのが北伐軍の真の目的です。


 拠点東部に広がる平地で両軍は対峙します。赤騎士ミーナが、一騎でドムズ公爵軍の前へと出てきます。

「我が名は、ミーナ。リヒャルト王弟殿下の妻にして、この北伐軍の総司令官である。戦いを前に通告する。我が軍の目的は侵略ではない。大河沿いに街を作り、南部の力を示して、リヒャルト王弟殿下の力を見せて、王家にその存在を認めてもらう事である。公爵軍が攻撃をしなければ、こちらが攻撃する事はない。」

 公爵軍との大決戦が始まれば、リヒャルト軍は完全な軍事組織としての活動を始めます。北伐軍の名前通りに、北伐の第一歩を踏み出せば、事前交渉による解決を目指す事が難しくなり、交渉は事後処理のために行う事になります。その事はミーナも良く分かっていて、この戦いの勝利の前に話し合いで解決するための最後の機会を提示します。そして、戦闘開始となれば、勝利した後の交渉を有利に進めなければなりません。そのためにも、敵前の前で語る必要があります。

 一騎での演説は、挑発行為でもあるため、公爵軍の何人かの戦士は飛び出そうとしますが、上官に制止されています。その様子をじっと見つめてから、赤騎士は話を続けます。

「立ち去るつもりがないのなら戦う他はないが。我が軍も犠牲者が少ない方が良いし、ドミニオン国の国民同士が殺し合いをしない方が良いに決まっている。だから、提案しよう。兵士達を大切に思う司令官は、誰でもよい、何人でもよい、ここに居る私にかかってくるが良い。私は相手が何人であっても1人で相手をしよう。私を捕らえれば、リヒャルト王弟殿下を撤退させる事ができる。良い提案であろう。一万を超える人間が激突して、お互いに傷つけあう事に意味はないのだ。勇敢な戦士の申し出を期待する。」

 イシュア国のオズボーン公爵家の猛々しい武勇は、ドミニオン国でも広く知られています。そして、その血を引く女傑ミーナの武勇も話としては北部に広がっています。ただ、それが先々代のギルバード程ではないと考えている者は多く、話でしか聞いた事がない北部の勇者達には、無謀な考えを持つ者もいます。しかし、今回の戦場では、公爵軍の統制をしっかりと働いていて、ミーナに挑みかかってくる者はいません。

「対人戦における私の強さを理解して、飛び出してこない事は賢いと言えるかもしれないが。もうすでに、公爵軍は敗北している。今、種蒔きの農繁期である。それにも拘らず、これだけの兵士がここに居るという事は、秋の収穫が少なくなることを意味する。北部特有の冷害が夏に発生すれば、来年の春には飢えに襲われる。ドムズ公爵は行政を知る者として高名だが、ここで軍を動かすのは、領土全体を危険に晒す愚行である。今年の1月、お前たちはヴェグラ神からの恩恵を受けたはず。そして、それが南部のジフォス精霊教からの贈り物である事も知っているはず。我が軍に攻撃を仕掛けた公爵軍の領地内の教会に、来年も贈り物を送る事はない。そうなれば、どうなるかぐらいは分かるであろう。兵士達よ、良く考えるがいい。意味のない戦いで命を失えば、お前たちの家族はどうなるのか。良く考えるがいい。」

 ミーナが公爵軍の士気を砕くために語っているのが誰にも分かります。ただ、精霊教からの膨大な食糧援助と言う事実があるため、ミーナの言葉は単なる敵の戯言ではありません。彼女の語る飢餓への危機感は、近年の冷害で苦しんできた北部の民にとって、無視する事はできません。


 平地戦の定石である3部隊横列陣形を、北伐軍も公爵軍も取っています。

北伐軍は最前列に重装歩兵を並べていて、敵の突撃を正面から受け止める構えを見せています。優れた弓術の部隊が後方にいて、後ろから狙い撃ちで敵兵を減らす策である事は誰にでも理解できます。

 公爵軍は最前列に馬鎧で防御を固めた騎馬隊を並べていて、敵の弓攻撃を受けながら突撃する構えを見せます。騎馬突撃で敵の壁を破壊して、後方に続く歩兵隊の殲滅力で駆逐する作戦を展開しています。接近するまでは弓兵の攻撃を一方的に受け続ける事になっても、接近さえすれば蹂躙できます。兵数2倍という差があり、この平地を戦場にした時点で、公爵軍は勝利を確信しています。

 ミーナとの言葉戦を避けたのは、言葉で勝てなかったからではなく、武力衝突でこそ決着すべきと考えているからです。

 公爵軍から大太鼓の連打が聞こえてくると、全軍が雄叫びを上げます。

「おおお!!!」

 ミーナは敵の突撃を確認すると自軍へと戻ります。慌てる事無く自軍の最前列に戻ると、赤色の大旗を掲げます。

 北伐軍の中列に配置されている長弓兵が、山なりの遠距離射撃を開始します。装備を固めた公爵軍は、牽制程度の効果しか発揮しない遠距離射撃を受けながらも突撃を止めません。

 第3射が行われても、騎馬突撃の迫力が変わらないのを確認した北伐軍は、3部隊とも後方に退き始めます。後方で部隊を指揮している人間であれば、この無意味で無価値な後退が何かの罠であるのかもと考える事はできますが、突撃命令を受けた最前線からは、何も見えません。

 敵方が後退しているだろう事は見えますが、再び山なりの矢攻撃を受けます。盾を上方に向ける事に意識を取られて、立ち止まって考える事をしなかった騎馬突撃は、その速度を弱める事はありません。

 罠があって、騎馬突撃による蹂躙が成功しなくても、中央最前列にいるミーナ総司令官を捕縛すれば、勝利が確定するのだから、公爵軍が突撃をやめる選択をするはずがありません。

 後方に下がる重装歩兵と突撃する騎馬兵の追いかけっこは、徐々に差を縮めていきます。逃げ出す事を諦めたのか、左右の2部隊は逃げるのをやめて、重装歩兵が敵軍に対して整列し始めます。

 真ん中の騎馬兵だけを凹形陣に引き込んで、三方からの攻撃で仕留める策である事は、突撃騎馬を率いる部隊長も理解していますが、突撃をやめる事はありません。左右の重装歩兵の壁を崩壊させて、その後方にいる弓兵達を騎馬兵で蹂躙すれば、中央部隊が凹形陣に囲まれる事がないと分かっています。

「緑の旗を掲げよ!!勝負は決まった!!」

 ミーナの声と共に中央軍が後退するのを止めて、緑の大旗を掲げます。騎馬の動きを止めての凹形陣は、敵の突撃力を受け止める事ができるのが前提です。多大な騎馬を用意した公爵軍の足を止めるだけの重装歩兵をミーナ軍は用意していません。

しかし、後方に逃げる時に、重装歩兵たちは木杭を利用した背の低い足止め罠を設置しています。それを見抜くことができなかった最前列の騎馬兵達が倒れていきます。足が止まった瞬間に、左右の部隊の重装歩兵が立膝をついて、腰を下げます。すぐ後ろの弓兵が足を止めた騎馬兵達に矢を浴びせかけます。

 木杭と矢の2つの攻撃で足を止められた騎馬兵は、そのまま後方に続いている歩兵達の突撃を止める壁となります。

 左右の2部隊が足を止めている間にも、中央部隊はさらに前進します。そして、北伐軍3部隊に囲まれる位置まで引き込まれます。

「敵を殲滅せよ!!!」

 戦場の喧騒の中、ミーナの高音の声だけが響くと、凹形陣の中央に入ってきた突撃部隊は三方矢を受ける事になります。重装備で防御力が高いと言っても、落ち着いて対応できる状況ではありません。

 左右どちらかの部隊に突撃を繰り出せば、逆転勝利の道は残っていますが、見事に敵の罠にはまった事で、兵士達の士気は一気に落ちてしまいます。

 戦場での戦力比は2対1のまま大きな変動はありませんが、公爵軍の後方に300騎の弓騎馬兵が登場した事で、勝敗は決します。後方から飛んできた矢に驚いて、向きを変えた公爵軍は、自分達の背後に騎馬兵達が現れた事で完全にパニック状態になります。後方に逃げ道があるかどうかは、苦戦を始めた兵士達にとっては死活問題です。

 少数の弓騎馬兵であるとの判断ができないまま、足が止まった状態で前後挟撃を受けたという認識だけが、公爵軍の中に広がります。凹形陣に入り込んだ中央部隊は、どの方向に向かっても敗北するとの予感に襲われます。

 その中、後方に登場した弓騎馬兵が左右に分かれて、木柵で足止めされている騎馬隊の後方へと向かいます。4本を囲まれていた中央の部隊は、後方に脱出路が現れたように錯覚します。今まで後方から飛んできた矢が止まって、後方を塞いでいた騎馬たちが左右に分かれて道を開いているように見えます。

その光景を見た一部の兵士達が、後方へと逃走を開始します。部隊長の命令ではなく、士気を失った一部兵の暴走ですが、それが周囲に広がっていきます。三方を囲まれていて、背後に逃げ道があると判断すれば、後方に脱出するのは、生存を願う生物の自然な選択です。

混乱した部隊を押しとどめる事ができないと判断した公爵軍司令部は、退却を指示する大太鼓のゆっくりとした音を戦場に響かせます。


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