110 拠点
110 拠点
ボンダール大河の渡河が困難である理由は、大陸一の流域面積を持ち、川幅が広いからです。平地を流れる穏やかな川ですが、向こう岸までの距離があるため渡河には時間がかかります。また、生活に密着する大河であるため、小型の漁船は無数にありますが、河上での戦争を経験した事が無いドミニオン国には、軍船や大型の輸送船は存在していません。一番大きい船は、輸送専門の中型船であり、しかもその数には限りがあります。両岸の生活圏は、それぞれに発展していますが、渡河を前提にしての南北の交流は盛んではありません。その設備が充実しているはずがありません。
中型船が発着できる船着場を監視しておいて、敵兵の船団を一早く発見して、近場の船着き場を占拠するか、破壊するかで敵兵の上陸を防ぐことが可能です。そんな事は両軍とも理解しているのだから、侵略軍が渡河に関して何の手だても考えていないはずは有りません。しかし、今回は防衛側に該当する北側の貴族達は、南側が本気で攻めてくるつもりはないという情報を信じる者達もいて、川沿いにおける厳しい監視体制を取っていません。
「運んできた木柵を並べて、簡易陣地を構築せよ。すぐに船着き場を作れ。偵察騎馬兵は周辺に散らばって、敵の動きがあれば、報告せよ。」
渡河地点に一番乗りの次男テッドは、50人20組の貿易商団を指揮して、拠点作りを始めます。1月から北部で活動させていた南部出身の貿易商団は、先遣隊であり、約2ヶ月間の貿易活動で利益を出しながら、拠点作りのための物資を準備しています。
兵員を渡河させるだけでも困難である中、建材を南部から輸送するのは無謀です。北部山地にある木材資源を活用する方法は、貿易による購入だけです。南部の食料品などと、山にある木材を交換して欲しいとの商談を持ちかけられれば、北部の商人達は喜んで木材を提供してくれます。
「兄さん!」
「クレイブ。」
エリックの三男子であるクレイブは、1000名の歩兵を引き連れて、武具と共に到着します。南部から連れてきた先遣隊の主力1000名は、北部各地に傭兵や労働者として潜入して、ミーナの渡河に合わせて集結して、一軍となって建築部隊と合流します。
「昼食を取ってから、陣内の整備を。」
「分かっている。兄さん、船着場の方はどうなっています?」
「順調、夕方になる前には完成する。」
「敵の動きは?」
「偵察の姿も見ていない。クレイブに見つけてもらった場所だから、そう簡単には。」
「兄さん、油断しないで。拠点作りを始めたのだから、敵が油断しているとは言っても、気付かない訳ではない。敵の方が、私達よりも軍歴が長いのだから、油断しない方がいい。」
「クレイブの方が優れているだろ。いつも言っていたじゃないか。」
「小さい時の話を持ち出されても・・・。とにかく、食事の準備はこちらでするから、用意ができたら、建設部隊も交代で食べさせるよ。」
「分かった。というか、指揮は任せる。」
北部に先遣隊を送る作戦を立てて、実際に運営しているのは、自称軍略家のクレイブです。レヤード伯爵家の7兄弟の中で、一番狡賢い19歳は、今回の北伐軍において、自由な裁量を認められた数少ない将軍です。
昼食を順番に取り始める頃、四男チャーリーが精霊教信徒兵1000と食料と共に到着します。
「テッド、クレイブ、到着したぞ。」
2人の兄より大きい彼は、体格も一回り大きく、いかにも武人という風情を漂わせています。長男と互角に戦える武人は、知略の方は未熟で、深く考える事は苦手です。ただ、直観というような非論理的な部分での嗅覚は優れています。
「西側の方に敵はいたか?」
「見当たらなかったけど。西側の偵察兵は、ここで拠点を作っている事を報告しに行ったと思う。」
「偵察兵を見たのか。」
「見てないって言っただろ。」
「それでは、どうして報告しに行ったと分かる。」
「近くに偵察兵が見当たらないから。」
「ああ、そういう事か。確かに、西側の監視部隊は真面目に取り組んでいたと報告があったな。とりあえず、食事を取らせてから、柵の補強を手伝ってくれ。」
「西側にある敵兵の溜まり場を急襲した方がいいと思うけど。」
「チャーリー、明日には向こうから攻撃仕掛けてくるんだ。今日は行かない方がいい。」
「分かった。クレイブの言う事には間違いないからな。」
3兄弟と3000の先行派遣部隊は、渡河拠点場所に集結して、半日で簡易的な拠点を作ります。船着場と防衛施設を作った事で、北伐軍は細い線ではありますが、一本の生命線を手に入れます。
夕方まで、もうすぐのタイミングで、ミーナが率いる中型船20隻が到着します。800名の先陣を切って、赤騎士ミーナが船を降ります。
「チャーリー!」
「はい。姉さん。」
「騎兵は動けるようにしてある?」
「100騎だけ。」
「私達の船団を見て、西側の警備兵がここに攻撃をすぐにも仕掛けてくる。」
「動きが早いですね。」
「警備隊が単独で動いているみたいだから。数は300いるかいないか。」
「100騎で追い返せばいいんですか?」
「上陸した兵の半分で迎撃する。と言っても、弓攻撃で騎馬突撃を止める。そこを。クレイブは騎馬兵で側面攻撃をしかけて。」
「了解です。殲滅ですか?」
「弓攻撃では馬を狙わせるから、できるだけ人の方は殺さずに捕虜にして。」
「了解。」
上陸した兵士に軽い食事をとらせる中、ミーナは拠点の天幕内にテッドとクレイブを呼び出します。
「姉さん、予定通りに建築は進んでいる。」
「御苦労さま、テッド。予定通り、拠点建設の総責任者として、今後も頼むわよ。」
「はい。お任せください。」
「とりあえず、持ってきた緑の旗を立てて。」
「敵の目印になってしまいますよ。」
「もう、この場所は掴まれているから、目立った方がいいのよ。まとまって攻撃されるより、挑発に乗ってバラバラに攻められた方が撃退しやすいから。そうでしょ、クレイブ。」
「はい。総司令のおっしゃるとおりです。」
「私が陣を離れたら、指揮権はクレイブに自動的に移るから、自由に行動してもらっていいわよ。正式に北伐軍司令官代理に任命するわ。これから西の迎撃に出てくるから、詳細な報告は後でね。」
ミーナは北伐軍における主力である3人の従弟達に命令を下すと、木柵で囲まれただけの拠点から出陣します。
中型船20隻が向かって来ているのを目視した警備隊の隊長は、完全に上陸を阻止するのは無理だとしても、牽制攻撃を仕掛ける事で、上陸を妨害する事ができるだろうと考えます。敵の船団の乗員が全て上陸しても1000名程度であるから、拠点作りを妨害するだけでも効果があると考えます。
騎馬兵300では、敵兵を壊滅するのは無理だとしても、嫌がらせ攻撃はできると判断しての急行は、軍事上の正しい選択ですが、先行派遣隊3000が簡易的な拠点を作りかけている状況では、無駄な攻撃になります。
「停止!!敵が来るまで、最前列以外は、地面に伏せて。敵の騎馬兵をギリギリまで引き寄せてから、弓の一斉射撃で馬を射抜きなさい。今夜の食材よ。」
「おお!!」
軍事用の固パンと豆スープの生活が始まると考えていた兵士達は、豪華な焼き肉を想像して、思わず歓声を上げます。今回の遠征で、時々発生する緩みをミーナは咎めるつもりはありません。ただでさえ、撤退が難しい敵地への侵攻で、常時緊張感に押し潰される事になる兵士達に、過剰な緊張感を与えるつもりはありません。
「向こうから敵騎馬兵が来る。後列は伏せて。」
遠目からは100人程度の歩兵部隊に見える侵略軍を捕えた北方警備兵達は、斥候部隊が本体から離れていると判断します。騎馬で急襲すれば勝てるとの判断をした隊長が突撃を命じます。
馬蹄が大地を踏みしめる音を感じ取りながら、伏せている400の歩兵隊はミーナの号令をじっと待ちます。
「1列目、座射準備、2列目立射準備。・・・・・・弓構え。・・・発射!!!」
北側警備兵が、弓攻撃を無視して突撃を仕掛けたのは、彼らの装備が矢からの攻撃を防ぐための重装備だからです。多少の矢をはじき返すだけの装備をしています。しかし、馬にまで重装備を与えている訳ではありません。
「3列目、4列目、前進して、座射、立射の準備・・・・・・・・・・・・。弓構え。・・・・・・・発射!!!」
馬脚が止められた騎馬隊は、2射400本の矢によって機動力と士気を奪われます。準備ができていない敵への急襲ではなく、敵の罠にかかった無謀な突撃であると自覚した瞬間、今回の戦闘の勝敗が決まります。
「敵兵を討て!突撃!!」
ミーナの号令と共に歩兵達が走り出すと、射殺された馬を放棄して、警備兵は撤退します。ミーナはチャーリーの騎馬兵100が、敵兵の後方に出現するのを待ちながら、一定距離を保ちながら追いかけます。
密度の低い林の中から、湧き出すように登場した騎馬兵100が、逃げている警備兵の側面を突きます。冷静さを維持していれば、数が多い事を活かして、一度だけ攻撃を仕掛けて怯ませた隙に逃亡するという常道を選択できますが、湧き出た敵兵の数を把握する事ができないため、方向を変えて逃げ出そうとします。
歩兵と騎馬兵の挟撃を受けた警備兵は、まともな反撃を行う事はできずに、すぐさま降伏します。上陸開始1日目に、ミーナ軍は小さな勝利と少し豪華な夕食を手に入れます。




