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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
24歳の話
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109 任命式

109 任命式


 ボンダール大河中流域南部、平地の中に人工的な高台があります。20段を登って頂上に達すると、周囲の兵士達を見下ろす事ができます。10m四方の頂上の四隅に緑色の旗が持った緑の兵士が屹立しています。

 頂上に向かって赤い鎧の女騎士がゆっくりと段を上がって行きます。美しさと華やかさを身にまとった金髪青目のミーナは、壇上に居る二人の人間をじっと見つめています。

 紺色礼服の王弟は、まっすぐ自分に向かって来る妻に微笑んでいます。

「ドミニオン歴1526年3月15日、我、王弟リヒャルト・アイヒベルガーが、ミーナ・アイヒベルガーを北伐軍総司令官に任命する。軍事大権を委ねる故、北方で蠢く賊軍を征伐せよ。」

 赤色の飾り鞘に入った剣を、ミーナは両手で捧げるように受け取ります。この瞬間、ミーナが南部の軍事指揮権を手にすると同時に、リヒャルトが国王と同等の権力を持っている事を示します。現国王アルフォンスのいる北方を討伐するとの命令を出した事で、王弟は謀反の旗を掲げた事になります。

「リヒャルト王弟殿下のご下命、承りました。武勲をもって、忠を示します。」

 これまでのミーナ・ファロンの戦いは、防衛戦という名分で行っています。モーズリー高原の奪還、街道関所の奪還と防衛、その戦いの延長戦上にケールセットの奪取があります。その後も、敵が迫ってくるから撃退する、友好的な貴族領を救援するために援軍を送ると言った、止むを得ない戦いを繰り広げてきています。

 今、ミーナは大河という強固な防衛線を越えて、北方に侵略軍を向かわせようとしています。率いる軍の目的が一変します。その変化を兵士達に受け入れてもらわなければ、敵地で苦戦するのは間違いありません。

 剣の他にもう1つの大切な武具を受け取らなければなりません。薄緑のシスター服で赤い盾を持っているエリカティーナも姉に笑顔を向けています。姉は妹の前に歩み寄ります。

「人々と大地の守護者であるミーナに、木精霊ジフォスの加護の象徴たる深紅の盾を授けます。」

 リヒャルトよりも大きく、美しい声が平地に響き渡ると、兵士達に混じっている信徒達が大きな拍手を繰り出します。それに対抗するべく、ミーナが妹から盾を受け取った瞬間に、ミーナが率いる兵士達が総司令官の名前を連呼します。

 ミーナは兵士と信徒達の方を向くと、右手の剣と左手の盾を高々と掲げます。さらなる熱気が巻き上がりますが、3分程そのままの姿勢で動こうとしない総司令官を見ていた兵士と信徒達は、ミーナが何かを待っているのに事に気付きます。そして、総司令官として語るつもりなのだと察した者達から、徐々に声を止め始めます。

 3万の人間がそこに居るのに静寂が訪れます。

「私はジフォス様から、南の地を守護する任をいただき、これまで南部の平安のために戦ってきました。それはこれからも同じで、私達の目的は平和です。だから、私達は北にいるアルフォンス国王や公爵、その他の貴族と、交渉する事によって和平を実現しようと考えていました。交渉に先立ち、多くの贈り物をしました。皆の中には、物資の輸送に協力してくれた者もいると思います。多くの贈り物を運んでいた時、敵対する者達に物資を与えても良いのかと疑問を持つと同時に、和平が実現して、これ以上の犠牲者がなくなるのであれば、大豊作となっている南部の食料品を送る事は正しい選択だとも考えたと思います。北の民、教会の信徒達が贈り物を喜んだ姿を見たあなた達は、もうすぐ和平が実現するだろうと期待したはずです。しかし!!!国王や貴族達は、私達からの交渉すら無視しています。これは、北の貴族達が豊かな南部を侵略する意思がある事を証明しています。私達は莫大な贈り物を送る事で、誠意を示しました。そして、それを北の人間は踏みにじりました。頭を下げろとは言っていません、ただ、同じ席に座り、話し合いをして欲しいと言っているだけなのに。これを無視する無礼、民の和平を無視する非道、天が示す平和を無視する傲慢、貴族の利益ばかりで民の豊かさを無視する貪欲、正しき道を無視する愚鈍。上に立つ者が民を苦しめているのであれば、それを討つ事こそが、皆の平和を実現する事になるのです。」

 ミーナの言葉に熱狂で応じた3万人は、統一された理由ではありませんが、北へ向かう事に躊躇いは無くなります。総司令官の訴えのように、南部の平和につながると考える者もいます。エリカティーナ様の信徒として、何も考えずにその意向に従おうと言う者もいます。戦争での武勲によって出世を願う者もいます。輸送部隊の商人の中には、新たな貿易ルートを開拓するために参戦する者もいます。自分の土地が欲しいと流れ着いたこの地で、兵士募集を知ったから参加しただけの者もいます。

 本音はばらばらですが、外に向かって語れる大義名分をミーナが示す事によって、巨大な軍団として北へ向かう準備が進みます。


 集結した3万が全て兵士ではありませんが、ミーナの指揮下に入ります。中都市クラスの集団となったのは、大河以南の地域の治安が一気に改善したからです。

 多くの戦闘で勝利したリヒャルト軍の機動力と強さは、誰もが認めています。王弟殿下が中南部での争乱には必ず介入する事を通達しているため、貴族達は自身の所有物全てを賭けての挑戦を選ぶ事は有りません。

 また、イシュア国までつながる貿易網に加入する事で、豊かさを享受できる環境を手に入れることができるのだから、争乱を引き起こす事で利益を得るような愚かな行為は誰もしません。貴族達の興味は、領地の治安維持と交通路の整備に注がれます。貿易にマイナスになる事を協力して排除するのが、南部貴族の常識になりつつあります。

 最大懸念であった各地の盗賊達も、精霊教に入信する事で罪が許されるという事を知り、領民へと戻る事を決意します。教会での奉仕活動が科せられますが、少なくとも食事は充分に提供されていて、生活に困る事は有りません。教徒たちが各地巡礼という名目での、貿易商団を運営しているため、教徒であっても富裕層になる機会はあり、盗賊に戻る愚者はいないと言われる程に、盗賊から信徒への改宗は大成功します。

 貴族達は自分達の領地の治安維持のための兵力を減らす事ができるようになったため、今回の北伐において、リヒャルト王弟殿下の元に兵士を送ります。ここで忠誠を示す事で、戦後の自身の地位を固めようと考えます。しかも、貿易商団へすぐに転身できる補給部隊も一緒にリヒャルトの元へと送り出します。

 中南部貴族からの援軍は総勢12000、リヒャルトの直属軍は8000、残りの10000は精霊教の信徒達です。信徒達の主な役割は兵站維持であり、後方部隊の主力になります。

 この後方部隊の割合が多い編成は、大河を越えての侵攻の弱点が、補給の困難にあるからです。それに、一度渡河してしまえば、簡単に戻る事はできない上、救援軍を求める事も難しくなります。

 北部の広大な地域を切り崩すためには、確固たる拠点が必要であり、それを作るためには膨大な数の人間が必要であり、その拠点ができた後も、そこが生活基盤であり続ける必要があります。

 まさしく、1つの都市を北側に建築して、そこから北部を制覇するというのが、ミーナの基本戦略であり、それを実現するためには、この集団が1つの運命共同体として連携しなければなりません。その事をきちんと示すための、ミーナ総司令官の任命式です。


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