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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
24歳の話
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108 精霊

108 精霊


「全ての教会が平等です。精霊を祀る教会も、主神ヴェグラを祀る教会も、全てが同等の存在です。どの教会で祈りを捧げても、主神ヴェグラ様は私達の言葉を聞いてくださります。私達信徒も主神ヴェグラ様、精霊様達の下、平等な存在です。役目の違いはあり、私はより神に近い場所で務める神官ですが、信徒としては皆と同じです。よって、新年を祝し、各地の教会に贈り物を送ります。信徒の皆様から多額の寄付を頂いた私達は、木精霊ジフォス様の恩恵を全ての信徒に伝えなければなりません。神と精霊の祝福を。」

 ジフォス精霊教の大神官エリカティーナは、ドミニオン国内全ての教会に対して、挨拶状と共に物品や金銭を送ります。微々たる贈り物ではなく、過大と言える贈り物を発送する事ができるのは、大神官の背後にいるミーナからの援助に加えて、中南部で活動する商人達から莫大な寄付金が集まるからです。

利益の半分を精霊教会に寄付する大商人が珍しくないのは、精霊教会に入信する事で、エリカティーナとミーナの庇護を受ける事ができる利点があるからです。自分達を襲ったら、イシュア国の精鋭に討伐される上、木精霊ジフォス様の神罰を受ける事になるのだという脅し文句は、野盗を抑制する効果があります。

それだけでなく、貧しい身の上で盗賊家業を選択した者達を、大神官エリカティーナは救済すると宣言していて、彼らのほとんどを精霊教に取り込むことに成功しています。これまでとは比べ物にならない数の貿易商団が誕生して、商業が一気に活性化すると同時に、ドミニオン国では流通を支える労働力が不足します。長距離移動においては、護衛も必要となります。これらの労働力を補ったのが、信徒達と新たに取り込んだ元盗賊達です。

中南部の流通機構を牛耳った上、労働力に変換できる信徒達を多数抱えたジフォス精霊教のエリカティーナは、経済面での支配力持つようになります。精霊教会に嫌われたら、商売もままならないのだから、こぞって精霊教の信徒になるか、ならないまでも多額の寄付金を奉納して、関係を強めるのは商人達として当然です。

さらに、エリカティーナの元に集まった物資や寄付金は、国内各地の教会に配られます。その際、神官が率いる神の恵み旅団には、信徒達だけでなく、貿易商団が付き従います。確実に商品を購買してもらえる教会が誕生した瞬間に、商取引の提案ができるのだから、その機会を失う必要はありません。

自分達が寄付した金が各地の教会を豊かにして、そことの貿易で一儲けする流れに乗った商人達は、成功しかありえない商売に笑いが止まらなくなります。もちろん、他人のお金を集めて、それをばら撒くだけで、経済力を自由にできる地位を得ている大神官は心の中で笑っていますが、それを上手に隠し続けます。


「北部の教会勢力の分断には成功したと思われます・・・。エリカティーナ様、聞いておられますか?」

都市セゼックの領主館敷地内に建設された木精霊ジフォス教会、大神官執務室の執務机の席にいる銀髪緑目の美女は、興味なさそうな虚ろな表情で、報告者であるナタリーを見上げています。

「聞いているわよ。」

「前の教会勢力が再びまとまる事はないと、私も思いますので、報告を聞く意味がないとは思いますが。」

「報告はきちんと聞くわ。お姉様に報告する大切な事だから。」

「はい。王家が助力して、教会勢力を復興させようと動いていますが、うまく行っていません。主神を祀る所は、王家の呼びかけに応じていますが、精霊を祀っている教会では、想定通りに、主神を中心とする動きには反発しています。」

 大神官エリカティーナが、木精霊ジフォスを掲げているのは、緑色の瞳が木精霊を連想しやすいからで、特別な信仰心がある訳ではありません。大神官自身は、見た事もない神も精霊を信じる心は持っていません。

 宗教勢力が信仰心を戦争に利用しているから、それを破壊する目的で、宗教上のトップに立っているのがエリカティーナです。今回の北部との決戦に、宗教勢力を巻き込まないようにと彼女は手を打ちます。

 1つにまとまるから暴走する危険が発生します。この1つにまとめるのを避けるために、精霊教なるものを立ち上げて、ヴェグラ教の分派活動を促進するというのが、エリカティーナの作戦です。

「うまく行っているのはいいけど。各地から集まってくる礼状に、私が返事を書かなければならないのは、考え直そう。」

「ミーナ様に、そのように、ご提言する事ができるのであれば・・・。」

「できる訳ないでしょ。ナタリー、手伝って。」

「手伝って差し上げたいのですが、エリカティーナ様の直筆の丁寧な令状が、今後の布石にもなりますから、お手伝いする訳にはいかないのです。ミーナ様のために仕事をする事を、いつもお喜びになさっていたではありませんか。」

「パルミラに会いたいの。お姉様と一緒に遊びたいの。」

「まだ生後2か月です。遊ぶのは無理です。」

「動いている所を見たいの。お姉様と一緒に。」

「そのお気持ちは分かりますが。」

「私の字を知らない人ばかりなのだから、ナタリーも手伝って。」

「今日の分が終わったら、お会いに行けば良いかと思います。」

「パルミラが寝ているかもしれない。」

「それはいつでも同じです。今すぐ行っても寝ているかもしれないではありませんか。」

「今から行って、待っていれば、深夜になる前に起きるかもしれない。」

 大好きなミーナの娘パルミラが可愛らしくて仕方がない大神官は、自分でもどうにもならないぐらい会いたい衝動に揺さぶられてしまいます。姉のために仕事をすると考えれば、どのような仕事も嫌にならないのに、今は好き過ぎる行為があって、それだけをしたいと願ってしまいます。

「分かりました。私がミーナ様にお仕えして、パルミラ様が起きている事をお知らせするというのはどうでしょうか。」

「ずるい。それだとナタリーは、パルミラと一緒に居るって事でしょ。」

「はい。そうなります。」

「そんなのずるい。ず・る・い。」

「ずるいとおっしゃられても・・・。これが戦いの布石になっています。戦いに早期に勝てば、ゆっくり時間が作れるではありませんか。書いてください。それしかないんです。」

「分かった。」

北部対南部の決戦に向けての分断工作も、将来的なヴェグラ教の分断工作も、着実に進んでいきます。信仰心を全く持たない大神官とその秘書が、精霊教の中心にいて、神の力ではなく、人の力の偉大さと人間の持っている愚かさを理解して行動しているのだから、失敗する事はありません。


南部から来た使者が、王家を挑発して、宣戦布告を行ったという情報が王都から広がります。大河以南を征服したイシュア国勢力が、ここで侵略をやめるはずはないと考えている大河以北の貴族達は、すぐさま戦の準備を始めます。

大河を防衛線にすれば、敵の勢いを止める可能ですが、どこで渡河するのかが分からなければ防衛戦を行う事ができません。緊急徴兵した民兵を使って、壮大な監視体制を構築した北部貴族達は、主戦力である騎士団の訓練を続けさせます。

新年1月から始まった臨戦態勢が、1か月続いた後、北部には相反する2つの噂が流れます。

1つは、邪神に支配されたアイヒベルガー王家を殲滅するために、木精霊ジフォス様が聖女エリカティーナに神聖な力を与えている。そして、聖女の持つ神聖な力により、聖女の姉ミーナにも精霊の加護を加わっている。加護を受けたミーナが、精霊の剣となって邪神を討伐するために動き出す。大地に草花の芽が出始める4月、木精霊の加護が最も高くなる春こそ、決戦の時である。

ヴェグラ教が定義する邪悪は、イシュア国を地獄へと変えている魔獣達の事で、邪神なる存在についての定義はありません。だから、この噂話を信じる者は皆無ですが、面白そうな話として消えることなく、広まっていきます。

もう1つの噂は、南部のリヒャルト王弟殿下の勢力が望んでいるのは和平であり、北部への侵略という情報は虚偽であるか、勘違いである。という物です。

国王陛下に新年の挨拶に来た南部領地貴族の使者が、酒宴の場で自身の武勇を語り出した時、教皇代理であった王弟ブルーノが逃げ出して死亡した事を、そこで語ります。それを聞いた国宝陛下アルフォンスが激怒します。激昂している時に、南部の貴族全てを殲滅すると言う発言があり、その発言が外に漏れたから、南北の勢力が決戦するという話になっているが、南部側から明確に戦争をしたいと情報が出た事はない。決戦の話は噂に過ぎず、その噂も国王の不必要な発言が原因である。そういう噂が国内に広がります。

北部側が臨戦態勢を取った事から、決戦の噂は真実になるだろうと判断する者もいれば、南部側での大きな戦に向けての動きがないのだから、決戦にはならないだろうと考える者もいます。単なる噂なのか、南北どちらかの情報戦なのか、確たる証もなく、話だけがどんどん広まります。

新年早々に、北部の教会にジフォス精霊教から莫大な食糧援助という贈り物が届けられます。しかも、一度だけでなく、数度に渡って贈与品が送られてきます。北部が臨戦態勢を敷いた後も、贈り物が次々と送られてくる様子に、決戦を予測している人々は、南部のジフォス精霊教会が、敵対する勢力になぜ食料を送るのだろうかという疑問に明確な答えが出せなくなります。

これから戦争が起こる地域の敵方に食料品を送る事を、どのように考えても、筋の通った説明ができないのだから、決戦の話は噂に過ぎないと考える人々が増えるようになります。

南部地域の住民達は、安定している現状を維持したいのであって、大河を渡っての侵略を実施するメリットを持っていません。一部の貴族達が声を上げたとしても、大きな危険を伴う北部侵略に民を参加させるのは簡単でない事は、貴族以外の人間には簡単に理解できます。

そもそも、南部勢力の首長となっているリヒャルト王弟殿下が勢力を広げていると言っても、ケールセットとセゼックの2都市を中心とした領土を直接支配しているだけであって、他の貴族領を傘下に入れても、支配地として徴税を課している訳ではありません。北部との決戦を行うためには、南部の支配を強固なものにしなければならないのに、それをしないのだから、侵攻はない。

仮に、侵攻する意図を表明しても、南部地域の立場を確立するための交渉術の一部であり、本気で攻める意思はない。

南部非侵略論は、贈り物をもらっている北部の教会から広がっていきます。


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