107 最後通告
107 最後通告
イシュア歴396年1月、王弟リヒャルト・アイヒベルガーが、ドミニオン王国の王都ベルガラトに使者を送ります。
扇状地を利用して作られた王都は、その半分のなだらかな場所に住宅地を作り、しっかりとした防壁で包み込んでいます。山側の傾斜部分からは王城と呼ばれる背の高い巨大な防衛施設が存立しています。
イシュア国の王宮は2階建ての広いだけの建築物で、王城と呼ばれる事はありますが、威圧感を示すような高さを持っていません。それに対して、ドミニオン国の王城は、斜面を利用した建築物で、城の部屋が縦方向に積み重なっている姿は圧巻の一言です。
「おおー、凄い。」
「どうですかな、ご使者殿。」
「見事な建物です。」
「しばらく歩いて頂きます。ご容赦ください。」
「目の保養と言うやつですか。」
「ドミニオン国語がお上手ですね。」
「そう言ってもらうのは、ドミニオン国に来てから初めてです。」
ケネット侯爵家からレヤード伯爵家に所属が変わったエリックとアイリスの次男であるテッドは、灰色の文官礼服を身に纏っています。母から受け継いだのは緑髪と緑目だけでなく、その顔立ちも母親に似ていて、可愛らしい18歳の男子です。
「王都の建築物に興味がおありですかな。」
「はい。所々にある彫刻も素晴らしいものです。」
母から芸術的なセンスを譲り受けているテッドは、すでにミーナとリヒャルト、パルミラの3人の等身大の姿絵を描いていて、戦場に居ながらも芸術家としての本分を失いません。今回の使者役も、芸術的な価値が高いと評判の王城を誰よりも早く見たいからです。
そして、王城だけでなく、その周辺の建物にも歴史があり、芸術が含まれています。
「我が国には歴史と伝統がありますからな。」
「本当に、素晴らしいです。私もこの王都に住みたいです。本当に素晴らしい。」
テッドを先導する近衛騎士団の師団長は、死神オズボーン公爵の孫から放たれる無覇気な雰囲気に緊張感を失います。強さの欠片も見せない使者は、肩書だけは威勢が良い、文弱の徒であると判断して、謁見の間へと案内します。
大きな扉が開いて、謁見の間の中央を歩く使者は、左右に居並ぶ近衛騎士と文官の数に圧倒はされていません。それぞれ100名ずつ、合計200名の敵が、そこには居ましたが、恐ろしくはありません。
しかし、テッドはきょろきょろと見まわしながら、落ち着いた様子を全く見せません。
「ご使者、そこでお止まりください。階段は登ってはいけません。」
「ああ、そうなのですね。」
王座は10段の階段を上らなければ同じ高さに到達できないため、テッドはドミニオン国の王を見上げる事になります。
44歳の中年男性は、端正な顔つきで、わりかし素敵な容姿を持っています。玉座の位置が高いからかもしれませんが、威風堂々とした印象はあります。一国の王としての威厳を持っている男性ではありますが、テッドはその後ろにある精巧な壁飾りの方が気になって仕方がありません。
「ご使者、口上がないのであれば、書簡を私が受け取って、陛下に上奏しても良いが。」
「大臣の手は借りません。口上いたします。アルフォンス国王陛下に対する、リヒャルト王弟殿下からの。」
「使者殿、リヒャルト王弟殿下はすでに亡くなられております。そのような戯言はやめていただきたい。」
「ああ、そうですか。では、イシュア国元宰相ミーナ・ファロンの口上にします。ボンダール大河の以南の地域は、完全に抑えました。これ以上の戦乱はこちらも望んでいません。要求は2つです。1つは、新公爵家を立ち上げる事を認める事。もう1つは、新公爵家に南部地域の侯爵以下の爵位の許諾権を認める事。この2つを認めてくだされば、毎年南部側は、納税として食料を納めます。量については担当者との交渉にはなりますが、北部の民が飢える事がないように、十分な量を納める事は約束します。」
デッドの正面にいる国王陛下の表情には何も変化はありませんが、謁見の間にひしめく群臣たちは騒めきます。ミーナが要求している事は、南部の独立を意味しています。
「それは、独立国を作るという主張ではないか。」
「新公爵位は、国王陛下から授かるのだから、明確な上下関係はありますよ。大臣と話せばいいのかな。口上だけでなく、交渉もして来いって・・・。ミーナ様に命令されているから。この場で交渉をしてもいいのかな?」
「交渉だと。このような無礼な要求を突き付けておいて、交渉の余地があると思うのか。」
「納税額を増やすとか、冷害の時には、制限なしの援助を行うとか、を条約に入れるとかが、交渉の内容になると思うよ。」
「我が国を愚弄しているのか。」
「愚弄も何も、今まで手を打たなかった、そちら側が悪いんでしょ。もっと前に交渉すれば、こちらもこんな要求を出さなかったけど、実質的に南部をこっちが完全に抑えているのだから。どうにもならないと思うよ。そのくらいは、大臣も分かっているんでしょ。」
使者として事を荒立てるつもりはありませんが、この時点で交渉する事が間違っていて、行くところまで来てしまったのだから、まとまるはずがありません。そして、従姉夫妻が挑発するために、交渉の使者を送った事を、使者自身は良く知っています。
「どうにもならないと考えているのに、なぜ、使者としてここに来た。」
「リヒャルト兄さんから、王都ベルガラトの美術的価値がとても高いと聞いて、見に来たかったからです。」
近衛騎士達が殺気を、無礼な使者に向けます。諸大臣、文官達の多くは、憤りはするものの、交渉決裂をしてはならないと、騎士達に抑えるように話しかけます。しかし、一番怒っているのは筆頭大臣です。
「陛下御前での無礼は許さん。近衛騎士。」
「待ったぁ!!!」
大声音が謁見の間の時間を止めます。群臣たちが驚いて停止してしまう声は、大きさと同時に美しい響きも持っています。音楽という芸術もこよなく愛するテッドにも、オズボーン公爵家の血は流れています。
「一応警告しておくけど。私は暗殺者ではないから、国王陛下に攻撃はしないし、してはいけないとミーナ姉さんに強く言われているから、しないんだけど。騎士や文官達は別だから、攻撃仕掛けてきたら、殺した上で、逃げ切る自信がある事だけは伝えておく。要するに、捕まえようとするのは無意味って事。今は武器を持っていないけど、近衛騎士から武器を奪えるから、別に素手で殺す訳ではないとも、付け加えておく。それでは、許諾するのであれば、書面をミーナ様宛てに送ってください。」
謁見の間を出た後、近衛騎士の師団長の1人が攻撃を仕掛けてきますが、剣を奪い取ったテッドは、その騎士の小手をも奪い取って、その小手を一刀両断して、最後の警告を与えます。
彼が無事に王都から帰還すると、戦端が開かれます。




