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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
23歳の話
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99 名門復活

99 名門復活


ベッカー伯爵領をリヒャルト軍の拠点に定めると、ケールセット領を治めていた2人の有能な部下が駆け付けます。

オズボーン公爵家の第2公子テリーは、言うまでもなく武勇優れた獅子ですが、頭脳明晰で地道な作業が好きな文官の側面も持っています。ミーナ軍がドミニオン国内で縦横に活動できたのは、彼が兵站を整備して、領土の経済力を維持していたからです。

前ケネット侯爵エリックの長男であるカールは、文よりも武に偏った能力を持っていて、ドミニオン国遠征においては、ミーナ軍の副将の役割を担っています。ミーナが圧倒的な武勲を上げる事ができたのは、彼がミーナ不在の地で睨みを利かせていたからです。

ミーナとリヒャルトが乗る勝利の戦車の両輪である2人は、何となく急いだ方が良いと考えて、率いる部隊を置き去りにする形で、2人だけで伯爵領へと馬を走らせます。

「テリー、嫌な予感しかしないのだが。」

「ああ、城壁の前に整列しているのは、出陣前の軍隊で、私達を待っているようだ。」

大都市セゼックの城壁の外に整列している兵士達が見えます。6頭の騎馬が2人の方に近づいてきます。

「あ、テッド達がいる。」

「クレイブとチャーリーか、大きくなっているな。3年ぶりだからな。」

 速度を上げたカールは、3人の弟に向かって速度を上げます。3人の弟達も騎馬の速度を上げます。

「兄さん。」

「カールにぃ。」

「兄さん。」

 軽装備の騎士姿の弟達と3年ぶりの再会に4人は興奮しています。父エリック、母アイリスの無事や、下の3人の弟達が無事成長している事を確認した上、4人が4人とも聞きたい事を勝手に言い合います。

「兄弟だけで話す時間は取れるから、少し静かにしなさい。」

 ミーナに少しだけ遅れて、リースとバルドが到着すると、テリーとカールは従兄達に深々と頭を下げます。ファロン家は伯爵家であって、オズボーン公爵家とケネット侯爵家の下に位置しますが、公爵家の血を引く新しい世代の中で、リースとバルドは最年長で最強の戦士であり、この世代の全員の兄です。しかも、若くして副宰相、宰相補佐を務めた文武両道の傑物で、尊敬する存在です。

「とりあえず、色々と話したい事はあるが、ミーナの話を聞いてくれ。」

「はい。」

「私が宰相を辞任して、バルド兄さんが宰相になったから、そのつもりで行動するように。それと、リース兄さんは貴族会議の議長職に就く。私はリヒャルト王弟殿下の婚約者として、伯爵領の統治に専念をするわ。」

「それで、この軍勢で何をするのですか。」

「カール、話の順序があるでしょ。少し黙っていなさい。」

「はい。」

「まず、テリーはこの先どうするのかを決めて欲しい。もちろん、この後は従軍してもらうわよ。先の話と言うのは、結婚の事よ。イシュア国に戻って結婚相手を探すのか、ここドミニオン国で結婚するのか。自分で決めていいと、アラン叔父様の許可は取ってあるわ。」

「ジルベッド兄さんとメル姉さんが結婚して、子供もいるから、私が結婚を急ぐ必要はないと思うけど・・・。私はドミニオン国で結婚するつもりです。」

「そう、今後も手助けしてもらえるなら感謝するわ。引き続き、内政の方もお願いするけど。この後は、しばらくは軍と行動を共にしてもらうわ。リヒャルトの第1軍とリース兄さんの第2騎士団と共に東側へ向かって欲しいの。周辺地域の貴族達に、リヒャルト殿下に協力するように説得してもらいたいの。」

「分かりました。できるだけ、穏便に話を進めます。」

「頼むわ。」

「で、私の方は、第2軍とバルドさんの第3騎士団と共に西側に行くという事ですね。」

「そうなるのだけど。」

「私もテリーと同じように、この地で結婚相手を見つけるつもりです。」

「カール。あなたはこの作戦が終わったら、イシュア国に帰らなければならないわ。」

「待ってください。」

「最後まで話を聞きなさい!」

「はい。」

「あなたが参戦した目的は何?」

「それは、武勲を立てて、少しでも早くレヤード伯爵家を復活させる事です。」

「そう、その時が来たのよ。」

「え。え。」

「これまでの武勲を、イシュア国国王陛下及び貴族会議で認められて、カールはレヤード伯爵家当主になるのよ。領土も公爵領の一部を割譲してもらって、新規開拓地も担当する事になる。王都の屋敷も準備が整っているわ。ん、どうしたの、嬉しくないの。」

「私だけ、イシュア国に戻るのは・・・。」

「目的を果たしたのだから、皆が喜んでくれるわ。エリック叔父様も、アイリス叔母様も喜んでいるはず。ここまで一緒に戦ったのだから、色々な思いがあるのは分かるけど。」

「分かりました。嬉しいです。私の代わりに3人が来て、ここで戦ってくれるんですね。」

「そういう事よ。それと、この地の司令官として最後の命令を出すけど、イシュア国で素敵なお嫁さんを見つけなさい。これはレヤード家の将来、私達一族に関わる事だから、しっかりするのよ。」

「はい。」

 オズボーン公爵家の右腕であったレヤード伯爵家の復活は、イシュア歴400年に起こる暗闇の暴走における武勲で成し遂げられはずでしたが、ミーナが始めた反撃と侵略戦争によって5年程早まります。

戦争の犠牲者の事を考えると、喜べることは少ないのですが、この朗報にだけはミーナも無条件で笑顔を見せる事ができます。オズボーン家の補佐役はファロン宰相家ではなく、武門レヤード伯爵家こそ相応しく、魔獣達との決戦において、公爵家と並んで戦うのはレヤード家であるべきだとミーナは考えています。

そして、ミーナが大好きなエリスお婆様の実家が復活した事で、1つだけお婆様に恩返しができたのだと思える事が、とても嬉しいのです。


西へ向かったカールは、次々とドミニオン国の貴族達を傘下に入れていきます。3000の兵力は、数で圧倒できる数量ではありませんが、ミーナに匹敵する武力を持っているカールの名は知れ渡っていて、その威圧に抵抗できる貴族はいません。彼が軍を率いて進軍をしている情報を手に入れた貴族達は、恐れおののくだけで何ら手を打つ事ができません。

ドミニオン国中西部の雄であるレーナルト侯爵は、周辺の貴族達から支援要請を受けますが、3倍を超える兵士を動員しても、勝てる見込みがないため、援軍を出さずに見守るしかありません。名将ベッカーを破ったミーナ軍が、武力においても軍略においても、各上であると証明されているため、それを覆す何かを出す事はできません。

領地を放棄して、一族だけでも王都に逃げるかどうかの議論をしている中、新生リヒャルト軍が進軍している目的は、リヒャルト王弟殿下の存在を正式に認める宣言書に各地の貴族達に署名させる事と、貿易条約を結ぶ事の2つだと判明します。

支援要請を侯爵家に送った貴族達が、2度目の支援要請を送らなかったのは、侵略されたからではなく、救援軍の派遣が必要無くなったからです。3000の兵力は、軍隊ではありますが、1000名の貿易商団の護衛でもあります。リヒャルト軍の傘下に入った瞬間から、傘下貴族達は貿易による利益を手にする事ができます。リヒャルト軍に武で対抗すれば、リヒャルト軍の強靭さを見せつけられるだけだと分かっているため、カールが担当した西側は、アメを使うだけで南部の経済圏に取り込まれていきます。

最後の武勲を手にしたカールは、3人の弟達に新生第2軍を任せると、新宰相バルドと共にイシュア国に帰国します。


東へ向かったリヒャルトは、一族の長兄リースと楽しく旅行します。義理の兄である逞しい武人に様々な指導を受けると同時に、幼い頃の妻の話を聞くことができるのは、とても幸福な事であると王弟殿下は感じます。

1700の兵と1000名の貿易商団を引き連れた行進は、各地で歓迎されます。王弟殿下を迎い入れるという形式が成立するため、下級貴族達は抵抗なく傘下に入ることができます。

ドミニオン国の貴族として、王家に従うのは当然という立場を貫けば、北の王家から詰問されても、逃げ道があると判断した下級貴族達は、何の心配もなく、貿易の利益に飛びついてきます。

「ツヴァイク侯爵、私が兄王に嫌われていて、正式に王家の人間であると認められてはいません。しかし、今や国の南部地域は、私の存在を認めていて、貿易によって互いに利益を得ている関係を作っています。ここで戦端を開くのは、全く意味がありません。」

 王家を全面的に支持するツヴァイク侯爵は、8000の兵士を動員して、4分の1の兵力しかないリヒャルト軍と対峙しています。遮蔽物のない平野での決戦である以上、一気に攻勢に出れば勝利が確定する状況なのに、侯爵軍は動こうとしません。

 その理由は、両軍の中間地点まで、リヒャルト王弟殿下が単騎で進んできて、話しかけているからです。

「いずれ、兄王とは直接お会いして、和解する事をお約束します。他の貴族達と同じように、私を認めてくれる事と貿易条約の締結が望みですが、貿易条約の締結だけで構いません。一度話し合いの席を設けてくれませんか。」

 16歳の少年が命を捨てる覚悟で対話を申し出ている姿に、兵士達は感嘆すると同時に、尊敬の念さえ覚えます。両軍の犠牲者を出さないための勇敢さを持つ敵司令官を羨ましく思います。それに、兵数的には圧倒的有利であっても、イシュア国の最精鋭500人が加わっている敵兵と正面から激突すれば、少なくない犠牲者が出る事を、ツヴァイク侯爵軍も理解しています。この戦場で勝利を得ても、犠牲者が多く、すでに防衛条約を結んでいる周辺貴族達から恨みを買う事は間違いありません。北部にいる王家のために働いても、侯爵領の危地に駆け付けてくれる保証はなに1つありません。現に、王家は新生リヒャルト軍に対する手を何1つ打っていません。

 全軍の先頭に立ち、大軍と単騎で向かい合っている少年戦士をじっと見つめながら、ツヴァイク侯爵軍は、この若き勇者を討ち取った場合について考えます。イシュア国の戦士達が、英雄ミーナの伴侶を守り切れなかった事に激昂して、この戦場で暴れるのは間違いありません。魔獣と呼ばれる悪魔を討伐できる戦士達に怒号と共に攻め込まれたら、この兵力差を逆転される可能性もあります。

兵力差を活かして、敵兵を討伐したとしても、周辺の貴族達から恨まれるのは確定します。すでに多くの中小貴族達が貿易条約を結んでいるのだから、その利益をツヴァイク侯爵軍が奪う事になります。

リヒャルト王弟殿下の申し出を受けて、傘下に降れば、死の危険は立ち去り、利益を得ることができます。周辺地域で一番大きな領地を持つ侯爵家が、一番大きい利益を得る事ができます。

一般兵だけでなく、中級部隊長も、自分達にとっての利益は、蛮勇とは言え、民を救うために勇気を見せたリヒャルト王弟殿下を掲げる事であると結論付けます。大軍として敵兵を飲み込むことで圧倒できると考えて出陣した彼らは今、目の前の少年を討つ部液存在であるとは思えなくなります。

ツヴァイク侯爵は、自軍の後方で部下達から戦意が失われていく事を感じながら、分かりきった現状を、自分に言い聞かせます。手を握るにしろ、戦闘を行うにしろ、少年と自分の器の大きさの違いを見せつけられてしまうと、勝利した後の目途が立たなくなります。

 ツヴァイク侯爵は、2人の護衛兵と共にリヒャルトの元へと向かう事を決めます。自身の勇気と器を示すために単身で向かいたい気持ちは有りますが、オズボーン公爵家の人間が殿下の後方に控えている事を考えると、単騎で歩み出る所までの決断はできません。側近達も万が一に備えての護衛を付ける事を進言します。

 リヒャルト王弟殿下とツヴァイク侯爵の戦場における会談で、リヒャルト軍は支持表明の利益を、ツヴァイク侯爵家は貿易の利益を手に入れる事になります。そして、この敵前会談は美談となり、侯爵自身も器の大きさを示す事に成功します。中南部随一のリヒャルト王弟殿下の支持者である栄誉を得る事になります。


 ドミニオン国は北部で始まり、開発は北部から南部に広がります。南部は基本的に新興貴族の領域であり、公爵家は存在していません。南部の大勢力である3侯爵家、レーナルト家、ツヴァイク家、フェルマー家が、南部地域を守護する逆三角形を形成します。

 この3家を率いるリヒャルトは、逆三角形を従える位置にあるセゼックを拠点にして、一大経済圏を構築し始めます。

 これまで、王弟リヒャルトは、イシュア国が侵略するつもりはない事を示すため、いわばドミニオン国に対する安全弁として機能を持っていましたが、今は南部地域の統合の象徴になっています。ドミニオン国が1つの国であるためには、王弟殿下の存在を認める他は無くなります。


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