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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
21歳から22歳への話
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95 改革

95 改革


「お姉様は、私を普通の令嬢にしたかったんですよね。」

「急にどうしたの。暑くて寝れないの?」

「暑さには慣れました。・・・お姉様に確認しておきたかったんです。私がこういう役目を演じている事をどう思っているのかを。」

 復興が始まってから3か月が経過して、街の主たるエリカティーナは一室だけの小屋を手に入れています。6000を超える住民もようやく小屋での生活ができるようになっていて、雨風を凌ぐ事ができるようになっています。

 破壊された街の再建築は徐々に行われる中、生活の基盤となる食堂や風呂場などの建設を優先している町には、活気がありますが、豊かさを感じる物は何も存在していません。

「ありがたいと思っているわ。エリカが6歳になる頃までは、イシュア国で一番の令嬢になって、誰もが羨む幸せを手にした夫人になってもらいたいと願っていたわ。今でも、そういう道が残っているのなら、エリカにはそういう道を歩んでもらいたいとは思っているけど。もう、戻って選び直す事はできないから。このまま、私を手助けしてもらいたいと思っているわ。」

「お姉様に喜んでもらえるから、これからも頑張る。」

「お願いね。」

「はい。」

 6歳下の可愛らしい妹は、予想通りに最強の美貌を持った女性に進化していて、ファロン家の大切な宝物に育っています。姉として妹は守るべき存在である事に変わりはありませんが、ミーナが手にする勝負札の中で、一番強いカードにエリカティーナは成長しています。頼れる部下という表現が不適切であるなら、絶対的な信頼を寄せる事ができる同士に成長しています。

エリカティーナを聖女、木精霊ジフォスの化身であるとの噂を流しているのはミーナです。特に中央部地域の都市には、念入りに噂をばらまかせています。南部の虐殺から逃れてきた商人という看板で、中部都市に乗り込んでいったミーナの諜報員たちは、現地の商人達に大きな利益が出るような取引を持ち掛けた上で、正邪を明確にした話をします。信じるか信じないかではなく、商売上の配慮から、南部の虐殺を否定できない中部の商人達は、相手の話に頷く以外の対応をする事ができません。

必然的に貿易で手に入れた商品を売り買いする中で、地元の商人達や隣の都市の商人達とも、話のネタとして噂話を披露します。いくら教会勢力に傲慢なところがあっても、数万規模の虐殺をするはずがないと思っていた商人達は、別のルートからも同じ話が広まっている事を知ると、虐殺行為が真実である事を理解します。

噂が事実であると確認できた中部の商人達は、南部から逃れてきた商人達との交流を求めるようになります。虐殺が事実であれば、南部地域の住民の怒りと敵愾心は尋常ではないものとなり、中部地域の住人達が接触する事は難しくなります。そうなってくると、南部に流通している魔石を中心としたイシュア国産の商品を手に入れるためには、彼らにここまで運んでもらうしか方法がなくなります。

中部の商人ではあるが、南部の住民達の苦しみを理解していて、彼らに協力したいと思っているという姿を示すために、彼らは諜報官の下請け任務を担います。

虐殺の街から生まれた真の木精霊の化身であるエリカティーナ様は、まさに女神の美しさと優しさを持ったお方であり、初めて見た人々は、その神々しさに思わずひれ伏してしまう程である。しかも、そういう人々の手を優しく包み込み、同じ人間なのだから、このような拝礼は必要ないと、どのような人々に語り掛ける姿は、私達が求めている女神の姿である。

現状の教会勢力を直接批判しなくても、対比するような文言が広まる事によって、教会勢力は肩身の狭い思いをするようになります。そして、アザランの地で、精霊教会が誕生した事が伝わります。


 イシュア歴394年8月、熱波に襲われてはいませんが、南部地域の真夏は暑く、6000の住民の群れは、全員が汗を噴き出しています。熱気の籠った呼吸をする集団は、1つにまとまって、1人の女性の後方に控えています。手には剣を握る者もいれば、農具を持つ者もいます。

 薄汚れた白いシスター服をまとっているエリカティーナは、白い神官頭巾を外していて、背中まで伸びる銀髪を三つ編みにしてまとめています。木精霊の化身であると信じられている彼女の背中に向けられる視線は、真夏の暑さを凌駕しています。

 そのエリカティーナに対峙しているのは、教会勢力7000の精鋭達です。中央軍、左軍、右軍の3つに分かれて整列している事が、正式な軍組織である事を示しています。各自が身につけている軽装備は、各部隊で統一された色彩を持っています。

 薄汚れた農民の集団を威圧している教会軍の中央から金色の騎士が歩み出てきます。

「なぜ、アザランを復興している私達に攻撃を仕掛けるのです。」

「悪魔を倒すためだ。ヴェグラ神を侮辱するお前らを黙らせるために来たのだ。各地で流れる虚偽の事、知らぬとは言わせぬ。」

金組のコンスタンティンは、討伐軍の司令官として、精霊教の聖女と対峙しています。

「私達は、神を侮辱していません。」

「汚れた身で、木精霊ジフォス様の化身と名乗る事が、侮辱以外の何だというのだ。」

「私は、ジフォス様の化身であると言ったことはありません。」

「この期に及んで、嘘を申すな。各地で、真の宗教、精霊教などを触れ回っているではないか。汚れきった身で、神の名を発する事だけでも、汚らわしい。お前のぞんざいそのものが、神を侮辱している。」

「私の身を汚れたと言うのは構いません。ですが、私が神に仕える事を否定する事はあなた方にはできません。もし、私が凌辱された事が、神の教えに背くというのであれば、それを行ったウルリヒはどうなるのです。」

「・・・・・・。」

「私はあなた方と対立するつもりはありません。あなた方もヴェグラ神の信徒だからです。そして、ウルリヒの事を責めるつもりもありません。人は迷い、悩み、時には罪を犯します。その全てを慈愛によって受け入れるのが、ヴェグラ神であり、その教えです。私は9歳の時、フェレール国で凌辱を受けました。幼い私は全てに絶望し、死のうとしていました。ですが、その晩、私は夢の中で、ある女性に優しく抱き締められました。母とも姉とも違う女性に戸惑いましたが、私はそこで救われた気がしました。一度も見た事のない女性が誰であるのか気になった私は、教会へ向かいました。それまで信仰心を持っていなかった私は、教会へ向かった時、理解しました。教会にはジフォス様の木像が祀られていて、私を優しく抱きしめてくださった女性だったのです。」

「そのような作り話をしてどうする、何が言いたい。」

「コンスタンティン卿が、私にヴェグラ神を、ジフォス様を、信仰する資格がないとおっしゃるから、それに対して答えているのです。私は、ジフォス様の夢を見た事で、気付いたのです。私は生きたいのだと。生きる意思を失っていないのだと。ただ、私には貴族令嬢としての生きる道は絶たれています。どうやって生きるかと考えた時、ジフォス様が私を夢の中で抱きしめてくださったように、私も弱者に寄り添おうと思ったのです。」

「詭弁を弄して、我らを騙せると思っているのか。お前たち姉妹はドミニオン国を侵略している悪魔ではないか。神の名を、精霊様の名を、侵略戦争に利用するとは、許されぬ。」

「姉は、交渉の書簡を何通も送っていますが、無視されました。現在統治委している土地に対しては、リヒャルト王弟殿下を立てる事によって、イシュア国の占領下に入れる事を避けています。最終的にはドミニオン国に土地を返す準備までしています。侵略のはずがありません。南部の街を守るために出兵もしています。その時に新たな領土を得る事はありません。侵略と言える行為は何1つしていません。それでも姉は兵を率いて、ドミニオン国に駐留しています。ドミニオン国から見れば、侵略者に見えるのは仕方がありません。しかし、私は違います。私は、ヴェグラ教が盛んな地であるドミニオン国に憧れを持ち、木精霊の化身と言われるウルリヒに会える事を楽しみにしていました。卿も知っているはずです。私はウルリヒの呼び出しを受けて、ベッカー伯爵領の領都セゼックに向かいました。姉に止められましたが、憧れの木精霊の化身に会えるという喜びを抑える事ができなかったのです。」

「ウルリヒを罠にかけるために、セゼックに入ったのであろう。」

「どのような罠です。私が連れて行ったのは、侍女1人と御者2名だけです。罠にかける事などできません。そこで私がどのように扱われたかは、知っていると思います。私はこの時にも、全てを恨みました。2度もこのような目に会うのはなぜかと、姉の忠告を聞かなかった自分をも恨みました。ですが、再びジフォス様の夢を見た時、私はこの試験の目的を知ったのです。ジフォス様は、自らの名を汚すウルリヒを罰するために、私をこの地に向かわせたのだと。」

「馬鹿な。お前の言っている意味が分からぬ。ウルリヒが本当の悪であれば、ジフォス様はお前とは関係なく天罰を下せば良いだけの事。自らの言葉が嘘である事を証明してどうする。まさに悪魔の手抜かり。愚か極まれり。」

「静かに聞きなさい。ある日突然、ウルリヒが死亡した場合、お前たちは、ウルリヒを聖者として、殉教者として祀り上げたはずです。ジフォス様は、騙されている信徒に気付いて欲しいとお考えになったのです。だから、私をこのドミニオン国に導かれたのです。私はジフォス様の化身ではありません。私だけでなく、人間が神や精霊の化身であるはずがないのです。神も精霊も天上世界から私達人間を見守り、慈愛を与えてくださる尊い存在であって、私達がどうにかできるものではないのです。そして、人間の世界に干渉する事は、神でも精霊でも難しいのです。ましてや、長年騙され続けていた信徒を救うためには、私のような人間の力が必要だったのです。」

「詭弁を。」

「黙りなさい。我が名はエリカティーナ・ファロン、ジフォス様の忠実な僕。ジフォス様の名を勝手に使った人間から、その名を天上世界に戻すためにこの地に来た人間。お前たちのような、神と精霊の名を使って、邪悪を為す者達を炙り出して、征伐するためにここに居るのです。」

 美しく響き渡るエリカティーナの声を、信徒達だけでなく、自分自身も聞き入っている事に気付いた金の騎士は、問答無用で切り伏せなければ、自分達が積み上げてきた教会勢力が完全に崩壊してしまうと恐怖します。

 1対1で立ち向かっている自分が駆け寄れば、薄汚れた白いシスター服の悪魔を切り殺せると判断した猛獣は、信徒達が一斉に騒ぎ出す中、エリカティーナに駆け寄って、首を切り落とすために剣を横に抜き放ちます。

「エリカティーナ様!!」

「キャァァ!!」

「あああ!!」

「助けろ!!!」

 金色騎士の一撃を受けた少女が、左方向に5m程吹き飛ばされます。木の杖で刃を受け止める事に成功した聖女は、猛獣の膂力に例えられる金色の騎士の一撃に対抗する術はなく吹き飛ばされます。

 周囲からは吹き飛ばされたように見えますが、エリカティーナは木の杖に仕込んである鉄棒で、攻撃と敵の膂力を受け止めると同時に、左側に跳躍しています。

「騒がないで。私は無事です。ジフォス様が守ってくださいました。」

 倒れた少女が木の杖を使って立ち上がりながら発した声は、今まで以上に大きく透き通っています。衝撃を受けて吹き飛ばされた少女が出せる声ではない事を理解しているのは、自分の攻撃を巧みにいなされたコンスタンティンと姉ミーナだけです。

「悪魔め。」

 立ち上がった聖女に襲い掛かった金の悪魔は、接近して剣を振り上げようとした瞬間、木の杖の先端部分で喉を一突きで貫かれます。3本の枝のモチーフの真ん中の枝には槍先が仕込んであり、天才戦士に育てられた天才戦士には十分な威力を持った武器です。

金の騎士が絶命して倒れる様子を見ている両軍は、ただ呆気にとられていますが、エリカティーナが右手の杖を高く掲げると、戦局が動き出します。


 精霊教徒である農民たちの集団6000の半分は、ミーナ軍の兵士達で、後方にいて敵からは見えないようにしています。ミーナは妹が勝利したことを確認すると、各部隊に前面に出るように命じてから、弓矢での遠距離攻撃を実行させます。

敵中央部の金と緑の混成軍を無視して、右手側の茶色の部隊と左手側の赤色の部隊に山なりに飛ばせた矢を降らせます。矢の雨を防ぐ事を目的とした盾を全員に装備させているため、2つの部隊は盾を掲げて上からの攻撃を防ぎます。

ミーナはこの時、傭兵スタイルの軽装備で、単身にて教会軍土組の部隊に突撃していきます。薬物で強力な力を発揮する部隊の主であるエリーアスを狙います。両手にある双剣で、一撃必殺の攻撃を繰り出しながら、ミーナはほぼ案山子状態の敵兵を切り伏せていきます。前の味方が邪魔で、ミーナの接近を知らない兵士たちの中には、一瞬の痛みを感じただけで、絶命していく者もいます。

「退け。私が征伐する。」

 そう叫んだエリーアスの目の前にミーナが現れてから二呼吸する間に、土組の司令官は首を切り落とされます。

「エリーアスを成敗した。」

 ミーナの大声が戦場に響くと、教会軍の全員が驚愕しながら土組の方を見ます。陣が真っ二つに切り裂かれている様子を見て驚愕のまま沈黙する教会軍に対して、精霊教徒達が口々に歓声と感謝の言葉を述べ始めます。

「奇跡が起きたぞ。」

「ジフォス様が降臨されたんだ。」

「エリカティーナ様の身に、ジフォス様のご加護が。」

 精霊教と呼ばれるエリカの信徒達が興奮を隠すことなく叫び出します。

 ミーナの声が、妹エリカティーナと同じように聞こえるのは当然です。同じ両親から生まれた容姿の似ている姉妹の声質はほぼ同じです。両軍の中央部にいるエリカティーナが、教会軍左軍で敵将を討ち取るはずがないのに、敵将を討ち取ったとエリカティーナの声が響き渡るのだから、神の息吹を感じる奇跡が起こったように見えます。

 黄金の猛獣を、優しいエリカティーナ様が木の杖で倒した事も、奇跡だと思っている戦場の人々は、2度目の奇跡が起こった事で、確信しなければならなくなります。エリカティーナが精霊の代理人であり、教会軍が神の名を騙った盗賊である事は間違いなく、盗賊の首領たちに天罰を下すために、エリカティーナはこの地に降臨して、盗賊どもを引き寄せたのだと言う、信徒達は語り始めます。


「神の御業とは、私の炎の剣が放つ炎の事だ。似たような声に騙されるな。悪魔には姉がいて、その姉が動いているだけだ。悪魔に騙されるな。今こそ、悪魔を焼き尽くす絶好の機会。私が全ての邪悪を焼き払う!!!」

 赤い軍団から飛び出してきた赤い騎士が、炎の剣を抜き放ってエリカティーナに剣先を向けようとした時、聖女エリカティーナの目の前に大量の水が出現して、高さ1m程の津波となります。

 超魔石の力で発生した水流は赤き軍神アルノルトとその後方にいる赤い部隊に襲い掛かります。下半身に受けた衝撃で倒れていく者達の頭上からは、殺傷力のある矢が雨のように降り注ぎます。

軍神アルノルトは武勇も知勇も発揮することなく、誰かが発した矢に首を射抜かれて絶命します。

火組アルノルト、金組コンスタンティン、土組エリーアスの3人は、教会軍において正規兵を指揮する3将軍であり、これまでの戦場での武勲は、この3人に属するものです。王家との協力関係による権威と、他の貴族軍を凌駕する実行部隊の武力が、教会戦力の基盤となる2つの柱です。その2つの柱のうち、1つが完全に砕け散ります。

「武器を捨てたものを傷つけてはいけません。」

ジフォス様の慈悲を示した聖女の言葉で、この会戦は終結します。


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