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ミーナ・ファロン物語  作者: オサ
4歳頃の話
10/131

10 遊び友達

10 遊び友達


ミーナの1日は、早朝の訓練から始まります。兄2人と一緒に、母レイティアからの指導を受けます。剣を持つことの重さを理解している兄達と一緒に、この時間だけは真面目に取り組みます。時々、辛さに涙目になるバルドに対しても、訓練している間だけは、からかう事はしません。そんな事をすれば、訓練から除外されるか、母レイティアに無視されるかのどちらかであるかを理解しているからです。

2時間ほどの訓練が終わると、朝食を取った後は、兄達と異なり、ミーナは自由な時間を手にします。その自由な時間でミーナがするのは、冒険とかくれんぼのどちらかです。

訓練を初めて2か月、4歳児にしては異常な武技を身につけた少女は、いよいよ宰相邸を出る事を許されます。

「行ってきます。」

 緑色のオーバーオールという庶民男子の服装で身を包んだ金髪の少女は、なぜこんなに速く動けるのかと見送りの使用人たちに思われながら、門を駆け抜けます。6歳の長兄に追いつこうと身長が伸びているミーナは、丸みを帯びた可愛らしい姿からは想像できない速さで貴族街を駆け抜けます。

 兄達の3倍も食べている栄養がミーナの体を大きくしています。充満した体力を使用して、貴族街を抜けると、王都の中心街へと到着します。馬車の中から見たことがある景色を確認しながら、速足で歩き続ける宰相令嬢は、何かを思い出したように東部地域へと駆け出します。

 オズボーン公爵家のある地区へと到着するまでに子供の足では2時間以上かかる事は理解しているため、ミーナの今日の目的地は、最東部の公爵邸ではありません。中央繁華街から少し外れた東部、そこに向かっています。

「あーそーぼ。」

 東地区に入ってすぐの所に20名ほどで集まっていた3歳から6歳ぐらいの子供達と、10歳前後の2人の女の子に、ミーナは大きな声で話しかけます。

「私、ミーナって言うの。追いかけっこしよう。」

 戸惑う子供達の中で、状況がつかめない3歳児達が元気のよいお姉ちゃんの登場に喜びながら遊び始めます。

「うわー、捕まえちゃうぞ。待てぇ。」

 きゃっきゃと笑顔で走り始めた小さな子を、2人の女の子が追いかけるようになると、年中組の子供達も、何かから解き放たれるように駆け出します。

 公爵家の訓練を始めたばかりではあっても、3歳の時から鍛えている足腰の強さは、子供達のものとは格段の差があります。10歳の女の子たちも余裕で捕まえる事ができます。全力で笑いながら駆け回っているうちに、昼を知らせる王城の鐘が聞こえてきます。

「皆は、お昼ご飯は、お家で食べるの?」

 質問に沈黙しているお友達の様子を見まわした青い瞳は、最年長である女の子に辿り着きます。その視線を受けた少女は答えます。

「私達にお昼はないの。お父さんやお母さんが夕暮れ前に戻ってくるから、一緒にご飯を食べるの。」

「そうなんだ。じゃあ、皆、ついてきて。」

「どこに行くの?」

「向こうの方、とにかく、皆、ついてきて。」

 三歳児達がとにかくミーナと一緒に居たいからか、後について歩き出すと、20名の子供の集団が東地区の繁華街へと向かいます。


「こんにちは。」

「はい。こんにちは、元気ね。」

 パン屋に飛び込んで来た緑のオーバーオールの少女が、パン屋のおばさんに挨拶をします。

「私、ミーナよ。」

「ミーナちゃんかい、おつかいかい?」

「えっとね、この金貨1枚で、パンをどのくらい買えますか?」

 胸ポケットから取り出した金色に輝く貨幣を見せながら、ミーナは質問します。

「え、え、今店に置いてあるのは全部買えるけど。」

「本当、この金貨で、この店の全部、食べてもいい?」

「全部買えるけれども、全部を食べるのは無理じゃない。銀貨とか銅貨とかは持っていないの。」

「金貨だけ。でも、買えるんでしょ。じゃあ、買う、はい。」

「え、ミーナちゃん。ちょっと待って、この金貨はどうしたんだい?」

 金貨一枚は4人家族が1か月間生活できる貨幣価値を持っているため、6歳前後の子供が持ち歩いてよい金額ではありません。使用については親の同意が必要であるべきです。それに、この金貨で、展示してあるパンの全てを買う理由も分かりません。

大富豪や貴族の子供と言う可能性が最も高いと考えると、これらのパンを1人で運べないのだから、従者がいるはずですが、見当たりません。

「パパに、お小遣いでもらったの。はい。受け取って。」

「お小遣いかい・・・。」

 金髪青目の少女を良く見れば、緑のオーバーオールは薄く汚れているものの、輝く金の髪は庶民とは違って、手入れをしてある様子が見て取れます。お金持ちであっても、無駄にお金を使わない商人の子供とは思えない支払いの仕方を考えると、貴族の子である事は間違いありません。

どの貴族の子なのか、どのような目的でおつかいに来ているのかも分かりません。

「はい。受け取って。」

「あの、お嬢様。家名をお聞かせください。」

「ファロンだよ。」

「宰相様!!」

「うん、パパは宰相だよ。」

「パンをお屋敷にお届けするのでしょうか?」

「ううん、ここで食べるの。全部。」

「全部食べる、え。」

「早く受け取って、お腹すいたから。はい。」

「あ、はい。」

 唖然とするパン屋の女将に金貨を握らせると、ミーナは店の扉を大きく開いて、外で待っている20名の子供達に声をかけます。

「店の中のパンを全部買ったから。好きなのを食べてもいいわよ。あ、おばさん、店の前で皆で食べてもいい。あ、水はあった方がいいか。おばさん、水はただで飲んでもいい?ほら、皆入って、好きなのを食べていいよ。本当だよ。ね、おばさん、食べてもいいよね。好きなのを。」

「あ、はい、お代は頂いていますから。」

 何が起こっているかが分からない子供達に、ミーナは店の中から持ち出した3つのパンを、一番小さい子達に渡します。駆け回り空腹である3歳児が、自制する事は無理です。ミーナが最初の一口を食べるのを見せると、子供達も食べ始めます。

「ほら、皆も、中に入って、好きなのを食べてもいいよ。食べきれない分は、お家に持って帰っていいから。ね。おばさん、いいよね。」

「ああ。もちろんです。」

 イシュア国宰相ファロン家の令嬢ミーナの名前は、王都の民であれば誰も知っています。故エリス様の侍女であり、ギルバード前公爵の第2夫人、フェレール国ミノー公爵夫人セーラの実母の名前を受け継いだ少女を知らない人間は王都には居ません。

ただ、貴族令嬢の顔を見た王都民は皆無であり、この少女がすぐにミーナだとは気づきません。しかし、良く見れば、美女神とも呼ばれる大英雄レイティアによく似ていているため、少女自身が名乗ったミーナを疑う事はできません。

「ミーナ様、お釣りの計算には少し時間がかかります。」

「ミーナでいいよ。私、子供だから。お釣りはいらないから、明日からも、この子達がここに来たら、食べられる分だけでいいから、パンをあげて欲しいの。お金が足りなくなったら、必ず持ってくるから。」

「あ、はい。分かりました。」

「普通でいいよ、おばちゃん。」

「・・・・・分かったわ。」

 ミーナが子供達を飼いならすためと言われる、子供達を救うための慈善事業がこの時から始まります。


 暗闇の暴走が発生したイシュア歴375年前後のイシュア国は、それまでの大豊作を打ち消すレベルの冷害に襲われます。1年間の冷害であれば、対応可能でしたが、4年間続いた冷害は、国全体に大きなダメージを与えます。また、食糧援助をしているフェレール国でも酷い冷害が3年続きます。

 宰相ロイドは、オズボーン公爵家の協力を得る事で、国民を飢えで苦しめるようなことを避ける事はできましたが、穀物不足による物価上昇を抑える事は難しく、特に農地の少ない王都周辺地域での物価上昇は一時的には2倍にも到達します。

 食料品の増産に成功した事と、冷害が終わった事で、それ以上物価が上がることはありませんが、王都民の経済弱者はとても苦しみます。特に、暗闇の暴走期に発生する出生率の急上昇もあって、学校に通う前の6歳未満の子供達は、5年前の大豊作時期の豊かさとは完全に無縁の生活を送る事になります。

 北方から取り入れた冷害に強い芋類の増産と、フェレール国から大量に流入してきた金貨を調整する事で、この後の冷害対策と物価対策については、上手に処理することができます。しかし、対策が始まっても、すぐに下層の生活が安定する訳ではなく、子供達に昼食を与える事ができない親達も、それなりの数がいます。

 ミーナが、王都の子供達に慈善事業を行ったことは事実ですが、結果としてそうなっただけで、イシュア国の経済情勢を把握して手を打ったわけでも、子供達に同情したからではありません。お腹がすいたから食事をする。1人よりも遊んだ皆で食べると楽しいから、皆の分のパンを買う。という単純な考えによる行動です。


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