012
旧豊川街道沿いにある、熊本大学前バス停に辿り着いた。あのあとバスは更に大きく左右に揺れ続け、僕は必死で酔わないように耐えていた。酔わないように気をつけていたのは久美も一緒のようで、バスの車内でそのキラタカシ教授の事について述べつ幕なく喋り続けていた。僕は今日一日は久美に捧げると決めていたので、酔い止め効果も目論んで久美の説明に耳を傾けていた。
吉良崇博士。
簡単に言えばIT開発のエキスパートらしい。
この二〇八〇年は、全体として究極のコンピュータ制御による自動システム化が進んでいる。そんな社会において、コンピュータ関連の先端を作りだしたのだから、究極の中の究極の、それは凄い人なんだろう。歴史上の凄い人の中でも凄い人なんだろう。
もしかしたら、久美がどうしても会いたいなんて言っていた理由も、本当に凄い人にいきなり会いたくなったというすごく単純な理由なのかもしれない。
熊本大学の南キャンパスへと入ってゆく、久美は迷いなくずんずん歩いて行く。僕はただ付いて行ってるだけだ。なんか、デートって感じがしない。僕はただの付添人だった。
「あの、ひとつ聞いていいですか。久美さん」
「なに?」
「デートってのは、その、嘘ですよね。僕を連れ出すための口実って言うか」
「うん。そうだよ」
ああ、やっぱりそうだ。さっきの会話からしてこれから先デートっぽい展開にはならないだろうなって予想が立ったけどこれで確実となった。今日はデートじゃない。学校サボってのただの久美の付き添いだ。
「今度僕にもその時がきたら付き添ってもらうからな」
いつになるかは分からないけれど。
「んんー? 別にいいよ。ゆーくんが付いてこいって言われたらどこにだって付いて行きますよ」
「約束だからな」
「いいよ。約束する」
軽い。この軽さの裏返しとして今の現実を重く感じさせる。
そこまでして椿久美は今日、五月二十四日に吉良崇博士に会わせるために僕、白石由人を熊本大学に連れて来なければいけなかったのだ。
一体、何だというのだろうか。必死の先には大抵よくない事が待っていると、僕の十六年間の人生経験が告げるのだった。