表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/119

いつだって僕らは立ち上がる理由を探している(定期)

 微睡んだ頭で朝を感じている。

 茹だるような暑さと、短く響く鳥の鳴き声。

 空白のような明るさと静けさの、朝を感じている。


 低反発の寝具に沈む、重たい身体。

 体重の基点が見つからず、水の溜まった風船のように起き上がれないでいる。


 春眠暁を覚えず。


 無限に眠気に襲われる。

 いつ頃に寝たのか、いつ頃に起きたのかが不明瞭のまま、いつ頃に動くべきかがずっと頭を悩ませている。


 頭が重くて、背中が重くて、動く理由が見つからない。

 いや、忘れてしまっている。

 いつから、どのように記憶を失くしたのだろう。

 闇のように靄のかかった頭では、それを辿ることすら億劫に感じる。


 起き上がることさえできれば、きっとどうにかなる。

 そう信じて動き出せない自分に、焦りだけが募り、それがまた自分の動きを封じていた。


 何をするべきかが分からず、しかし何もしないことは退屈でいる。

 自然と枕元にあるスマホを手に、更新される漫画や動画に目を通し始める。


(面白い)


 世の中には面白いものが溢れている、と感じる。

 比べて自分の、なんとつまらないことか。


 空虚で、不快で、重たい。


 誰かと話すつもりでいると、突然に腹痛を感じる。

 日常生活ですら支障をきたしているのに、どうして誰かの役に立つことができようか。


 辛い。暗い。重たい。


 この重さから解放されたいと願うと、消えてしまいたいと脳裏に終わりがチラつく。

 我を通したくて1人になった。

 気付けば何をしているでもなく、他人の楽しいを覗くことで満たされている自分に成り下がる。


 何もしたくない。何もしないままで朽ち果ててしまいたい。

 何かを始めると、誰かに怒られる。

 それを突っぱねるにもエネルギーが必要で、今はそれが失われている。


 何もできない無力な自分が、たまらなく情けない。

 誰かに縋りたくなることに、強く恥を感じている。


(いろんな物が邪魔に感じる)


 何かを始めるから、邪魔になって見える。

 何もしなければ、何も邪魔に見えてこない。


(何をするべきか、強く意識しないといけない)


 そうでないと飲み込まれる。

 なにをしたいのかが曖昧になって溶けると、そのまま自分が消えていく。


 ルーティンが決まると、しばらくは安定するのだが、突発的なイベントが起こることが不安定にさせる。


 旅の疲れが来るのだ。

 また、人と合わせることで自分がなくなる。


(それが、たまらなく、嫌だ)


 どうも、自分が流されることにストレスを感じる。

 ストレスを感じるのならマシなのだが、自然と受け入れてしまうからか、流されてしまう。


 そうなると数日、下手すると数週間と立て直しの時間を求められる。


 駄目になる。

 もとから駄目なんじゃないかと錯覚してしまう。


(錯覚じゃなくなることが怖い)


 だから、人間が嫌いだ。

 誰かに流されることが嫌いだ。

 自分を保てなくなることが嫌いだ。


 垂れ流しされている、誰かの動画を観ながら、ぼんやりと不満が膨れ上がる。

 穴が空いた不満の袋。

 不満は少しずつ漏れていくのだけど、しかし少しずつ大きくなっていく。


(つまらないな、これは)


 はっきりと感じる。

 虚構の波。誰かの作り物。誰かの宝物。

 それは眩く見える一方で、自分のみすぼらしさを浮き彫りにする。


 光があって影があるなら、自分は影だ。


 つまらないと感じるのは、自分自身だ。

 光が反射して、影となった自分が見える。

 何もしていない、何者でもない自分がそこにいた。


(何かにならなくてはいけない、なんてことはない)


 しかし、何もしないでいることが苦痛に感じている。

 何もしないままで感動を受け入れることに、酷い焦りと苛立ちを持っている。


 それが形にならず、渦を巻き、流されていくことに虚しさを覚える。


 すり減った自分を感じる。

 こうして自我が消えていく。

 一般常識に塗れた自分。その常識は自分のものじゃなくて、何者かから反映されたドッペルゲンガー。

 それも、不特定多数から受けた誰か。


 こんなものが生きていること、それ自体が不快である。

 腹立たしいことに、それが自分だというのだから、殺すこともままならない。


 立ち上がる。

 理由はなんでもいい。


 トイレでも、風呂でも、飯でも、喉の渇きでもいい。


(起き上がってしまえたら、俺の方だ)


 脳を上げる、血が下がる。

 足を踏みしめる、血が押しだされる。

 腕を振る、血が揺れ動く。

 目を開ける、光が頭に照射される。


 動かない身体。

 鈍間め。愚鈍め。木偶め。


 そのまま身体を起こして、動かし続ける。

 座ったら、寝たら、死ぬと思うといい。


 小さな死と生を繰り返した。

 生きる屍の自分が嫌いだ。

 人間が嫌いだ。全てを殺してしまいたい。


 死ね。死ね。死ね。


 勢いのままに外に出る準備を済ませる。

 歯を磨いて、服を着て、扉を潜る。


 光を浴びてゾンビが死んだ。ざまあみろ。

 屍は足を進める。

 ぐにゃりぐにゃりと、歩を前に前にと倒れ込む。


 きもちわりい。しねばいいのに。ばかが。

 悪態を着きながら、少しずつ。


 俺は俺だ。

 何者でもない俺は、俺が俺でないと俺で無くなる。


 クソ野郎が。いつまでノロノロと過ごしているつもりなんだ。とっとと死ね。

 どうせ死ぬなら、やりたいことをして死ね。

 やりたいままに死ね。


 何もしないまま、泥のように生きてるんじゃねえ。

 死んでしまえ。前に倒れろ。

 後ろに倒れるんじゃねえ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ