酒とクラブ
ガンガンと音楽が鳴り響く。
胃の容量を限界突破して飲む酒は、頭の思考領域を確実に蝕んだ。
「*****」
「なに、なんだって?」
伝わらないにも関わらず、マサトは笑顔で人の波に消えていった。
イエナリは一人でどこかに行ってしまった。
手には頼んだ記憶のない麦酒。
足取りはおぼつかず、女性とVIPのみのソファとフロアを隔てる手摺を支えになんとか立っていた。
目の前ではマサトが二人組の女性をナンパしているのを、ぼおっと、ともいえない。かろうじて認識している。
ただ、一人が別れて手持ち無沙汰となった光景は、なんとなく自分と重なった。
チャンスではある。
次の男、その次の男、話しかけるであろう誰かが別の女と横切っていくのを尻目に、気づけば女に辿り着いていた。
「姉さん、一人で何やってんの?」
「*****ーーなんて!?」
「よかったら俺と一緒しないっつってんの!」
「*****!」
肯定か否定か、そもそも伝わったのかすら曖昧で、耳元で怒鳴り合うように喋ってようやく会話となった。
ただ、いろいろと限界であり、半ば体重を預け合うようにカナトと女は抱き合った。
誰かは知らない、顔もよく分からない。
しかし、一人だと手持ち無沙汰なクラブの中で、二人になるというのは絶大な安心感があった。
ナンパ避けもナンパもしなくてよい。
お互いに、特に理由なくその場にいるのであればなおさらの話だ。
音楽に揺れながら、交換した麦酒を回し飲みしながら、友人でも恋人でもない、異性の距離感で密着して同じ時間を過ごす。
(クラブってすげえ! でも、とんでもなくうるせえ!)
首を抱いてるのか、肩を抱いてるのか、胸に手を置いているのか分からない。
跳ね除けられたならそれまでだが、境界線が酷く曖昧になっていた。
酒は飲んでも飲まれるな。しかし、その場の空気ならどうだろう。
まともに認識できず、爆音で音が流れて、人間はみな思い思いにその空間を楽しんでいる。
ルールもない。秩序もない。
もちろん、明確な禁止行為を働けばスタッフから注意は受ける。
女の匂いに身体を包まれる。
酒で低下した体温に、女の体温が心地よい。
肉体的な距離だけやたらと急接近していく。
一方で、精神的には限界だった。
(これ、どうすんのが正解なんだよ)
ホテルに持ち帰るか、別の場所で飲みを提案するか。
面倒になって最後はマサトに合わせることにして、後ろで絡み合っている様を横目に、適当に合わせて、揺れ続けた。
後に肉体的な限界も迎えて、トイレまで連れてかれて吐いた。女は逃げた。
酒はほどほどに。メガジョッキのサワーなんて甘ったるい安酒を呑んで、追加で日本酒を罰ゲームで飲み干すなんていかれてる。
良い子は真似をしない。酔い子となる。
* * * * *
うるさい空間は嫌いだ。
酔っ払うのも。
どちらも頭に情報が入り過ぎて気持ちが悪くなる。
ただ、ある程度を超える。慣れてくると、少し違う景色が見えてくる。
寝室が白なら日中はカラフルで、ライブ会場は黒。
混ざりに混ざって、他人と自分の境界がなくなる。
怒っているのか、喜んでいるのか。
そういう一喜一憂がすべて飲み込まれる。
楽しいという空気が充満する中で、怒り苦しみ悩むというのは、そこからストレスが生まれる。
一転、流されてしまえば楽になる。気持ちの問題ではない、身体や脳みそがそう言うふうにある。
授業中に遊んでいるような罪悪感。集合体としての隊列の乱れを自らが引き起こすことには、とても勇気がいる。
衆愚。
という言葉が思い浮かぶ。人の感情の波、共感の果て。
個人を保つ努力。一方で集団が仲間となる頼もしさ。
すなわち戦である。合戦とはこういうものだ。
「ん?」
鬨の声とはよく言ったものだ。勇ましさに狂うとはまさにことこと。
「あちゃ、理解の仕方がそっちなんだ」
ゆえに心得を持つ。
狂わないのではなく、狂う方向性を持つ。やってはいけないことと、やるべきことを一つずつ心に決める。
首を狩れ。そうすれば、もっと楽しくなる。
* * * * *
酒を飲む奴らに付き合っていると、とんでもなく飲まされることに注意したい。
10杯。お猪口なら、まあわかる。
しかしそれがジョッキとなると、普通に水を飲むこととそう変わらない。
食事をしに来たのではないということがよく分かる。
こいつらは、飲みに来たのだ。
食事のついでに飲んで胃を満たすのではない。
酒のついでに食事をつまんで、酒で満たす。
吐瀉物の量がとんでもなくなる。
この後に目覚めたら何故かカラオケで、二日酔いで気分はただ悪いままであった。
最悪ではあるものの、そういう付き合いだ。
飲まずに逃げるのでもいい。
だけど、交友を狭めるほどのことでもない。
最低限の信用はある。
「あれ? 飲んでなくない??」
だけど、この言葉を聞くたびに口を開くのは許して欲しい。
「お前ら全員死ねばいいのに」