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ひとりたび

 カタンカタンと電車が揺れる。

 窓より外には街灯が見えず、時折り木の枝が通り過ぎる。

 トンネルをいつ過ぎたのか、住宅らしき影が無機質に当たりを囲んでいた。


「……なめてなぁ、田舎」


 旅行した経験は何度かある。あまり予定を立てて動く方ではないとはいえ、その分だけお金に余裕を持って動くようにしていた。

 それも大都市を渡り歩いて来ただけなのだと気付かされる。


 交通費が高く、移動距離も時間も長い。それでいて駅の近くのホテルは予約で埋まっている。

 そうなると、明日の宿を見つけるところから始まるのだが、車も用意せずに動くことでこうも移動に困るとは。


 携帯を充電する場所も見つからない。夕方には電池も切れた板へと成り下がる。

 つまり、詰んだということだ。


「それならばと、温泉と名のついた駅にきたつもりだったけれど……」


 見当たらない。温泉街もまた、駅からは遠いようだ。

 無人駅では灯りがあるが、その分だけ目立つのか、羽虫の音が周囲に響く。


「わっ」


 そのうちの一匹がすぐ耳元まで近づいて来た。白い服を着て来たのが仇となったか。

 反射した白い色に吸い寄せられるようで、不快な思いに苛立ちが募る。


「終わってるわ。がちで」


 電車を待つのも疲れた。

 どこかにコンビニでも、ホテルでもいい、とにかく休めるところがないか歩みを進める。


 大人しく別の電車で戻ってもよかったが、地理感覚も曖昧で、戻ることに抵抗感もあれば、他に行くあてもない。


 歩く。


 歩く。


 ……あるく。


 暗闇に吸い込まれそうになる。住宅街から先、どこかへ続く道さえあれど、本格的に灯りもない。

 行ってしまえば帰ってくることが叶わなくなるのではないだろうか。


 そんな思いに、結局は初期地点として駅周辺に戻ってきてしまった。


 うん。もういいか。めんどうくさい。


 夏場で、雨もない。街灯は一応発見して、車通りもトラックとはいえそれなりにある。

 ならば死ぬことはそうそうないだろう。不審人物に遭遇しなければ。


 諦めて、荷物を枕に街灯に照らされながら眠ることを結構する。


 アスファルトが暖かい。近くに海があるからか、涼しさも兼ね備えている。冷え過ぎず、かといって暑過ぎない。良い場所だった。


 車のライトが自分を照らすことが多少不快か。おそらく見えてはいるだろうに、しかし街中でも無く倒れている人間に話しかける勇気は、俺でも持ち合わせていない。

 誰かの目があって、安全の最低限の余白を持つことで、どうにか誰かの助けになれる。


 わざわざ危険を冒すのは、蛮勇となりかねない。


 なので、責めるつもりもない。自分で蒔いた種ではあるが。


 ーーまさか、赤いランプに照らされるとは想像していなかったがね。

 降りて来た警察官に見下ろされる。


「どーも」

「はいこんばんは、お兄さん。なにやってんの?」

「ちがうんですよお巡りさん」

「大体みなさんそう言うんですよね」


 ちょっと鈍った、若そうな青年。少し年上だろうか。

 同じくして助手席から、先輩らしき警官が近づいてくる。


「ところで、あの人は知り合い?」


 といって刺された指の先には、おじさんだろうか。男性らしい骨格の誰かが、街灯には照らされているものの薄暗く佇んでいた。


「いや違うけど。だれだよ」

「あ、そう。あの人にも話を聞かないとな」


 わんちゃん、助けてくれそうな近隣住民かもしれないし、行き倒れを狙う不審者かもしれないし、ただの野次馬かもしれないわけだ。


 結果は分からずのままではあるが、警察が来てくれてよかったなぁと少し安心する。

 何かあっても気には留めない。多少の警戒はあれど、死んだらまあ、その時だ。まあいいかで終われる。


 軽く事情を説明することで、最後の一本、特急列車があることと、それなりにホテルがある場所へと辿り着くことを教えてくれた。


「じゃあ、もうその辺で寝ないでね。危ないんだから」

「お巡りさん〜、お疲れ様です〜」


 簡単に連絡先と住所だけ答えて解放される。

 羽虫ばかりの駅で一人、体感として一時間は待たされたことで、「ポリ公にパチこかれた」と恨み言を吐きつつ、待ち侘びた特急の姿には流石に感動した。


 文明の香り。羽虫とは観光ガイドで作った棍棒で格闘しながら、最後には鬼ヤンマの模型近くを聖域としながら生き延びた。

 やつら、天敵には近寄り難いようだ。羽虫の生態に多少くわしくなってしまった。


 電車に揺られること一時間程度。田舎に来て、スマホがないとどれだけ苦しめられることか。

 本こそあれど、もはや読む気分でもなくなっていた。ぐったりと、今日明日の予定を考えていると、若い兄さんがそれなりの音量で動画サイトを楽しみ始める。


 多少、むかつきはする。

 自分がスマホを弄れない状況でのバッドマナー。窓をノックしたり、わざとらしくトイレに行くふりをして背もたれを掴んだらして遊んでいると楽しくなって来た。


「なに、なんなん。いやまじで」


 名前は知らないが、お互いに邪魔な存在として認知し始めるも、どうやら降りる駅は別だったようだ。

 遊び相手が消えた事実に多少落ち込む。

 まあ大都市だとして、あまり変わらないのだけど、その場合はもう少し、楽に商店街が見つかるだろうに。


 ネカフェとかをあてにしていたのだが、田舎はカラオケばかりだ。

 夏の気候でシャワー無しはキツい。なにより、煙草の煙の匂いが嫌いなんだ。


 上手くいかないばかりである。一泊したらば、ビジホとはいえ八千円程度は請求される。


 とんでもないストレスが襲いかかる。県を越える移動費も、県内を移動する移動費も、そして宿泊費と来たものだから、支払いばかりしている気がする。

 それでいて楽しくないのだから、二度と田舎に旅行など行くものかと誓う。


 そもそも予定をしっかり立てなかった自分も悪いのだが、それはそれ。


 かろうじて、二度目の田舎へ出向く機会があるのであれば、セーフ地点の移動費から時間までは、頭に入れてくること、宿泊場所の予約は抑えておくこと。

 これだけは徹底する大切さを理解した。


 一人旅はダメだな。誰かがいるなら、不便をかけるに申し訳なくなる性分ではあるものの、自分だけだとなると突然すべてがどうでもよくなる。

 それでいて他所様に迷惑をかけたのだから、後悔はひと塩にある。景観に注意されて多少頭が回るようになったというのもある。


 人と話すことの大切さを改めて実感した。

 あと田舎の温泉地は遠い。自動車で行こう。学んだ。


 とかなんとか考えながら、どうにか終点。目的地。

 案の定、安そうな目に見えるホテルでは満室で断られたものの、続くホテルではツインの部屋で空きがあった。


「一万四千円にございます」

「えっと、ちょっと他も見てきます〜」


 と言って、外に出て秒で後悔する。他なんかねぇ。

 ぐるっと建物を一周。


 足の裏には一日分の蓄積された疲労が、一歩進むごとに悲鳴をあげる。

 見渡しても他に見える宿泊場所の看板は見当たらない。近くにもう一軒あるとは、ひとつ前の宿で耳にしたのだが。


 まあ、どうにか。どうにかね。なんかあれよ。コンビニくらい。

 ある程度さかえているとは、田舎基準だろうか。まあホテルはある。バス停もそれなりに綺麗ではあった。ただ灯りが少ない。


 とにかく暗いのだ。辛いのだ。


 結局は戻って、支払う覚悟を完了させる。


「特別ですよ、一万二千円で宿泊しても構いません。最後のお客様ですから」


 神がいた。初老間近だろうか。外に泊まっている車はとりあえず高そうなのが多かった。

 一日前に泊まった場所よりも半額分は高くつくのだけも、もはやそれでも、多少マシになった事実に目が眩んだ。


 商売上手とはこのことか、見事に恩を着せられた。


 とはいえ、サービスの質は悪くない。風呂もトイレも綺麗で、ベッドも寝やすい。

 最上階の角部屋に倒されたのだから、ようやく寝ることが出来ると心がほぐれていく。


 服を洗濯しようとランドリーに向かうと、三台全て使用中だったことが、不満といえば不満か。


 プロテインを飲み、風呂に浸かり、消臭剤を服に振りまく。あと靴な。


 サービスで用意された水や、室内着のお洒落さに満足して、どうにか値段にも納得できた。


 明日の移動は早い。とっとと寝てしまおう。泥に沈むように、意識が重くなる。


*****


 翌日、チェックアウトも過ぎた時間に、電話で叩き起こされたのだから、俺の旅はどうも、予定通りに進まないことだらけだと実感させられた。


 とほほ、もう田舎への一人旅は懲り懲りだ〜。

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