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異世界転生①

「      」


 臨死体験なんてもんじゃない。確実な死を迎えた。

 世界は暗く、そして白い。


 器があり、魂があり、位相がズレて、移送される。

 異性へ、異星へ、異世界へ。


 どんぶらこどんぶらこと、流れていく。

 まるで桃太郎じゃないか。


 外に出たいと望んだわけじゃない。暗い閉塞はあれど、暖かな場所で、目を開けることも出来ずにいる。あけても見えないというのが正しいか。


 まいったねこりゃ。

 まだ眠い。


* * * * *


 最初に肌寒さを感じた。離れがたいところから、押し出される。抵抗しようにも、俺の手足は言うことを効かない。


 満足に動かせるスペースがないのだ。真空パックもかくやと詰められた気分は、いつだったかクッションに挟まれた記憶があるーーはずだった。


(流されていく)


 それらが洗い流されていく。認識が難しくなる。抜かれたことだけを理解した。

 あるべきものが消える喪失感さえも薄れる。


 もう少しで引っかかりそうなところで、身体を大きな存在によって捉えられる。驚いたことでこぼれ落ちたナニかがあったように思う。それもすぐに忘れるだろう。もはや手遅れ。


 自らが掴まれていることに不思議と不快感はない。意見の合致だ。どちらにせよ、長く留まることは難しい。それならばさっさと外に出たく、出来る限り苦しくないように縦方向のひっぱりに力を込める。

 はて病気か。ここは病院か。なにが起こったのか。


 気がつけば、抱き上げられていた。


 身体が軽い。余分なものを削ぎ落としたようで、今や腕の長さは、『かつて』の半分もない。

 それがいつの話かは定かではない。ただ自分が、相当に不自由な身の上になったことを理解した。


 涙が込み上げ、内側より声が鳴り響く。そういう玩具や楽器となってしまったのか。自らの空洞。空気の出入りする場所に力が篭もることを、傍観するように気持ちだけが切り離されていた。


「……___……__……!!!」


 そんな存在となって周囲を見渡す余裕はない。泣きながら目を開こうにも、目玉がこぼれ落ちてしまいそうなことに恐怖した。内側から来る力は、自らが泣いている故に発生してるはずなのに。

 感情も肉体も制御が効かない。もはや条件反射で動いている。疲労もそれなりではあるが、なによりものをしっかりと認識できないことが辛い。白痴の存在と化した。


「……!! __………____…!!」


 誰かが何かを話している。女だ。だけど遠くに男もいる。声音と足音が重厚で、聞くだけで恐怖してさらに声をあげる。


 近づいて、じっと見つめられている。視線を感じているのは、目を開かずとも分かった。


 ああそれ、きらいだな。ふかいだ。


 それも長くは続かない。懐かしい人肌に、優しい声の響きに包まれて、俺は安心して意識が沈んでいく。体力がない。肺が痛い。全身が軽くて落ち着かない。


 それ全てを抱き止められ、縫い付けられるように固定されることで、ようやく体重を感じることに成功した。


 ここはどこで、あなた方は誰なのか。疑問は奥底より湧き出るが、それは一つとして言葉とならずに霧散した。


 このままがよい。このまま⬛︎⬛︎⬛︎しまいたい。


 そんな願いが身体中を巡っていた。


* * * * *


 それから数ヶ月が経過した。


 体感はもっと短い。泣いて食べて寝る。この三つを繰り返している。

 安心できる存在が近くにいることは確認できている。ぼんやりと、自分が赤子として生を受けたことを認識していた。


 恥も特別に感じない。開き直ったといわれればそれまでだが、だからどうなるものでも、指摘する存在も内側にしかおらず、それは半身であるのだから危険を感じない。


 ただ暇を持て余して繰り返す。おそらく血縁上の両親となるだろう存在の、2人の会話。そのやりとり。


 口が上手く動かない。喉を鳴らして強弱で調整する。今も知らず、歌うように声をなぞる。


 そんな自分が面白いのか、二人も近くによって来ては、同じ言葉を繰り返す。

 それは名前か。あるいは家族としての役割か。響きを真似することでどうにか寄せていくと、それは嬉しそうに声の調子が上がるのだから、これが正解なのだろうと少しずつ適当していった。


* * * * *


 そうして一年だろうか。基本はその繰り返しで、ある程度の単語を覚え、それぞれの認識名を覚えて、はいはいとして行動できるようになって、ようやく思い至った。


(なんか変だよな。これ。⬛︎⬛︎してない?)


 自らの内側と乖離していく様を感じる。吸って吐くように思考している型があり、それが思い起こされるのだが、現在習得している言語とのあいだに起こるズレから、徐々に鳴りが静まっていく。


 俺の自我は完成されている。俺の形は既に出来ている。それが再び、抽出されるような居心地の悪さを覚えていた。


 しかしそれも、結局は個人の中に宿る違和感の一つであり、言葉として説明することも難しい。

 結局俺は、その不安に押しつぶされることで、押し殺すように泣く日々を過ごす。


「あ、また泣いてる」


 ということにもならなかった。視線に敏感な俺は、出来るだけ物音を殺して静かに動くのだけど、声をかけて来た女。母親と父親より一回りも二回りも小さい女(それでも俺よりは大きいのだけど)だけは、俺をいつも探し続けている。


 思うに、他に遊ぶ内容も見つからずに、ぬいぐるみや玩具程度に認識しているのか、やたらと構ってくるこの女に見つかるのは、視点が同じであることが理由だろう。


 好んで狭いところや暗いところに行こうにも、虫やネズミといった存在と時折出くわすあたり、清潔にはしているのだろうけれど、文明としての段階はそこまで発達していないと見るべきか。


 その不満にぶち当たって、結局は清潔な広い所、それでいて使われたいない隠れ場所を求めて移動するのだ。

 そしてそれは向こうも同じであり、我々は背格好を同じくしてあることから、行動できる範囲を制限されている仲間であった。


 無理やりにでも外に出ようと思えば可能だ。


 椅子を運んでドアノブを回して、扉を開ける。そうでなくても籠や壺といった台になりそうなものは一通り用意されている。

 ただし、母親の見張りの目は広いし、その娘も追いかけて来るのだから、実行しようにも捉えられて警戒される。


 完璧ではないけれど、あえて心労をかけるのも忍びない。

 そんな日々を過ごす中で、母親の腕に抱えられながら移動することにも随分と慣れた。


 金髪で優しそうな面立ちをした母と、黒髪で鍛えられた父と、その娘である姉と自分。四人暮らしであり、それなりに裕福な農村で暮らしている。


 見渡すばかりのど田舎、稲穂の並ぶ光景に⬛︎本を思い起こすも、見渡せば黒い髪こそ多いものの、母親のような金色や赤毛といった髪色も目立つ。


(なんでここまで肥沃な場所で、パ⬛︎⬛︎ンの一台も見つからない?)


 水車小屋に馬車と、時代劇でも見るかのような生活風景は、逆に興味を惹かれる。暇ではあるが、住みにくいと感じることはない。ただ、ずっとどこかに違和感がある。


* * * * *


 それから認識を改めるのは、鎧姿の父親が血を流して帰って来た時である。同僚である兵士に肩を担がれる姿を見て驚いた。出血自体は少ないものの、足が変色するほど強く打ち付けたのか、傷跡は黒ずんでいる。

 むせかえる血の香りに、姉も身をこわばらせて俺を強く抱き寄せ、自らの身体で視線を遮った。できた子である。それはそれとして全然視界は確保できるのだけど、姉も気が動転しているのが震えから伝わり、無力感に苛まれた。


「あなた!」


 心配か、母親は声を裏返して近寄った。治療にしたって、ろくな設備があったとも思わないが、せめて薬があればと思うが、現実はもっと奇妙な顛末に落ち着く。


「心配をかけてすまない。回復を頼めるか」


 真面目そのものな調子で母親に頼むものだから、母親ならどうやら治療できるものらしいが、どうするのだろう。骨が折れているのか、一人で立てない傷を負うことに、静かに恐怖した。


「すみません! 隊長は僕たちのことを庇ってくれたんです!」


「もう、あまり無茶をしないでください……」


 そう告げる兵士の声は年若い。背は高いが、まだ見習いなのか。父親が立派な人間であることには素直に誇らしいと思うが、母親は心配の方が強かったようだ。


 それも少しの間だけ。命に別状がないと落ち着いたのか、右手を父の傷にかざして祈る。


「命精よ、再生をここに願う。《回復(ヒール)》」


 短い一節。その時ばかりは耳を疑い、遅れて前時代的な回復祈願を見たことへの呆れと共に納得しようとしたところで、父の傷が目に見えて良くなっていくところを目撃して、追って衝撃が頭を走る。


 もはや父親への心配や、先へと抱いていた不安を吹き飛ばす出来事に、ようやく世界としてのあり方が違うこととを再認識した。


 魔法て、そんなのありかよ。ありなのだろう。

 なるほど異世界だ。

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