僕の世話係
「なんにせよ決まりなのでな。主にはこれを渡しておく。」
王がそう言うと、使いの者が豪勢な台の上に乗った一冊の本を持ってきた。
「それは、記録の書と言われるものでな。別に特別なものではない。ごく一般的なもので、いわば自動的に記録されていく日記のようなものだ。なぜこれを今、主に渡すかというと、異世界からの来訪者が勇者となり、その役割を全うする時。その本が元の世界へ誘うとされているのだ。よって、召喚されし者には必ずこれを渡すことになっている。」
その本には見覚えがあった。
白くて何も書かれていない表紙。
間違いなく元の世界で見たあの本だった。
やっぱり、この世界に来てしまったのは、図書室であの本を開いてしまったことが関係していそうだ。
「しかし…主には役割が与えられていない。よって、その本が主にとって、どんなものになるかは分からぬが…その…まぁ、なんかの役には立つであろう。」
…あれ?今、なんか投げやりになりませんでしたか?
「それともう一つ。実はこちらとしてもそう長くは、主にこの場所に居てもらっては困るのじゃ。申し訳ないがのう。大きな力を秘めた異世界人をこの国が抱きこもうとしている。なんて他国に思われたら、大事なのでな。」
どうやら、異世界人とはこの世界で随分と影響を及ぼすものらしい。
本来なら勇者になる存在なのだから当然と言えば当然か。
それとも、ただの厄介払いの口実か?
「よって、一週間の猶予を与える。その間にこの世界に慣れ、基礎的な武術や魔法を学ぶといい。ある程度の装備は主が旅立つときにこちらで用意しよう。」
まぁ、いきなり放り出されないところをみると、この国は良心的なようだ。
「特務番外隊隊長!並びに同隊副隊長!主らに一週間。この哀れな異世界人と行動を共にすることを命ずる。何かと面倒を見てやるといい。」
…?今、さらっと他人のこと『哀れ』とか言いませんでした?
王の言葉が終ると同時に左右の両サイドに並んでいた騎士のうち1人が立ち上がった。
並んでいる騎士たち。おそらくはそれぞれ隊長と呼ばれるものなのだろう。
皆、鎧の上から白いマントを羽織っている。
予想でしかないが、おそらく隊長は白。副隊長はロイさんと同じ赤のマントを羽織るのだろう。
自分の斜め後ろに居るロイさん以外には赤いマントの騎士は居なかった。
もちろん。立ち上がった騎士も例外なく白いマントを羽織っていた。
しかし、彼だけ周りと別の雰囲気を醸し出していた。
それは、ロイさんにも感じていた違和感。
隊長と呼ばれた男には、その違和感が際立って顕れている。
そう。若いのだ。
おそらく30代から40代が主流の隊長格の中で、ロイさんはどう見ても20代前半。
そして隊長にいたっては、どう見ても10代。自分と同い歳くらいなのだ。
そんなことを考えている間に、隊長は自分の隣に来て、大げさにマントをなびかせてから、片膝をつき顔を上げた。
「特務番外隊隊長ギルバート=ロンギヌス。王より与えられしその役目。果たすことを誓います。」
「特務番外隊というのは、いわば雑用係みたいなものなんですよ。」
王との謁見を終了させ、また広い廊下を歩いている。
「そういうこと。そして、今回晴れて『哀れな』異世界人の世話係を命じられたわけだ。」
隊長殿が自分の肩に手を置く。
「ギル。失礼ですよ。」
ロイさんが窘める
…あれ?ロイさん笑ってません?
「ゴメン、ゴメン。まぁ、これから一週間よろしく頼むよ。歳も近いみたいだし、お互い気楽にやっていこうよ。俺のことはギルでいい。ロイのことも『さん』なんてつけずにロイでいい。」
そいった赤髪の青年の笑みは、やはりまだ幼さが残っているように見えた。
もしかしたら、年齢のせいだけではなく彼の気立ても関係しているのかもしれないが。
「あなたが言いますか、それを。まぁでも、私としてもその方がいいですね。この話し方は誰に対してもそうなので、気にしないで普通に話してもらっていいですよ。」
深い緑の瞳が見えなくなるほど目を細め、優しく笑うサラサラの金髪の青年。
「でも、2人ともその若さで隊を任されるなんてすごいよな。」
そう言うと、ギルがまた笑う。
「だから、さっきも言ったろ。俺たちは雑用部隊。どの隊でも1人は居る厄介者を集めて1つの隊にしたのが俺たち。つまりは、厄介者№1と№2なんだよ。」
「ギルはまだしも、ロイはそんな印象ないないなあ。」
「その通り。一緒にされちゃ困ります。」
「言ってろ。それより早いとこ休憩しよう。堅苦しい言葉遣いしてたから肩こっちまったよ。」
「そうですね。マサト。これから、あなたが寝泊まりする部屋に案内しますが、そこでお茶にしましょうか。」
「…牢獄じゃないよね?」
「違うよ。ちゃんとした部屋だって。てか、結構根に持ってるな。」
「あれは、完全にあなたが悪いです。」
なんやかんや話しながら、歩くのは楽しかった。
もうとっくに忘れてしまったような感覚。
他人に囲まれて過ごす感覚。
それが、ひどく幸せに感じる。
いつ以来だろうか。父さんと母さんが死ぬ前は、こんなことも少しはあった気がする。
「着きましたよ。」
ロイが1つの部屋の前で足を止めた。
「ここが、お前の部屋だぜ。」
そう言いながら、ギルが自分より先にドアを開けた。
人。人。ひと。ヒト。他人。ひと。
「よう。遅かったな隊長。おっ。そちらが異世界からのお客さんかい?」
「失礼なこと言うな。全裸特攻隊長だ。」
「バカ。何言ってんだ!パンツは穿いたんだよ。全裸じゃねぇ。」
「どっちでも一緒だよ。漢であることには変わりねぇ。」
1人部屋にしてはかなり広いものの、その中にガタイの良い男たちが数10人。
「何先に始めてんだよ。ちゃんと隊長様を待てよな。」
「あんまり、騒いではいけませんよ。」
普通に溶け込んでいくギルとロイ。
―もうとっくに忘れてしまったような感覚―
―他人に囲まれて過ごす感覚―
―それが、ひどく幸せに感じる―
…いや、それにしたって人数多すぎじゃないですか。
お茶じゃなくて、完全に宴会でしょ。これ。
前言撤回します。