僕の成長
朝を向えた。
九条は勇者として国に迎え入れられたらしい。
昨夜は、勇者の歓迎祭が開かれたそうだ。
それは、盛大なもので誰もが新しい勇者の誕生を歓んだとか。
ちなみに、自分は今
牢屋の中にいる。
まぁ、牢屋といっても罪人を収容するようなためのものではなく、お騒がせものを一時的に拘留するための拘置所みたいな感じのもので、個別にではなく、まとめて広い場所に入れられている。
今日は、祭りを仲間で楽しみ。おいしく飲んでいるうちに、全員が途中で記憶を無くしてしまった皆さんと一緒だ。
「いやぁ。まさかこんなところで、お目にかかれるとは。祭りで話題になった、もう一人の勇者様によぉ。」
「ホント、尊敬するぜ。とても真似できねぇよ。」
「あぁ、千を超える巫女様に向って突進する。ほぼ全裸の男。」
「しかも、唯一穿いていたパンツは、何故か燃えかけていて、かなり際どい。」
「まさに、漢だな。」
「いや、勇者だ。」
「ていうか、良かったな。囚人服貸してもらえて。」
「会えて嬉しいよ。勇者様。」
「もう、勘弁してくださいよぉ。」
自分がそう言うと、笑い声がいっそう大きくなった。
ていうか、見張りの騎士みたいな人まで笑っている。
「お前ら、そのへんにしとけよ。」
リーダー格の男が口を開いた。でも、笑いを堪えている。
「まぁ、気にすんなよ。すぐに此処からも出られるさ。あんたも異世界人なんだろ?」
ふぅ、と一息つき。リーダー格の男が言った。
「何で、わかったんですか?!」
身を乗り出してしまった。
「何でって、あんた勇者の知り合いなんだろ?勇者が、あの男は自分の知り合いだって言ってるっていうし。それに、巫女のうちの一人も、あんたが、異世界の人間だってしきりに訴えてるそうだぜ。」
「ホントですか?」
九条にたどり着く前に、巫女さんたちの魔法で捕えられてしまったのだが…九条も自分に気付いたのだろうか?
それに、レナも自分のことを庇ってくれているみたいだ。
「まぁ、その黒髪と黒い瞳を見れば、誰だってこの世界の人間じゃないって気づくけどな。」
別の男が、口を開いた。
「え?そうなんですか?」
「ん?まぁ、まぁな。」
リーダー格の男は少しバツが悪そうに答えた。
「やっぱり、不吉なものなんですか?」
異世界で東洋人特有の黒髪と黒い瞳が不吉。というパターンはよくあることだ。
ゲームとかの話だけど。
「いや、不吉ってわけじゃない。まぁ、両方揃ってるってのは、かなり珍しくはあるがな。でも、かつての勇者にもおまえと同じで、黒い髪と瞳をした奴がいたらしいしな。まぁ、この世界じゃ黒ってのは力の象徴みたいなもんなんだ。それが、体の主だったところに現われてれば、何かと目立つ。それだけの話さ。」
きっと、気を遣ってくれたに違いない。何となくそんな感じがした。
「この世界について聞きたいことがあれば、聞いてくれや。わかるかぎり、答えてやるよ。」
との言葉に甘えて、色々質問することにした。
実は、兼ねてから気になっていたことがある。それは、レナがこの国を
「ヴァルハイト王国」
と言ったことだ。ここで、その名に思い当たる節がある。
それは、元の世界の学校の図書室で読んだ、あの白い本。
その中にも、ヴァルハイトの名が載っていた。
あの本を読んだ時の不思議な現象。
間違いなく自分が異世界に飛ばされたことと、何らかの関係があるに違いない。
しかし、もしそうだとするのなら…おかしい部分がある。
「あの、ここはヴァルハイト王国でいいんですか?」
「あぁ、そうだ。」
「変なこと聞いて申し訳ないんですけど、このヴァルハイト王国が、ヴァルハイト帝国だったなんてことは、無いですかね。」
そう、あの白い本の中ではヴァルハイトは、帝国だったのだ。
普段から本を読んでいる自分が、間違うはずがない。確かにそのはずだ。
「なんだ。お前。歴史の勉強でもしたのか?確かにこのヴァルハイト王国は、その昔帝国だった。と言ってもかなり前の話だ。ヴァルハイト帝国とお隣のエルマー王国は戦争をしていた。しかし、魔王が現われたため、両国は戦争をいったん停止し、魔王を倒すために協同戦線を敷いた。」
うん。ここまでは、あの本に書いてあったとおりだ。
「しかし、魔王軍は強く苦戦を強いられる。そんなときに、7人の強きものが現われる。この7人が魔王の根城までたどり着き、その強さと気高さに感動した魔王が、隊を引いたとされている。」
「それが、勇者ですか?」
「待て、焦るな。この7人は勇者と呼ばれた記録はないし、ましてや異世界人でもない。」
魔王を退けたのが、勇者じゃない?どういうことだ?
「魔王との戦いが終わり、平和を向えたように見えたが、実際は両国ともに緊張が走っていた。なんせ、戦争中だったんだからな。」
「まさか、また戦争が始まったんですか?」
「いや、そうはならなかった。国力が弱まったのを見計らって、エルマー王国で軍事クーデターが起こったんだ。穏健派だった王にしびれを切らしたんだろう。首謀者は当時の将軍。それが後に皇帝となる。」
形が違へど、どこの世界も歴史は似ていると思った。
「ヴァルハイト帝国は、この内乱に乗じてエルマーに攻め込もうとしたんだが、度重なる戦争で不満を募らせていた国民が、なんとエルマーから逃亡した王の息子を担ぎあげて、革命を起しちまったんだ。よって、エルマー王国は、帝国に。ヴァルハイト帝国は、王国になったってわけさ。」
前言撤回。無茶苦茶だ。他国の王族担ぎあげて革命起こすなんて。
「それで、魔王との戦争で疲れ果てていた上に、内政は滅茶苦茶。人々は希望を失いかけていた。そんな時に現われたのが…」
話している最中に牢屋のドアが開いた。
「異世界人。釈放だ。同時に王に謁見してもらう。」
「おっ!良かったじゃねぇか。」
「あなたたちも釈放です。しかし、毎度、勘弁してくださいよ。これで何度目ですか。」
「いつも悪いね。」
この人たち常連だったんだ。
「じゃあな、異世界人。またな。」
リーダー格の男が、自分の肩をポンと叩いた。
「あっ、ありがとうございました。色々教えてもらって。あの、名前…教えてもらってもいいですか?」
「ジンだ。ジン=アルバート。お前さんは?」
「マサト。マサト=シラガミです。」
「変な名前してんな。」
「異世界人ですから。」
「違いねぇ。また、話が聞きたかったり、困ったことがあったらギルドに来な。おれもあいつらも、皆、ハンターだからな。大体はそこにいる。」
「ありがとうございます。」
「すいませんが、そろそろ。」
騎士が、話を遮った。
「それじゃあ、また。」
「おう。じゃあな。」
互いに、別の方向に歩きだす。
一緒に歩いている騎士が、口を開いた。
「あの人たちは、あんなですがいい人たちですよ。私も何度か助けてもらいました。」
「そうなんですか。」
「はい。それと、その囚人服は脱いでいただきます。」
「今度は、ほぼ全裸で王と会うのか。」
「懲りない人ですね。着替えていただくんですよ。」
「わかってますよ。」
ほんの、少しだけユーモアのセンスが成長した気がした。