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僕の物語  作者: ままごと
22/22

僕のミス

 なぜこんなことになった。


どうしてこんなことに…


ついさっきまで、ほんの数分前まで、盗賊達と向かい合っていたというのに…

今は、バイクのエンジンが焼き切れるほどのスピードで盗賊団の拠点に背を向けて走っている。


例えこの混乱を自分自身のなかで受け入れたとしても、落ち着くことはできないだろう。

いや、むしろそんな必要はない。今は焦らなければならない。


―早く、村に戻らなければ―





「たった二人で俺達を相手にしようなんざ、頭がおかしいのか?今日は大事な日なんだ。見逃してやるからさっさと帰りな。」


アジトの門の前で見張りが数人。鼻で嗤っている。まともに取り合うつもりはないようだ。

それは、そうだ。まさか自分だってわざわざ正面から乗り込むとは思わなかった。


「確かに頭がおかしいかもしれませんねぇ。なんたってこっちはアップルパイのために、これから人を200人ほど殺そうとしているんですから。そうですねぇ、例えばあなたの首をこの建物の中に放り投げれば、もう少しちゃんとした人間が出てくるのでしょうか?」


ロイの顔はいつもどおり。これから、女を口説くのかというほどの爽やかな笑顔。

それにたいし、相手はみるみるうちに逆上の色がでてきている。


「おい、兄ちゃん。おまえここが、どこだかわかっていってんのか?ここはな、世間で怖れられている盗賊団『火鼠』のアジ―」


男がこちらに一歩にじりよってきたところで、その男はもう別のものになっていた。


首が無くなればそれはもう、人ではない。


目の前に飛び込んできた光景。鮮血の噴水。


覚悟はあったものの、それでも身体は反応する。胃液が逆流して、酸味と苦さが口に広がる。間違いなく小便も少し漏れた。


「そちらこそ、こちらの言っていることを理解していますか?わたしたちはあなた達を皆殺しにする依頼を受けたハンターです。その相手に迂闊に近づくなんて脳味噌沸いているんですか?」


突然振り抜かれた大斧の片刃に血が滴っている。

ロイの顔は相変わらず、そう血しぶきがついている以外は。


「このやろう。やりやがったな。てめぇ死ぬ覚悟はできてんだろうな。」


きっと、男は武器を構えようとしたのだ。でも、武器を持つための腕はもう、地面に落ちていた。

闇夜に響く、苦痛の叫び。


「こいつ。あんな馬鹿でかい斧をなんて速さで使いやがる。それに、後ろの奴も微動だにしねぇ。油断ならねぇぞ。」


動かないんじゃない、動けないんだ。目の前に広がる惨状に足がすくんでしまっている。


「あなた達のような雑魚も、そして、もちろん盗賊団『火鼠』の頭の命もいただきにまいりました。相手が何人かなんて興味はありません。わたしはねずみが嫌いなんです。」


ロイの瞳が顔を覗かせる。これから、いっきに畳みかけるつもりだ。

身体が震える。『名無し』を握る手に力が入りすぎて腕が一本の棒のようだ。


こんな状態で戦えるのか。本当に今、これから目の前にいるこの男たちを自分が殺すのか。


「本当に今宵は月がきれいですね。」


その言葉を聞いた途端。盗賊達の顔色が一層青くなる。騒ぎを聞きつけて、ぞろぞろと出てき始めていた者たちの足音が突然止まった。


「おい、『月がきれいですね』だと…まさか、おまえ。」


仲間を殺された怒りの空気が急速にしぼんでいくのがわかる。

そのかわりに驚愕と動揺が場を支配しはじめた。


「金髪に深緑の瞳。馬鹿でかい斧。これから葬る者への手向けの言葉。…まさかあんた。」

「なんで、こんなところに、こんな場所に、『金髪の悪魔』がいるんだ。特務番外隊で騎士をやってるんじゃなかったのか。なんで、ハンターの格好なんかしているんだよ。」


少しずつ後退しながら、武器を構える男たち。その数はすでに30人近い。


「聞いたことがあるぞ。金髪の悪魔は勇者と一緒に来た、『もう一人の異世界人』のお目付け役になったって。」

「じゃあ、後ろで、さっきから固まってる薄気味悪い黒髪は、まさかその『異世界人』だっていうのか。」

「『異世界人』に『金髪の悪魔』か。なるほど、それならたった二人で俺たちと戦争しようってのも、ありうる話だ。」

「おい、中にいる奴を全員呼べ。頭と幹部のいないときに、潰されたんじゃ話にならねぇぞ。」


口々に話す中から聞こえてきた言葉に、胸にズシン、とくるものがあった。


頭と幹部がいない…?


そういえば、さっき今日が大事な日だとか言っていたのを思い出す。

嫌な予感が体を駆け巡る。まるで全身の血が鉛になったみたいだ。


「頭と幹部がいない?どいうことですか。」


ロイも怪訝に思ったようだ。それに、同じように何か不穏なものを感じている。珍しく語気が荒い。


突然、叫ぶような笑い声が響き渡った。

ロイに腕を切り落とされた男だ。意識があったのか。


「おまえら、つまりあれだろ。頭のお気に入りのあの小娘に雇われたってことだろ。それで、のこのことこんなところまで来たわけだ。大方俺たちが集まるのを待っていたんだろうが、ちょっとばかし遅すぎたな。頭と幹部が村に迎えにいったぜ。今ごろあの娘、頭にやりたい放題されてんじゃねぇのか。」


泣き笑いのような声を上げながら男は虚ろな目でこちらを見ている。

腕を落されておかしくなった男の姿も十分に寒気のするものだったが、それよりも話された内容がいっそう血の気を引かす。

わかるのは『これ』が得体の知れない不安の正体。


どういうことだ…サラの誕生日は三日後のはずだ。


そう思ったはずだった。しかし、どうやら口に出してしまっていたらしい。


「小娘の誕生日なんて知らねえよ。馬鹿なのか。今日はな、我らが『火鼠』の頭の誕生日なんだよ。その捧げものが、あの小娘ってわけさ。何を勘違いしていたのかは知らないが、おまえらは小娘が叫んで、苦しんで、よがってる時にこんなところに突っ立ってるってことだよ。」


男はまた嗤おうとした、のだろう。胴から真っ二つになった今となっては、どうでもいいことだ。

ロイは切り伏せた死体に一瞥もくれずに、構えをつくる。


「マサト、戻ってください。二人で戻ろうとすれば後ろから攻撃されます。ここはわたしにまかせてください。あなたは、村に戻って、サラを助けなさい。」


ロイはこちらを向かない。だからどんな顔をしているのかわからない。


でも、知っている。自分が今まで動かなかったのではなく動けなかったことを。


それでも、さっきまで一向に動かなかった体が動く気がした。人の死をみる恐怖より、サラを守れないかもしれない焦燥が体を動かそうとしているのか。


「はやく行きなさい。」


ロイの怒鳴り声とともにバイクに向ってもつれる足で走り出した。




泣いていた。


どうして、『誕生日』がサラのものだと、疑わなかったのだろう。

サラ自身もそう思っていたから…いや、よくよく考えれば気づくことができたはずだ。

ありえない体験をして、ありえない魔法の存在を知って、だからといってすべてのことを鵜呑みにしていいわけではないのに。


考えること、疑うことは『元の世界』で最も重要なことだったじゃないか。


なぜ、それを怠った。

なぜ、こちらの世界の人間と同じ感性で、感覚で物を考えようとした。


なぜ、なぜ、なぜ…


後悔と自分に対する言いようのない怒りが、グルグルと頭の中で回っていく。


「ちくしょう。ちくしょう。」


まだ、村は見えていない。しかし、空が赤く燃えていた。



―来るのが遅いよ―



頭を過る記憶。



―ねぇ、約束しよう―



どうして思い出す。なんで、今あの子のことを思い出さなきゃいけない。



―あなたは優しい人よ―



やめろ。やめてくれ。



―わたしね、それでも信じたいの―

                    ―駄目なのかな、夢みたら―

 ―どうして、そんなに悲しい顔するの―

                           ―きっと大丈夫よ―

   ―雅人。良い名前じゃない―

―わたしはね―            ―悔しいよ。やっぱり―

   

―可愛くなくたって良かったの―

                  ―強い人になりたかったよ―


―雅人。きっとなってね、強い人に―



そこはまさに、地獄絵図だった。村の人々が逃げまどい、それを本当に楽しそうに追い回す男たち。

バイクを放り捨てて、燃える村に飛び込んでいく。


男が数人で取り囲んでいる真ん中に人が倒れていた。顔は男たちの影に隠れて見えない。

ボロボロにされたネグリジェから出ている脚だけが見える。

赤く燃える火のなかで、見えるネグリジェの色はピンクだった。


―でも、やっぱり助けてほしかったな―


頭に流れていた記憶が終わりを告げた。


そして、それは始まり。

まるで、無数の虫が足のつま先から髪の毛の一本一本まで走っていくような感覚。

髪の毛が逆立つのがわかる。


知っている。『これ』をこの感情を自分は知っている。いや、感情なんて呼べるものじゃないのかもしれない。


それは、悲しみよりも激しく、怒りよりも甘い。


―殺さずにすむかもしれない―


あの思いも。


―恐怖を受け入れることだ―


あの言葉も。


もう何の意味もない。これに身体が支配されたら、意味なんて消えてしまう。


知っている。これは、これが―


『狂気』


気がつけば叫んでいた。


殺してやる。ぶっ殺してやる。




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