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僕の物語  作者: ままごと
19/22

僕のやる気

「ここが、依頼が出された村です」


バイクで5時間以上、距離は…はっきりいってわからない。とにかく遠かった。


寂れている。それが第一印象。真昼間だというのに活気が全く感じられなかった。


「二年前まで有名な鍛冶屋がいたので栄えていたらしいのですが、その鍛冶屋が盗賊に殺されてしまって以来、町は衰退の一途をたどっているみたいですね」


バイクに寄りかかりながら煙草をふかしているロイ。

立場を捨てハンターになり、その立場を別の形で、しかも命がけで手に入れなおした男。


もしかしたら、いや、ほぼ間違いなく自分は「とんでもない男」と行動を共にしているのだろう。

この男を理解することはできるのだろうか。


それをロイは望んでいるのだろうか。


すべては、そのへばりついた笑顔の中か…


そんなことを考えながら、自分も煙草に火をつけようと思い風よけに身体を前に屈める。


「うっ…」


背中に走る刺激に小さいうめき声をあげてしまった。


「まだ痛みますか?まぁすぐに治まりますよ。後で傷薬でも貰って塗りましょう」


根負けして彫ることになった刺青。何を彫るかは…あまり悩まなかった。

もし彫ることになったとしたら、「これ」にしようと早い段階で決めていたのだ。

絵を入れたのは昨日の話なので、背中はまだ熱をもっているし、痛みもかなりある。

しかし、依頼がそれなりに急ぎのようだし、そんなことを言ってもしょうがないということで今ここに居るのだ。


「ここですね。依頼主の家は」


ロイがノックしようとした手を一旦止めて、こちらを振り返る。


「言い忘れていましたが、依頼主は14歳の少女。そして…殺された鍛冶屋の一人娘です」

「それ、言い忘れるようなことなのか。忘れないだろ普通」


ロイは返事を返す前にドアをノックする。


「細かいことを気にする男は嫌われますよ。特に年頃の女の子にはね」


しばらく待ってみたが応答がない。何回か繰り返して見たが、耳に響くのは風の音のみ。


ここは風が強い。


「留守みたいですね」


さて、どうしたものかと依頼用紙を見つめるロイ。


「近所の人に話を聞きに行ってみるか。どこに居るのか分かるかもしれないし、盗賊のことも色々聞けるかも」


ロイが依頼用紙を折りたたみ、ポケットにしまう。


「期待はできないですね。基本的に皆ハンターとは関わり合いたくないでしょうから。おそらくはまともに取り合ってくれないでしょう」

「この村を救いに来たのにか」


ロイは大袈裟に首を振り、肩をすくめた。


「村を救いに来たんじゃありません。盗賊を殺しに来たんです」


何の違いがあるのか。

そう思ってもおかしくなかった。

でも、それに大きな違いがあることを、なんとなくだが感じていた。


「じゃあ村長の所にいかないか。依頼のことを話せば会わざるを得ないだろ」

「それが、妥当ですかね。気になることもありますし、村長にあっておくのは賛成です」





「まさか、あの依頼を受ける人がいたなんて…」


絶句に等しいくらい苦しそうに絞り出した言葉。

客用のボロボロのソファーは座っていると変な態勢になってしまう。


「まず、お伺いしたい。あの盗賊達を、『火鼠』をあなたたち二人だけで倒すことができるのですか。奴らは急速に力をつけ、傭兵団も今では関わりたがらないほどの奴らなんですよ」


正気の沙汰じゃないという村長。おおいに同意する自分。


「傭兵団が面倒事に関わらないのはこれに限った事ではないでしょう。低級の魔物を倒して治安を守っているふりをしているだけですから」


ロイは姿勢を見事に保ちながら優雅にコーヒーを啜る。最初見たときは色の濃い紅茶なのかと思ったが、顔色一つ変えずに飲むとはさすがだ。


「…恐れているのは報復ですか」


そう言って、煙草に火をつけようとしたロイを、ここは禁煙だと言って奥さんが止めた。


この世界にも禁煙があったのか。いや、煙草があるのだから当然と言えば当然か。


「当たり前です。個人的な契約でもあっちはそうは思ってくれません。あなた達が失敗すればまず間違いなく恐ろしい報復が待っているでしょう」


なぜだろう。言っていることは至極当然のことに思えるのに、腑に落ちない気がした。

いや、というより…嘘をつかれた感じがした。


「それは無いんじゃないですか。いや、無いことを知っているのではないですか」


自分の感じたことは間違いでは無かったのだと思った。その確信を得る糸が紡がれていく。


「そもそもこんな村に、なぜ盗賊達は執着しているのでしょうか。最初こそ鍛冶で栄えたこの村に目をつけたのも納得できる。しかし有名な鍛冶職人が死んでしまった今、この村は金や物資を集るにはあまりにも寂れている。おそらく盗賊達はもう、どこか他の所にそういう供給源を持っているに違いない。では何故なのか。そうこの村にはもっと他のもの、金や物資では無い他のものを得るために干渉を受けている。そのために生かされている。だから些細なことでは滅ぼされない。違いますか」


ロイは淀みなく言葉を並べた。

彼の「気になること」とはこれのことだったのだろう。今わかった。

そして、盗賊達が求めるもの、それはおそらく依頼主の少女に関係している。


「こんにちはー」


長い沈黙を破ったのは、村長でも奥さんでもなく、一階の玄関からの声だった。





「これが、私のお父さんとお母さん」


写真に写っていたのは十人に聞けば十人が色男だと言う美男と、百人に聞けば百人が別嬪だと言う美女。

目の前の少女も、例に漏れずその美しさを受け継いでいる。

未完成な美しさと、微かに残るあどけなさは、その年齢特有のあやうい魅力を醸し出していた。

確かに盗賊団のボスが虜になるのも頷けなくはない。


『これは…もう少しすればかなりの上物になるな。2年後の誕生日におまえをむかえにくるからな』


そう言い残して去っていったという。…ロリコン野郎。


「最初はここの村のお金と、お父さんの武器が目的だったみたい。でもボスがお母さんに目をつけて、攫って行っちゃったの。他にも若い女の人たちが連れ去られたわ。でもお父さん以外誰も盗賊と戦おうとはしなかった。傭兵団も敵わない相手と戦えるはずないって」


一人で暮らすには広すぎるリビング。掃除をするのも容易ではないはずだ。

それでもこの家は小奇麗にされている。

村長の家の方がよっぽど汚かった。


「そんなにジロジロ見ないでよ。何もないでしょ」


きょろきょろする自分に、サラが言う。


サラ。

それが彼女の名前。

旧約聖書に出てくる絶世の美人と同じ名前だ。


関係無いけど。


テーブルの上にアップルパイと紅茶が出される。ロイはすぐに紅茶に手を伸ばした。


「安心しましたよ。今度は本物の紅茶だ」


一口飲んで、満足そうに、そして嫌味っぽく言うロイ。

サラも意味がわかったらしく、笑顔を見せる。やはり幼さは彼女の中に多分に残っている気がした。


「ビックリするくらい薄いよね。あそこのコーヒー。あれじゃ色の付いたお湯だもん」


むしろその方が、味が無くてまだましだったかもしれない。


「サラはアップルパイ食べないの。というか仕事終わってないんだけど食べてもいいのかな」


自分とロイの分しか無いのを見て、尋ねてみる。


「ダイエット中なの」

「…その必要があるようには見えないけど」

「あなた…マサトだっけ。女性にもてないでしょ」


どうして、そんなことを言われなければならないのだろう。


当たっているだけにほんのり悔しい。


「痩せる必要が無い女性が『ダイエット中』って答えたときは他の理由があるの。それぐらいは汲み取ってほしいな。それに女性に『太っている』っていうのはすごく失礼な事だけど、案に『君は痩せている』って言うのも十分に失礼なことだと思うよ」


言われていることはわかったが、それならば自分は何と言えば正解だったのかはわからなかった。


「それに、細かいことを気にする男も駄目です」


そう言ったロイは、すでにアップルパイに手をつけていた。


「本当においしいですね。この村でこんなにおいしいものが食べられるとは思ってもいませんでした。リンゴの酸味とカスタードのバランスが絶妙だし、パイ生地もサクッとしていて最高です」

「ありがとう。まぁ一応商売にしてるからね」


サラはロイとの話に花を咲かし始めた。


素晴らしい模範回答が自分の隣に居たようだ。


「週に一回皆の家にアップルパイを作って持っていくの。それを買ってもらって私は生活しているんだ。これは商売道具だから…だから私は食べないの」


サラの顔に年齢にそぐわない翳りがかかり始める。


「16になったら巫女になれるからいいけど、それまでは自分で生活していかなきゃいけない。お父さんもお母さんもいないから。でもさ、どんなにおいしく作ったって、いい加減飽きると思わない?でも皆、買ってくれるの。きっと私のアップルパイを食べたいと思っている人なんてこの村にはもう一人もいないのに。…でも、皆、買ってくれるの。私をちゃんと成長させなきゃいけないから、盗賊のボスにちゃんと売らなきゃいけないから。それさえ済めばこの村は盗賊の恐怖から解放されるから」


少女は唇を固くかみしめる。でも…それでも泣いてはいなかった。


「生きるために、私はアップルパイを売るの。媚を売るの。自尊心を売るの。お父さんのおかげで栄えていたこの村の人たちに。そのお父さんを見殺しにして、助けようとしなかった村の人たちに。私のことを売ろうとしている人たちに」


サラがきつく握っているカップの中には、もう何も入っていなかった。


『あの子がいなければ、さっさとこの村は滅ぼされていたかもしれない。かつてこの村のために働き、この村のためにただ一人戦った男の一人娘。その子を売って、生贄にして、我々は生きようとしている』


帰り際に村長が呻くようにした懺悔は、清々しいほどに胸糞悪かった。


「そうならないために…来たんだ。サラが無事に巫女になれるように。サラのアップルパイを食べに。盗賊を殺しに来た。ハンターは一度受けた依頼は破棄できない。そんなことをすれば契約違反で他のハンターに殺される。だからこの依頼も命がけで果たさなければならない。それが例え誰も関わりたがらないほどに力を持った盗賊『火鼠』だったとしても…そうだったよな。ロイ」


あの空っぽのカップが満たされるほどに、彼女はきっと涙を流したに違いない。

一人には広すぎるこの家の中で、泣声を響かせていたのだ。


タイムリミットの彼女の誕生日は二週間後に迫っていた。



両親の死体にすがる少女に、変態盗賊は残酷な猶予を与える。

屈辱的な時間を少女は必死に生き、僅かな希望を持って、「忌み嫌われる者たち」に望みを託すことを願う。

すずめの涙ほどの報酬に同意する男が二人。

「望み」はもちろん、この村を救うことではない。彼女を救うこと、それもまた違う。

それは少女の代わりに、少女の悲しみの、怒りの、憎悪の業火で汚い小動物を嬲り殺すこと…


「金髪の悪魔と異世界人のルーキー。この二人でなら、十分に可能です。あなたの希望どおり彼らを殲滅します。それに…」


ロイが久しぶりに深緑の瞳を覗かせた。


「ねずみ…嫌いなんですよ、私」


煙草をふかすロイ。

サラは優しい笑みを浮かべた。


「前言撤回するわ。マサト、あなたきっと女性から好かれる。それからロイ。許可なく煙草を吸う男はあまりいい顔はされないわ」









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