僕の質問
黒い集団の中で自分だけ鎧なのは目立つから着替えてくる、と言ってロイがどこかへ行ってしまった。自分の隣には酔いつぶれているジンのみ。
なんだか、急に心細くなってくる。ロイのおかげでリラックスできていたことはわかってはいたことだが、強面の集団の中で実質1人にされるのはそのことを強く実感させた。
「隣、いいか」
何人かの男が近くにやってくる。それをかわきりにぞろぞろと黒い服の男たちが集まってきてしまった。
自分も黒服を着ているわけだが…威圧感で内臓が「こんにちは」しそうだ。
「ホントに、髪も眼も真っ黒だなぁ」
まわりに観察されている。これが女性だったらどんなによかったことか。たとえおばさんだったとしてもかまわない。少なくとも、顔に傷のあるおっさんたちにじろじろ見られるより百倍ましだ。
「大方の説明は受けたんだろ」
男たちの中の一人が話しかけてきた。会話をするつもりもあったようだ。
「まぁ、それなりには」
声が裏返ってしまいそうなのを必死でこらえて、なんとか言葉を絞り出す。
「まぁ、そんなに緊張すんなよ。ハンターはハンターとは争わない。基本的にはだけどな。ただでさえ、外の世界のやつらから疎外されてんだ。身内で争うなんて勘弁だね。ここのルールさえ守れば誰もおまえさんをとって喰ったりはしない。だからしっかりロイから教わるんだな。そして破ってくれるなよ。そのときは俺たちがおまえさんを殺さなきゃならない。身内の始末は身内でつける。これが決まりなんだ」
こちらをリラックスさせるためが半分、警告が半分。男が出している雰囲気は話された内容と同じものだった。
「頼むぜ兄ちゃん。異世界人と戦うなんざまっぴら御免だからよ」
別の男も話し出す。今度は矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
名前は?歳は幾つだ?こっちの世界の感想は?向こうに女はいたのか?帰る方法はあるのか?役割も属性もないって本当か?Sランクの仕事をいきなり受けたのか?なんでジンと知り合いなのか?
それらの質問に出来るだけ答えていく。もう少し他所者に厳しいイメージを持っていたがどうやらそうでもないらしい。
「背中に彫るもんは、何にするか決めたのかい」
一瞬の間。
空白の一人歩き。
聞かれたことが分からなくて。いや、わかりたくなくて。反応ができなかった。
しかし、この質問は大いに興味のあるものだったようで、自分の次の発言に注意が集まる。
「何のことですか…それ」
正直に、素直に答えた。知識的にも気持ち的にも。
それと同時に自分の期待外れの返答に対する、あからさまにがっかりした反応が返ってきた。
「なんだよ。ロイから聞いてないのか。俺たちハンターはこの黒いスーツ以外にもう一つのトレードマークがある。それは身体に自分の想うものを刻むのさ。基本的には背中だけどな」
そういって男は上半身裸になり、背中をこちらに向けた。
筋肉隆々のキャンバスに描かれた、それ。
魔物か何かだろうか。
元の世界にはいない生き物だったが、口から血を滴らせながらその狂暴な目がこちらをみすえている。その迫力たるや見事なものだった。
そう、それはまさしく刺青。しかも、元の世界で若者に流行っていた、タトゥーとは違う。
その色づかいはまさしく「和彫り」そのものだった。
男たちは次々に服を脱いでこちらに背中を向ける。どれも圧巻だった。
獣が多いがそのデザインはどれも個性に満ち溢れているし、何かの紋章のようなものが鮮やかな色彩で描かれているものもあった。黒一色の陰影だけで女性の裸体が描かれているものもある。
どれも一様に芸術性が高い。
皆、自分の彫り物に誇りを持っているように見えた。どうしてそういう風習になったのかを知る者はいなかった。昔からそうだった。それが理由らしい。
元の世界での極道、または任侠と呼ばれる人たちが背中に彫り物をするのは、自分が俗世から逸脱したものだということを、覚悟を、背中に絵を刻み、その痛みに耐えることで表すからというのをきいたことがある。
どこまで正確なのかは分からないが、ここに居るハンターたちもいわば役割の決められた社会から外れた者たち。
もしかしたら、この彫り物の根本にあるものは変わらないのかもしれない。
「おい、それでどうするんだよ。おまえは何を彫るんだ」
見とれているだけの自分に痺れを切らしたように皆がせっついてくる。
「いや、すぐには決まらないですよ」
そう言ってはぐらかすしかあるまい。というより、いくら圧倒されたとはいえ嫌なんですけど…
皆も、まぁすぐには決まらないよなと言って勝手に納得している。
なんとかこの場は凌げたようだ。と思っていたら、一人が白い長方形の紙を渡してきた。
「自分の頭の中に彫りたい絵を描いてその紙に魔力を込めてみろ。そうすればいい感じに絵が映し出される。それを彫り師のところに持っていけば背中に彫ってくれるぞ」
なんて迷惑な便利さだと思ったが、ありがたく受取って置くことにした。
話題を変えたいと思って何か質問を探す。
「そういえば、このハンターの制服って簡単に手に入るものなんですか」
突拍子もなく出された質問に男たちは、訝しげな顔をした。
「いや、そんな簡単には手に入らないぞ。ちゃんとハンターになる奴だけに与えられることになっていたはずだ」
どうしてそんなことを聞くのか聞き返してくることも無く答えてくれる。
「じゃあやっぱりロイは特別に貰ってくるってことだったのかな」
誰かに向って発した言葉ではなかったが、しっかりと口に出した。
その言葉を拾ってくれた親切な説明係が一つ溜息をつく。
「おまえホントに何も聞いてないんだな。ロイは元ハンターだぞ。というか王宮特務番外隊は皆元ハンターなんだよ」
周りからも失笑が漏れる。
「元ハンターって、一度死んだことにされた人間が…そんな王宮に仕えるなんて仕事に就くことができるんですか」
確かに、隊長のギルや副隊長のロイをはじめ、特務番外隊は年齢層が異常に若かった。
なにか特別なのだろうとは思っていたが、それにしても腑に落ちない。
「そんなふうに王宮の騎士になれてしまうのなら誰でもハンターになって、その後に騎士になろうとしてしまうんじゃないですか。それじゃあ制度が台無しだ」
思った事をそのまま口に出してしまったのは、これまで思いもかけず親切にしてもらったせいかもしれない。
しかし、この言葉はよろしくなかった。
「わかったような口をきくんじゃねぇ」
酔って寝ていたはずのジンが口を開いた。けして大声だったわけではない。
しかし、その口調には言いようのない重さが、いわゆるドスがきいていた。
その目つきはさっきまで自分の隣で寝ていた男のものではなかった。
とてつもない威圧感。
Sランクハンターの片鱗を垣間見せる。
「普通の一番から十二番隊までの人数は50人。それに対し特務番外隊は32人。何でこんな中途半端な人数になったと思う」
ジンではなく他の男が喋りだす。ジンは胸糞悪そうに舌鳴らしをしてそっぽを向いてしまった。
答えを考える必要は無さそうだった。すでに自分が発言していい雰囲気ではない。
「2年前突如、ハンターたちの中から特別に騎士を選ぶ。そんな話が舞い込んできた。なんでも資格はハンターならそれでよし。人数制限も無い。能力があると判断されたものは、すべて採用。さらにはハンター同士で戦わせることも無し。といった破格の条件だった」
予想通り男は自分の答えを待つことなく話し出す。内容は…いかにも胡散臭い。
「多くのハンターがこの話しに飛びついた。望んでハンターになったとしても、後悔しているやつは山ほどいるからな。ハンターの仕事は気持ちのいいものでは無い。国から認められているとはいえ、ほとんどが殺しだからな。それが盗賊であれ革命家であれ掟を犯した身内であれ、うんざりしてくるのもわかる。この時はそういう奴がいつも以上に多かった。最終的に8千人ぐらい集まったらしい」
残ったのが32人この人数の差が、ここにいる自分以外すべてから感じる後悔…悔恨の情の理由なのかもしれない。いずれにせよ最初に感じた胡散臭さが何だったのかわかればすべて明らかになりそうだ。
「俺たちは正直、騎士なんて興味無かったからよ。でも身内のことは心から応援してた。もしかしたら騎士になったってやることは変わりないのかもしれないが、それでもハンターよりはましなんだろうしな。快く送り出したさ。でも…」
男は話を続けようとするが、込み上げてくるものを抑えるので精一杯でなかなか次の言葉が出せない。
「問題は、その採用するための試験の内容だったんだ」
別の男が代わりに話し出す。
「いや、あれは試験なんて呼べるものじゃなかった。」
その内容は…その内容は悲惨なものだった。
彼らに与えられたのはただ「生き残れ」というもののみ。それが採用条件だった。
彼らは戦争に利用された。
戦争といっても魔物とのだ。この世界では魔族は魔物を用いて人間を攻めることはないらしい。よって魔物たちは群れを持つことはあっても巨大な集団を築くことは基本的には無い。
しかし、稀に高い知能を持った魔物があらわれて低能な他の魔物たちを統率し、集団…いや軍隊を作り上げて人間を襲うことがあるらしいのだ。
300年に一度あるか無いかの本当に稀なケース。大陸の大平原に魔物たちは集結していた。
彼らは当初、意気揚々と戦地へ赴いて行った。その数が1万だと聞いたからだ。
一人が2匹倒せば十分すぎるくらいお釣りが出る。そんなふうに考えたかは知らないが、それでも楽勝ムードだった。
話が、そううまくいかないのは想像通りだ。
いざ、戦地に着いた時、彼らが目にしたのは、大平原の地と空を黒く塗りつぶしてしまいそうな大群。
あとでわかったことだが少なくとも20万はくだらなかったそうだ。
彼らはすぐに引き返そうとした。話が違いすぎる。
しかし、それは許されなかった。退路を傭兵団と騎士隊の混合軍が塞ぎ、逃げようとする彼らに魔法の威嚇攻撃までしてきた。
彼らはそこで、国に謀られたこと、戦うしか無いことを悟った。
そう国は特務番外隊なんて作るつもりはなかった。
それを餌に魔物の大群を少しでも削るための犠牲となる駒が欲しかっただけだったのだ。
だが結局最後まで、傭兵団と騎士隊の混合軍は戦闘に加わることはなかった。
ハンターたちが全滅したところで、戦闘を開始することになっていた。
しかし、そのハンターが、あろうことか20万という圧倒的な数の差を乗り越え魔物の大群を全滅させてしまったのだ。
大地を埋め尽くす死骸の中、立っていたのが今の特務番外隊の32人。
そのなかでも魔人のごとき働きをしたのが、「一本槍のギル」と「金髪の悪魔」のロイ。
そのふたりが半数以上を倒したなんて噂も広まったらしい。
血まみれの顔で国王に向って
「依頼は果たしました。報酬はちゃんといただけるのでしょうか」
と言った、ロイの笑顔は今でも王宮の語り草だそうだ。
ジンやその他のハンターたちが悔やんでいるのは、自分たちがその場所にいなかったこと。
実際上級のハンターたちのほとんどは参加していなく、頭一つ抜けていたのはギルとロイだけだったそうだ。
ジンは特に自分が行っていれば、他のハンターもあれほど死なずに済んだと後悔し国を恨み、宥めるのに大変だったらしい。
それが、話の大体の内容だった。
重たい空気の中皆が一斉に煙草の火をつけだす。
「それにしても、凄いんですね。ギルとロイって」
自分でも的外れなことを言ったと思う。
といってもそれ以外になんて言っていいのか、わからなかったのだ。
「ギルは生まれながらの天才。ロイは…血筋か」
誰かがそんなことをボソッと口にする。
「血筋?」
その言葉が妙にひっかかった。
「ロイは元々一番隊隊長の役割の家柄ジーニアス家の長男。まともにいってれば次期一番隊隊長ってとこだったんだが、いきなり自分の役割を捨ててハンターになって、そうかと思えばまた騎士になってやがる。よくわかんない奴さ」
でも、おかげであの時の奴らも報われるってもんだけどな。
そう付け足した男の口調に、うそはないようだった。
確かに、ロイがいなければ国の思惑通り特務番外隊は存在しなかっただろう。
「あんまり、人のことべらべら喋らないでください。趣味わるいですよ」
後ろの方でロイが煙草を吹かしながらたたずんでいる。
いつ、戻ってきていたのだろうか。
いつもと変わらぬ笑顔。
きっと血まみれで国王の前に立っていた時も…
「明後日に出発します。いいですね」
黒いスーツは鎧よりも似合っている気がした。
「アップルパイ。食べに行きますよ」