僕の街
袖を通すと、自然と自分の身体に合わせてサイズが伸縮する。
「便利なものだな。魔法っていうのは」
独り言を呟きながら鏡を見る。
そこに映るのは上下黒のスーツに白いシャツ、黒のネクタイを締めた男。
靴ももちろん黒。エナメルシューズのようなものだが、中に鉄か何かが仕込まれている感じだ。
「似合ってるじゃないですか」
本気ともそうで無いともとれるような言い方でロイが言った。
「それがハンターの制服になります。仕事をするときは必ずその服装でいてもらいます。結構な優れものなんですよ、それ。耐久性も鎧には劣りますがそこそこありますし、機能性は抜群ですしね。どうですか、着てみた感想は」
もう一度振り返って鏡を見てみる。まぁ、悪くは無い。
「金のバッチが無くて良かったよ」
ロイはなんのことだというような顔をしたが深くは追求してこなかった。
「さて、行きましょうか」
ロイがそういって歩き出す。
鎧をガシャガシャいわせて歩くロイ。それにうっとりする巫女たち。
いつもの城の光景だ。
でも今日やっと自分はこの城から出ることになった。
限られた時間の中でロイとギルが必要な訓練を叩きこんでくれた。
かなりスパルタだったがおかげで魔法も一通り使えるようにはなった。
門の前に着いたのは、歩き出してから20分後だった。
「本当に城ってのは無駄に広いな」
呆れるように振りかえる。遠くでそびえたつ城の天辺が見える。
そして前には馬鹿でかい門。この門が開くのかと思うと少しドキドキした。
「何やってるんですか。行きますよ」
ロイが大門の脇にある、人が一人通るのがやっとというような小さな門をくぐっていく。
まぁ、そうだよな、と自分に言い聞かせて狭い門を通る。
狭い門の方がありがたいんだっけか…
元の世界の宗教の本にそんなことが書いてあったような気がした。
くぐり終えてもう一度振り返ってみたが、塀が高すぎて城は見えなかった。
「何だこれは」
返ってくる答えは予想していたそれでも聞かずにはいられなかった。
「バイクですよ」
ロイは平然と答える。
「あれ、おかしいですね。たしかあなたの世界から伝わったものだと思いましたけど…」
少し不思議そうな顔をする。
それがバイクと呼べる代物ならの話だった。共通点は二輪ということだけ。
タイヤだけで腰くらいの大きさだったし、その厚さも二倍から三倍はありそうだ。
ボディもかなりいかつい。
見たかぎりではかなり前傾姿勢になりそうな感じだ。
「これ、何を燃料に動くんだ」
まさか、これまで自分の魔力で動かすとかは言わないよな、と考えつつロイに聞いてみる。
「モンスターの血を精製したものですよ」
中途半端にリアルな答えが返ってきたので少し面食らった。
そんな自分を他所にロイは淡々と何やら作業をしている。
「なかなかのものでしょ」
ロイは珍しく自慢げに聞いてきた。
「あぁ、黒のリムジンだったらもっと最高だった」
よくわからなかったのだろう自分の言葉を無視してロイは作業に戻る。
虚しくなるから極道ネタはこれからはやめようと思った。
「エンジンを掛けるときはこのメーターがMAXになるまで魔力を送り込みながらかけてください」
簡単に乗り方の説明を受ける。どうやら、これは貰えるらしい。
「さぁ、もう行きましょう」
その言葉を皮切りに動き出す。
はっきりいって鎧を着たままゴツイバイクに乗るロイは違和感たっぷりだったが、そんなことを思ったのもつかの間。自分の乗るこの鉄の暴れ馬を制御するのでいっぱいいっぱいになった。
ロイが止まったのは、町からも遠く離れた、だだっ広い荒野だった。
「着きました。ここですよ」
そう言ってロイが指差した先には、扉が一枚。建物とかそんなものは一切なく扉だけ。
煙草を取り出し、一服する。先に吸い終えたロイが扉を開ける。
よく見ると、階段があり地下に繋がっているようだ。
狭く薄暗い中でよく響くロイの鎧の音を聞きながら、階段を降りていく。
降り切った先に、また扉があった。
「この先が、これからあなたの街になります」
街。という言葉に疑問符が浮かんだが、喋る前にロイが扉を開いた。
一瞬言葉を失う。
そこは。そこはまさに街だった。地下特有のオレンジ色の光が街全体を彩っている。
気が遠くなるほど長い螺旋階段の下に広がるその街は上の世界よりもどこか静かで、それでいながらとてつもないパワーを秘めているようにも感じる。
全体的に上より建物が低いようにも感じる。しかしこの場所からみると隙間なく建物がたっているようにも見える。
その中を小さな人たちが行き来していた。
「なぁ、ここに居る人たちって皆ハンターなんだよな」
階段を降りながらロイに聞く。
「ええ。そうですよ。なにか」
ロイは足を止めずに答えた。
「その割には色んな職業の人がいる感じなんだけど」
少なくとも1つの街が問題無く作られる程度には…
「別にハンターになったからと言って皆依頼をこなさなければならないわけじゃありません。この世界、ハンターのルールに従って、ハンターの街で好きな仕事をする分には誰も咎めないですよ」
なるほど。それならば自分も、と言いたいところだが恐らくは無理なのだろう。
なんとなくそんな気がした。
どれくらい時間がたったのか、やっとのことで階段を降り気きる。
上で見たときの印象よりずっと人が多い。
ロイは人の間をスルスルと抜けていく。正直見失いかけたときロイが止まった。
誰かと話している。
見覚えのある人物だった。
茶色の長髪に豊かな髭。牢屋であったリーダー格の男。
彼はロイの後を追いかけてきた自分にも気がつく。
「おい。全裸の勇者。こっちだ。こっち」
大声で叫んでくれたおかげで周りの視線が痛い。
「その呼び方やめてくださいよ。ジンさん」
あらためてこの男のまえに立って思う。この人かなりの使い手だ。
前に会ったときにわからなかったのは、魔力を感じ取ることもできない状態だったからか、それとも訓練をしてなかったからなのかもしれないが、なんにせよ今はわかる。この人強い。
「何緊張してんだ。まぁこんな世界に来たんだ無理もないけどな。まぁよろしく頼むぜ。マサト」
自分の身体が強張っていたのを見抜いたのか、彼の豪快さの表れなのか大きな手で背中をバンバン叩かれた。
なんにせよ。痛い。むせた。
「これからハンター登録に行くんですよ」
ロイがジンに話を振る。
「そうか、暇だから俺も付いていこうかな。」
ジンは何の気なしに言った。
なんで?とは思ったものの口には出さない。怖いから。
ハンターズギルド。そう呼ばれる建物は街の奥に大きく鎮座していてまさに主要な機関であることを主張していた。
ここに来るまでにロイやジンは色んな人から話しかけられていた。皆さん強面だが、2人が自分を紹介すると口をそろえて「半裸の勇者か」といい歓迎してくれた。
正直、受け入れてもらえるなら何でもよかった。それぐらい皆さん強面だった。
中に入るとさらに薄暗い。
カウンターらしきところで煙草をふかしている白髪の男にロイが話しかけた。
しばらく話が続き、自分もそばに来るよう言われる。
白髪の男はゴンと呼ばれているらしく、ギルドを管理しているのはこの男だそうだ。
「半裸の勇者に会えるとは光栄だね」
あんたもかよ。とは思ったが、言ってる言葉のわりに柔らかさが無かったので少し緊張した。
「まぁ、生きていけるように頑張んな。細かい決まり事なんかはこの二人に聞くといい。異世界人がどんなものなのか見せてもらうよ」
そう言うと席を立って裏に入って行ってしまった。
「良かったですね。気に入られたみたいで」
あれで、ですか。とてもそうは見えなかったけど…
「細かい手続きは済ませておきました。晴れてあなたも存在しない人間です。後は受け取るものだけ受け取って軽い説明会と行きましょう」
今なんかさらっと大事なことを言われた気がするが、気にしないようにした方がいいのだろうか…
それにしても受け取るものって何だ。
なんて、思っているうちにゴンが戻ってきた。
カウンターのうえに色々並べていく。その中の一際鈍い音を立てたそれに目を奪われる。
「あの、これって…」
それを指さしながらロイに尋ねる。
この街に来て強く感じていた極道の二文字。
それがさらに克明になる。
「何って…銃ですよ」
この世界。銃もあったんですか。