僕の知識
「あなたには驚かされてばかりですよ。」
この台詞を聞くのは2度目だ。
今、自分とロイは医務室のベッドに寝かされている。
この世界でもこういう場所は白い天井だ。
「自分でもびっくりだよ。まさかあれで完成してたなんて。」
天井を見つめたまま話す。
正直横を向くのもつらい。ロイもおそらく上を向いたままだろう。
完成したというのは強化魔法のことだ。
どうやらいったん外に出した魔法を身に纏うのではなく、内部に魔力を満たし、あふれ出した魔力を制御したうえで形を整えるというものだったらしい。
つまり、自分がずっとやっていたのは外側を覆えていても中身はスカスカだったため、多少の攻撃で効果を消されてしまっていたというわけだ。
ロイに少しでもダメージを与えようとしたことが、いいほうに転んだ。
「でもさ、それならそうと最初から教えてくれたら良かったじゃないか。」
そうすれば、こんな大事にならなくてすんだのに。
「言っておきますけど、いったん外に放出した魔力を制御して自分の身に纏うなんて器用なこと普通は出来ないんですよ。あなたが身体に魔力を張り巡らした時点で、こっちは完成したのも同然だと考えたんです。ところが、あの様ですからね。こっちだって混乱しましたよ。」
そのわりには、楽しんでませんでしたか?
「まぁ、いいじゃないですか。無事完成したわけだし。これで、あなたはそんじょそこらの使い手には遅れをとることは無いでしょう。それに…」
ロイの言葉が止まる。
顔をロイの方に向けた。ロイは上を見たままだ。
「あの私に放った一撃…あれは何なのですか。いくらあなたが無意識にレジストを習得していたとはいえ、たった一撃であれほどのダメージを受けたことはありません。あの体が一気に重くなる感覚。それにそれだけじゃない。あなたの動きはこの世界のものとはまるで別物です。速かったり、遅かったり。受けるにしてもこちらの力を吸収してしまいそうな柔らかな…いや、しなやか、と言うべきでしょうか。いくら異世界人とはいえこうも違うものなのですか?」
なんとなく分かっていたことだが、こちらの世界には日本特有の「柔」の技術が無い。
だから、ロイにしてみれば自分の動きはかなり奇怪なものに感じたに違いないだろう。
でも、ロイに放った一撃は特にそれとは関係ない。
ロイのダメージが大きかったのは単に鳩尾にクリーンヒットしたからだ。
「あの動きは元の世界でも独特のものなんだよ。知らなくて当然さ。でも、ロイが動けなくなったのも当然だと思うよ。鳩尾に直撃したんだから。」
ロイがこっちを向く気配が無かったので、また自分も天井を見つめながら話すことにした。
向き直ってからも、ロイから返事が返ってこない。
寝たのかな?
「鳩尾ってなんですか?」
不意にロイが言う。
最初意味がわからなかった。
そりゃ、鳩尾を知らない人だっているだろう。
だけど急所としてはあまりにも有名な場所だし、まして軍人であるロイが知らないと言うことなんて考えられない。
「いや、何って。鳩尾だよ。わからないの?」
まさか、訓練のときの「サディスト」のようにこの世界にはこの言葉の概念も無いのだろうか。
「知りませんね。教えてもらえますか。」
少し言い方が悪かったのかもしれない。
ロイの言葉尻がちょっとムッとしているように思えた。
「急所だよ。人間の。その場所を攻撃されると他の場所よりも身体に対するダメージが大きくなるんだ。」
なるべく分かりやすいように説明したつもりだけど、伝わったのだろうか。
「急所ぐらいは私も知っていますが…」
ロイはあまり納得していないようだ。
鳩尾を知らないのであれば、急所も知らないかと思ったのだが、そうではないらしい。
「なら、鳩尾ぐらい知ってるんじゃないか?」
やっぱり、ロイが知らないだけじゃないのだろうか。
「急所と呼ばれる場所は…頭部と恥部しか知りません。」
ロイがはっきりと言い切る。
何だかよく分からないが少し悪いことをしたように思えた。
「あんた達。けが人なんだからおとなしくしてなよ。」
ドアを開けて、一人の女の人が入ってきた。
元の世界ではありえないような青髪。
小さい顔にショートカットが良く似合っている。
濃い茶色の瞳は少し気だるそうな雰囲気を醸し出していた。
いや、気だるそうなのはこの人全体の雰囲気か・・・
おそらく、30代前半。
かなりの美人だが、そのオーラは気の弱い男には少し厳しいかもしれない。
美人なのに敬遠されるタイプ。
こちらの世界でも医者は白衣のようだが、かなりだらしなく着ている。
「まったく、だらしないねぇ。大の男が真っ昼間からこんなところで寝そべってて。しかもロイ。あんたいくら雑用部隊とはいえ、仮にも副隊長だろ。一発喰らっただけで、医務室送りとは情けない。」
ルデアさんと呼ばれるその人は、いすに腰掛けると、胸元のポケットからタバコを取り出し、ライターのようなもので、火をつけた。
この世界にもタバコあったんだ。
あまりに自然な仕草に気づくのが遅れる。
そうとう吸いなれている感じだ。
そういえば、叔父さんにもらったライターどうしたっけ?
「彼は異世界人ですよ。しかも全くの素人じゃない。それに、私の急所を攻撃してきたものですから。」
ロイにしては、棘のある言い方に聞こえた。
まさか、怒ってる?
そんなことを思っているとルデアさんがこちらに近寄ってきて、寝ている自分の額を叩いた。
「あんたねぇ。いくら実戦形式の訓練だからって、股間は良くないよ。機能しなくなったらどうすんの。ふにゃってなたっらどうすんの。あんた王宮の巫女達にまた袋叩きにされるよ。」
「いやっ、違う。違いますって・・・」
慌てて言い訳しようとしたが、ルデアさんはもう椅子に戻ってタバコをふかしている。
話を聞く気は無いようだ。
隣を見るとロイが笑いをこらえているのがわかった。
こいつわざとやりやがった。
楽しそうな色男を尻目に考える。
どうやらこの世界では急所と呼ばれる場所は、頭部と恥部しか知られて無いらしい。
ロイの言葉を借りれば。
むしろ、医学的知識いやもしかしたら、身体に対する知識が乏しいのかも。
なんでも魔法で治しちゃうからかな・・・
「それにしても黒髪の彼。あんた私の前に誰かに回復魔法をかけられてるね。しかも相当腕のいい・・・」
ルデアさんがロイの方に目を向ける。
「レナ・・・かい。」
その言い方には何かいろんな感情が含まれている気がした。
ルデアさんの見せた表情は寂しそうでもあり、咎めるようでもあった。
そういえば、何故レナが医療部門から清掃部門に移動になったのか、正確な理由を聞いて無かった。
ロイがくだらないことを言ってはぐらかしたのだ。
「私にもそれ、もらえませんか?」
ロイがルデアさんにタバコをせびっていた。
完全に話をはぐらかしている。
ルデアさんも諦めたようだ。
「貰いタバコなんてするもんじゃないよ。あんたそうやっていつも他人からタバコ貰ってるだろ。おかげで巫女達の喫煙者は増えるし、自分じゃ吸わないくせに、あんたのためにいつもタバコ持ち歩く奴までいるんだから。勘弁してくれよ。」
やっぱり、ロイは相当巫女達から人気があるようだ。
そして、この男はそれをいいように振り回してるらしい。
「まぁ、その『金髪の悪魔』さんも股間打たれてウンウン唸ってるんだから、かたなしだねぇ。」
ルデアさんは口に端をくいっと歪めて笑う。
ロイは相変わらず目を細くしているせいで表情が読めない。
「『金髪の悪魔』ってロイのこと?」
いわゆる二つ名と言うやつだろうか。
「そうだよ。王宮特務番外隊隊長『一本槍のギル』に副隊長『金髪の悪魔』といえば、泣く子も黙る使い手さ。」
ルデアさんは大きく煙を吐く。
「そんな大層なものじゃないですよ。私より強い人なんて五万といます。この王宮にもね。
ただ、私達は雑用が多い分市民との係わりも多いですから、噂が広がり易いんです。」
「『一本槍』ってのはギルのこと?」
まぁ、確かにあの男。名前にロンギヌスとかついてたしな。
間違いなく槍使いだとは思ったけど、やっぱりそうだったのか。
「まぁね。あの性格にはぴったりの二つ名だろ?」
ルデアさんはまた、口の端を歪ませて笑う。
もうちょっと違う笑い方をすれば男うけも良さそうなものだが。
まぁ、これだけ若いのが副隊長。しかも隊長の方が若い。なんて部隊はいい話題の種ということか。
そういえば、まだこの世界の仕組みについて詳しく聞いてなかったような気がする。
ちょうど身体を休めている間に聞いておくのもいいかもしれない。
「なぁ。ロイ。休んでる間にさ・・・」
そういい始めた時にドアが勢い良く開く。
「元気にやってるかぁい!」
レナだった。
あまりに普通に入ってきたので、正直もの凄い違和感が。
だって、さっきまでの会話の雰囲気じゃレナと医療部門には並々ならぬ因縁がありそうな感じじゃなかったっけ?
なにこの普通の感じ。
ルデアさんは心底呆れた顔をしている。
「あんたねぇ。誰かに見つかったらどうすんの。」
どうやら、出入り禁止をあっさりレナが破っている状況のようだ。
というか、やっぱりダメなんじゃん。
「大丈夫だよ。ルデアさんしかいないの確認してきたし。それに気になっちゃって。マサト大丈夫?ていうかロイまで、寝てるの?」
レナは大きな目を丸くさせながらこちらを見ている。
「だらしないだろ。黒髪の彼にやられたんだと。急所に一発ぶち込まれたんだとさ。」
ルデアさんはタバコを灰皿で潰していた。
そんなルデアさんを見ていると、レナが視界をふさぐ。
そして、自分の額を叩いた。
「もう。ダメじゃない。いくら自分がボコボコにされたからって、頭から噴水みたいに血がでたからって、股間を攻撃しちゃだめだよ。訓練なんだから。機能しなくなったらどうするの?ふにゃってなったらどうするの?」
レナはわかりやすく頬を膨らませている。
・・・あなた達なんて嫌いです。