僕の一撃
「いいか。ただ勢いをつけて殴るだけじゃダメなんだ。今から正しいやり方を教えてやる。」
始めて叔父が武術らしい技術を教えてくれたのは、股が180度に開くようになってからだった。
「相手の懐に飛び込む最後の一歩で、左足が地面に埋まるほどおもいっきり踏み込め。おまえは右利きだからな。あと、少しオープンスタンス気味にな。それと同時に、左手も軽く肘が曲がる程度に前に出す。この時、左手が壁に触れているようなイメージを持て。」
叔父さんが実際にやって見せてくれる。正拳突きに近い構えだ。
「右足は後ろに残すようなイメージで、脇をしめ。親指が上にくるようにする。最初に勢いをつけた分、おまえの体には前に行こうとする力が働いている。その力の流れに上手く合わせるんだ。これは、センスが必要だな。その流れの中で、一番最初に動かすように意識するのは腰。後は肩、肘の関節を回しながら、やや斜め下気味に相手の鳩尾にぶち込む。」
叔父さんは勢いをつけずに止まった状態からだったのだが、放たれた拳の音はその威力を十分に物語っていた。
「ちなみに、相手を殴るというより左手でイメージした壁を殴るつもりでいい。最初は相手との距離が近すぎるように感じるかもしれないが、慣れれば違和感もなくなる。」
自分でも真似してやってみる。なかなかしっくりこない。
「まぁ、練習あるのみさ。ちゃんとマスターすれば止まった状態からでもかなりの威力をはっきするぞ。」
そう言うと、叔父さんはニコッと笑い、不意に懐に入ってきた。
なんか、冷たい。
「マサト。起きてください…」
誰かの声がする。
「起きてください。」
冷たい何かが、顔を覆い息が苦しくなる。
水?
「ぶほぁ!」
咳きこみながら起き上る。
見上げればバケツを持ったロイが立っている。
どうやら気絶していたようだ。
そして、起すために水をぶっかけられたらしい。
かなり、ボコボコにされたからな。
途中から記憶がない。
業を煮やしたロイがスピードを上げてきて、5発ほど攻撃を喰らったのまでは覚えているのだが…
身体は5発では済まなかったことを自分に知らせている。
いったい何発殴られたんだ?
思い出せるのは笑顔で自分を殴るロイの顔。
その顔が先ほどの夢の叔父の顔と被る。
あの後、2日ぐらい飯食えなかったんだよな…
どうしてこうスパルタな人間ばっかりなのだろう。
深く溜息をつく。
「途中から魔力が自然に反応しだしていましたよ。といってもまだまだですけどね。」
床に転がった木剣を拾い上げるロイ。
あれ?なんかその木剣…血が付いてませんか?ロイさん。
「どうしたんですか?マサト。」
「いや、なんかロイの持ってる木剣に血が付いてるような気がして…」
ロイは木剣をまじまじと見る。
「うん。いい感じですね。やっぱり血の出ない訓練なんて、訓練じゃないですから。」
ロイはいたく満足そうにしている。
どうやら間違っていたのは自分のようだ。
血が出たってことは、たぶん頭だよな。
そう思い、頭を触るが手に血は付かない。
あらためて見ると、痛みこそあるものの身体の傷口が塞がっている。
「ロイって、回復魔法も使えるんだね。」
血を拭いていたロイに話しかける。
「私はそんなもの使えませんよ。」
「へ?」
ロイの答えにキョトンとしてしまった。
「そろそろ、私の存在に気付いて欲しいんだけど…」
後ろから声がして振りかえると、そこには見たことのある金髪、青い瞳…レナがいた。
壁に寄りかかりながら、少し不満そうな表情をしている。腕を組んでいるせいで、豊満な胸がより強調されていた。
「レナ!なんか久しぶりだね…」
「何言ってんの。2日しかたってないでしょ。」
「いやぁ。パンツ一丁でレナをおぶったのが懐かしいよ。」
「そうでしたね。ほぼ全裸のマサトが一時間以上ハァハァいいながらレナのことをおぶったんでしたね。」
「あんた達…わざと言ってるでしょ…?」
レナが溜息をつく。
「もう。ただでさえほかの巫女たちにからかわれたんだからね。勘弁してよ。まぁ、私から言い出したことだからマサトが悪いわけじゃないけど。」
たぶん相当からかわれたのだろう。レナの顔が少し赤みを帯びている。
「まぁ、何にせよありがと。傷治してくれたのってレナなんでしょ?」
「まぁね。感謝してよホント。苦労したんだから。最初見たときは撲殺死体かと思ったもん。頭から血が噴水見たいに出てるし、左腕曲がっちゃいけない方向に曲がってたし。」
ロイの方を見ると、親指を立ててウインクをしてきた。
なんてやつだ…
「でも、さすが巫女さんだね。回復魔法も使えるんだ。」
「巫女だったら誰でもできるわけじゃないですよ。」
ロイが会話に入ってくる。
レナの方を向くと、うんうんと頷いている。
「ひとえに巫女っていっても色々あるの。医療部門や、裁判部門。それに秘書、清掃、情報整理、研究…まぁ、その他もろもろって感じでね。」
裁判部門まで巫女が担っているのに驚く。
どうやら、この国での巫女はかなり影響力のあるものみたいだ。
「なるほどねぇ。じゃあレナは医療部門なんだ。」
おそらく、魔法の使える程度や能力の高さ、適正なんかで決められるのだろう。
「ううん。私は清掃部門。」
……………………
「何?その顔。」
「いや、別に…」
身体…大丈夫かな…
「あのね。前まで医療部門にいたの。今はちょっと違う部門に居るだけなの!」
レナが少し怒り口調に話す。
「左遷されたんですよ。奥さんのいる人にちょっかい出して。」
ロイが鎧を脱ぎながら、さらっと言う。
「違うから。なに妙にリアルな嘘ついてんの。」
なんだ。違ったのか…
「マサトも何でそんな顔してんの。」
「…すいません。」
レナはまた溜息をついて、ドアの方に向かっていく。
「もうおバカさんたちの相手はできません。私は帰ります。せいぜい頑張ってね。それじゃ。」
最後に少し呆れたように笑いながら、レナは出て行った。
「さて、それじゃぁそろそろ再開しましょうか。」
ロイが木剣を手に取り軽く素振りを始める。
「え?もう終わりじゃないの?」
「何言ってるんすか。そんなわけないでしょ。」
「だって、ロイ…鎧脱いだし…」
「あなたが無駄に避けるから暑くなったんですよ。それにまだ必要なさそうですしね。」
ロイの態度が少し癪に障る。
しかし、実際マスターするにはまだ時間がかかりそうだった。
魔力が自分の体を覆うようなイメージで、ある程度ダメージを無くすところまではできるようになった。
しかし2,3発入れられてしまうと途端に魔力の覆いが消されてしまう。
後はボコボコにされる。
その繰り返し。
「一見完成しているようにも思えるんですがね…何で多少攻撃を受けると消えてしまうのか…原因が分からないですからね…」
ロイも不思議に思っているようだ。
「あと3秒で始めますよ。」
ロイが構えた。
急いで魔力を体から外に出しそれをうまく調整しながら自分の身体全体にはりめぐらしていく。
これがかなり集中力を必要とするので、攻撃を避けにくくなってしまう。
ロイが風音と共に間合いを詰めてくる。
一発。
痛くない。
二発目。
痛くない。
三発目
痛くない…が魔力も同時にかき消されてしまったのがわかる。
ロイの四発目をなんとか避けて間合いをとる。
そして、もう一度魔力を外に放出させとうとする。
「実戦じゃ、そんな紛い物をつくる余裕なんか与えてくれませんよ。」
そういって、ロイが懐に飛び込んでくる。
鈍い痛みが脇腹に走り、足が浮く。
一メートルほど飛ばされ、床に落ちる。
なんとか受け身はとれた。
訓練でも待ってくれないじゃんか…
必死で息をしながら、片膝をつき痛みを堪えながらなんとか顔をあげる。
ロイが見下ろしながら口を開く。
「確かにあなたは強い。かなり武術にも長けているようだ。スピードもあるし私が当てるのに苦労するほど避けるし勘もいい。しかし、一発もらってしまったら、あとはどうすることもできない。しかも攻撃をしてもレジストが使えないせいで相手にダメージを負わせることができない。この世界でこの魔法が使えないのは致命的なんですよ。」
ロイが真剣に説明してくれる。
しかし、悪いが自分はこの訓練を一旦終了にさせたかった。
ロイの言いたいことはわかる。
だとしても…正直もう限界です。
いくら傷口を塞いだとはいえ、かなりダメージが残っている。
思うように身体が動かない…というより一部感覚がない。
そしてロイが説教垂れてる間に少し思いついたことがある。
レジストが使えないと攻撃も防御もままならない。
それは、わかっている。
しかし今自分はロイの攻撃を本当に僅かながら防ぐことができている。
それならば……
一発ぐらいロイにまともな攻撃を喰らわせることができるのではないだろうか…?
そして、その一発で仕留めれば…この訓練は一旦中止となるはず…
ロイが話している間にまた魔力を放出する。
しかし、今度は身体全体ではなく右腕のみに魔力を集中させる。
なんとか威力をあげられないものか…
そう思い外に放出した魔力とは別に身体の内部から右腕に魔力を送り、右腕の中が魔力で満たされるようにした。
これで、ちょっとはましになったろ…
あとは、ロイにこの右腕で一撃をお見舞いするだけ。
おそらくロイもレジストは使用しているが幸い鎧は脱いでいる。
「何をしているのですか?私の話聞いてますか?」
ロイがこちらの異変に気がついたようだ。
「実戦形式の訓練なんだろ?だったらこっちから攻撃してもいいんだよな。正直限界も近そうなんでね。」
「私を仕留めると…?ホントに話を聞いていなかったんですね。」
ロイの雰囲気が少し変わる。
「さて、どうやって私に攻撃をしてくるのやら…楽しみですね。」
ロイは相変わらず微笑っている。
ただ…いつも細められているその目からは…
深緑の瞳が鈍く光っていた。
ロイの視線が身体に絡みつく。
今までにない威圧感に少したじろいでしまう。
しかし、ここまできたら引けない。
きつく木剣を握りしめ、呼吸を整えながらロイと距離をとる。
思い返せばこの訓練の最初の時と同じような状態になってしまった。
少し笑みがこぼれた。
ロイが訝しげな表情をしたのが、わかる。
最後に肺いっぱいに吸い込み一気に走り出す。
ロイは微動だにしない。
さすがだ。
しかし、こちらもただ突っ込むだけじゃない。
木剣をロイの顔めがけて投げつけた。
もちろん木剣に魔力は付加されていない。
だから、当たってもロイはダメージを受けないはずだ。
それは、おそらくロイだってわかっている。
しかし。
人間はそんなに利口じゃない。
咄嗟に顔に飛んできたものは防いでしまうもの。
案の定ロイは自分の木剣で弾いた。
顔を防げば胴ががら空きになる。
一気にロイの懐に飛び込んだ。
刹那の中、思い出すのはあの一撃。
-オープンスタンス気味に強く踏み込み-
-左手は壁に触れるイメージで-
-脇をしめ親指が上を向くように構える-
-相手ではなくイメージした壁を打つように-
-やや斜め下気味に-
-鳩尾にぶち込む!―
鈍い音が空間全体に響く。
ロイの身体は微動だにしない。
「だから、言ったでしょう。」
鼻で嗤うようにロイが話し出す。
「意味がないんで…」
しかし、その言葉は吐血に遮られた。
白い床を真っ赤に染めながら、膝をつくロイ。
「なっ!バカな…」
立ち上がろうとするがその膝は脆く崩れ落ちる。
「これは…参りましたね…」
ロイの顔を見る。
今度はロイがこちらを見上げていた。
「血の出ない訓練なんて、訓練じゃないんだろ?」