僕の理想
「しかし、あなたには本当に驚かされますよ。属性も無ければ役割も無い。挙句の果てには服も無い異世界人なんて。」
「前科はあるけどな。」
「ギル。うまいですね。」
全然うまくないです。というか、いい加減に、もうその話題から離れてほしい。
「服の話は余計だよ。ていうか、着てたんだって。服。でも、魔物との戦いで使っちゃったって。さっきも言ったでしょ。」
自分たち3人を残して、周りの騎士たちは酔いつぶれて寝てしまった。
あんまり飲んだこと無かったけど、どうやら酒は強いらしい。
「封印されていた魔物を倒したんでしょ?いくら力が弱まっていたとはいえ、よく倒せましたね。向こうの世界で武術か何かやっていたんですか?」
あの魔物を倒したことに武術はいっさい関係ない気もするが、質問に対して叔父の顔が浮かんだ。
「強くなりたいんだ。」
周りからの風当たりが強くなり、かなりの頻度でリンチをくらっていた。
「何だ。いきなり。そんなブッサイクな顔して。」
真剣に話しかけたのに、叔父はキョトンとしていた。
「いや、こんな顔しているから言ってるんだろ。もう殴られるのはこりごりなんだよ。」
「強くなってどうする?」
叔父の質問に今度はこっちがキョトンとしてしまった。
「どうするって…強くなれば返り討ちに出来るかもしれないし…それにいじめの的にならなくてすむかもしれないだろ。」
「それが、おまえが望むことか?」
「そうだよ。もう、親がいなくて弱いからなんて理由で殴られるなんてごめんだ。」
「世の中、理由があって殴られることの方が少ないんじゃないか?」
「は?」
たまに、叔父さんの言っていることは難しすぎることがあった。
「正確にはいじめの対象がおまえである理由がない。と言ったほうがいいかな。」
「どういうことだよ?」
「だから、別におまえに親がいないからとか、弱いからいじめられるんじゃないって言ってるのさ。」
意味がわからない。
「あのな。おまえのこと殴っている奴らなんて、別に誰でもいいんだよ。誰かを蔑むことで、自分の尊厳を確立するんだよ。つまり、踏み台にして自分の居場所をつくるんだ。皆必死なのさ、自分を守ることに。自分のことで、頭がいっぱいなんだよ。」
そんなの…
「そんなの最低じゃないか!」
そう言ったところで叔父さんの顔つきが変わった。
「最低?一丁前のこと言うじゃないか。自分のことすら守れずに、俺に泣きついてきてるくせに。何もせずにただウジウジしてるおまえの方がよっぽど最低さ。」
「でも、他人を貶めたりしてない!」
「さっき思いっきり他人のこと『最低』呼ばわりしてただろうに。」
「それは…」
もっと、言いたいことがあるはずだった。
でも、言い返せなかった。
「強くなったって、おまえが独りなのは変わらない。」
そう言った叔父さんの顔は、少し、ほんの少し寂しそうだった。
「なら、それでいい。それで、構わない。」
「ほう。何がいいんだ?」
「独りでも構わない。その代り、誰にも蔑ませない。そして、誰も蔑まない。」
「人である限り無理な話だ。」
「理想を持つくらい構わないだろ。人として。」
叔父さんが鼻で嗤う。
「ずいぶん味気のない理想だな。」
煙草の火を揉み消し、叔父さんが立ち上がる。
中学生の頃の自分には、その姿がひどく大きくみえた。
「おい、陰気少年。」
「なに?」
「おまえ…身体柔らかいか?」
「おい。マサト、マサト!」
ギルに呼ばれて、自分が思い出に耽っていたことに気づく。
「何…股さすってるんですか?」
「おまえ下ネタ多いのな。」
叔父さんとの柔軟体操を思い出したら、痛みがぶり返してきたような気がした。
あれは…拷問だよな…
「何の話だったっけ?」
ギルが呆れた顔をしている。
ロイは相変わらず見えているのか不思議に思うほど目を細め微笑んでいた。
「あなたが武術をやっていたかどうかの話ですよ。」
そうだった。それで、叔父さんのこと思い出したんだった。
「まぁ、どうだろ…道場とかに通っていたわけじゃないけど、師匠みたいなのはいたよ。」
「そうですか。それは、明日が、楽しみですね。」
「いいなぁ。俺は仕事だもんなぁ。」
「どういうこと?」
何の事を言っているのか、さっぱりわからない。
「世話係の仕事として、明日は私があなたを戦闘訓練することになっています。教えておかなければならないことがありますので。」
「どんなこと?」
「それは、明日のお楽しみです。」
人差し指を立てながら、相変わらずの顔でロイが言った。
「あのさ…1つ聞いてもいい?」
「なんですか?」
ギルもこちらを向く。何となく自分の次の発言に注意が向いてしまった。
「股裂きとか…しないよね?」
「おまえホントに下ネタ多いのな。」