僕の日常
6限目の授業の終わりをつげる鐘がなった。
それは同時に生徒達の憩いの時間の始まりの合図でもある。
友人と遊びに行ったり、恋人との甘いひと時に花を咲かせたり、目標の達成のために部活動に励んだり、と学生の放課後は忙しい。
はずである。
数学の教科書を片づけながら、この後の時間をどう過ごそうか考えていた。
自分にとって、授業中の静寂も放課後の喧騒も同じなのだ。
だれも話しかけてこないのだから。
図書室にでも行こうかな、と思い荷物をもって立ち上がった。
本は好きだ。
小説や思想本、流行りの娯楽本に漫画、はたまた絵本まで、なんでもござれといったところで、おかげで国語の成績は抜群に良い。
無駄な知識も増える。
また図書室といった静かな所は話し相手のいない自分にとっては、心地の良い空間でもある。
今日は何の本を読もうかな、と思い少しウキウキしながら教室のドアを開けた。
「白上。ちょっといいか?」
正直、驚いた。自分に話しかけてくる奴がいるなんて。
声のした方を向くと、教室のほとんどの人間が会話を止めてこっちを見ていることに気がついた。
そんなことは、全然気にせずに近づいてくる男。
九条直哉。
長身に小さく乗る顔。濃茶の髪に、それに合わせたような淡いブラウンの瞳。
つまりは美少年。そしてお金持ちの息子。しかもスポーツ万能。
さらには自分に話かけてくるほどのお人好し。
他人から怨まれてしまいそうなほど、完璧に思える彼が誰からも怨まれないのは、たった一つの欠点があるから。
すごく馬鹿。ホントに。どうやって高校に入ったのかわからないくらい。まさに玉に瑕。
いや、すごくいい奴なんです。
何度も言うようだけど自分に話しかけてくるくらい。
でも馬鹿。
「悪いね。呼び止めて。あのさ、2年になって進路調査あったろ?あれ、提出してないの白上だけなんだよ。覚えてる?」
正直すっかり忘れてた。
「わりぃ。すっかり忘れてた。てか、もう調査用紙がどこにあるのかもわかんないや。」
「うん、そうだろうと思って新しいの貰っておいたから、はい。」
と言ってニコニコしながら紙を渡してくる。すごい気が利く。
馬鹿なのに。
いや、そんなこと言ってはいけない。
正直結構嬉しいし。
「サンキュ」
とだけ言って、教室をでた。さっきよりもウキウキしながら。
今日は何読もうかな。
高校の割には結構な数の本が揃っている。
興味のある本はあらかた読んでしまったので最近では、隠れた名作を探すのが秘かな楽しみでもある。
まぁ誰かに言いたくても言う相手がいないのだが。
小説のコーナーで本を適当に物色していく。
そして、本を取ろうと指をかけた時。
何かの音が耳元で鳴った…気がした。
すぐに後ろを振り返ったが、誰もいないし何もない。何の音だったのか。
鈴の音?
ふと、そう思った。
そして、それ以外の何物でもないような気がしてきた。しかし、そうであるなら尚更変である。
図書室で、鈴鳴らして回る奴なんていないよな…
本棚に目を戻すと、自分が指を掛けていた本に違和感を覚えた。
こんな本だったか?
乳白色の表紙。背表紙にもどこにも題名がない。
中を開いて読んでみると、少し幼稚な印象を受ける文章だが、内容はどこにでもありそうなファンタジーもののようだ。
ヴァルハイトていこくと、エルマーおうこくは、けんかをしていました。でもあるとき、わるいまおうが、あらわれました。まおうは、モンスターをいっぱいだして、ひとびとをくるしめました。
ヴァルハイトていこくと、エルマーおうこくはけんかをやめて、まおうをたおすためにきょうりょくすることにしました。
次のページを捲ると、続きが書いてない。
パラパラとページを捲っていくと、いきなり白紙の中から金色の文字が浮き上がってきた。
しかもその文字が渦を巻いていく。
渦はとてつもなく深いものように思え、回転を早め。
まるで自分を吸いこもうとしているかのように迫ってくる気がした。
見ていてはいけないと思った。目を離さなければと思うのに目が離せない。
わずかな抵抗も空しく視界が真っ白になった。その時。
携帯のマナーモードが着信を報せた。
不思議な引力から嘘のように解放された。
まるで、水の中にいたかのように荒ぶる呼吸を落ち着かせながら、押し込むように本を棚に戻した。