98章 一欠片
前回の投稿から随分と経ってしまいました。この春から大学に進学し、バイトも始まって書ける時間が大幅に減ってしまい、投稿が難しい日々が続いています。
ですが、この物語を途中で終わらせる気は毛頭ありません。どうか、気長に待っていただけたらなと思います。
それは間違いなく、笹井夢花その人であった。物憂げな表情で、じっと自分の影に目を落としている。他には誰もいない、寂れた公園の隅で、何をするわけでもなく、ただただ静かにブランコに揺られていた。
「…………」
堺は思わず一歩、公園の中へと踏み込んだ。聞きたいことは山ほどあるし、なによりこんな時間だ。早く帰らなければ母親が心配するだろう。
しかし、それよりなにより堺には遠目から見て夢花がひどくやつれているように見えたのだ。生気を削ぎ取ったような、青い顔をしているようだった。そんな状態の彼女に言葉をかけるには、初まりの一言を選ばなければならなかった。
そのとき。
パキン、と足元で軽い音が鳴った。目線をやると、手のひらほどの長さの小枝を踏みつけているのが分かった。どうやら半ば無意識のうちに二歩目を踏み込んだらしかった。
「あ……せんせ…………い?」
「……よう」
軽く会釈を交わし、短い言葉をかけた。けれど、彼女の表情は沈んだままだった。
隣のブランコに腰をかけ、堺も同じく地を見つめる。特段なにかあるわけでもないのにそうしていたほうが落ち着くのだ。
「なぁ、笹井ーーー」
そっと、息を吹きかけるように切り出した。けれど、そのたった一言で夢花はびくびくと怯えるように震え、何かを思い出したのか、目尻を盛んに拭った。
「ーーー言いたくないなら、俺は無理にとはいわない」
「…………」
「お母さんにも話してないんだろう?だったら、俺なんかに話すのは尚更だ」
「………………」
夢花は答えない。ただじっと俯いたまま、静かに堺の声に耳を傾けているだけだった。
「ただ、ひとつだけ。せめて家にはきちんと帰れよ。あまり親を心配させてやるな」
そういうと、堺は立ち上がって砂埃を数度払ってから公園の出入り口にあたる植木の側に向かって歩き始めた。それから、思い出したかのような口ぶりで振り向きざまに別れを告げた。
「俺は待ってるからな。学校は……そうだな…………授業自体はどうにもならんが、登校する気があるならいつでも俺がーーー」
「待って」
か細い声だった。けれど、彼女にとってはとてつもなく大きな一歩だったろう。底の見えない崖から飛び降りるような、圧倒的な恐怖に抗った結果だ。
「先生……あの子を、どうか…………」
「お前は何か勘違いしてる」
堺は静かに切り出した。できる限り感情の波を抑え、やれるだけのことを成し遂げ、今ここにいる。
全ては笹井夢花、彼女の一片の心に応えるために。
「黒鉄。先生は間違いをすることは悪いことではないと思っている。俺自身も今まで何度も間違いを犯し、色んな人を頼って迷惑をかけてきた。その分だけ、他の人を助けられる人間になろうとしてきた」
ハジメは応えない。先程の喚きが嘘のように鎮まっていた。二人だけの病室に太陽の日差しが差し込み、白いカーテンがほのかに紅く色づく。時間は午後に差し掛かっていた。
「だがお前はどうだ。間違いを犯したにも関わらず、その態度はなんだ。まるでーーー」
「なんのこと?」
ハジメの一言が、堺の言葉を遮った。
「間違いって、何?ボクが一体何をしたっていうのさ。先生大丈夫?疲れてるでしょ。あ、そっか。さっきの処分の話も聞き間違いってことかぁ」
「とぼけるなっ!!」
爆発が起きた。病室のみならず、病棟全域にまで響き渡る大音声だった。
「お前が笹井夢花にしたことは全て俺が聞いた。これを聞いてもまだ分からないのか?」
「だから何の話だって……あと五月蝿いよ」
「言ってみろっ!!お前がしたことを!」
堺の声は窓の外にまで飛んで行き、歪み、霞んで、やがて溶け消えていった。




