90章 三対一
こんなことにムキになるのもどうかと思うが、自己尊厳に関わる問題なので指摘はするべきであろうという考えだ。詳しく説明する義理はないし、するつもりもない。
果たして。少女の反応は?
答えは無視して飛びかかってくる、だった。
「……!」
さっきの暴走少女とは違い、今度は常人の域でのスピードだったため受け切ることは簡単だった。しかし、そのせいで触れ合うほど近くまで間合いを詰められてしまった。
(まずいか……?)
距離を詰められた場合、真っ先に考えられるのは相手に触れることが条件の能力。想像したくはないが、手足を捻じ曲げるような念動力であれば迂闊どころか死に直結する。
ましてや向こうの異能が割れていない以上、先にアクションを起こされたら対処のしようがない。完全な初見殺しだがそれだけ情報がいかに重要なものかが理解できるだろう。
案の定、少女は突っ張るように手のひらを向けて触れようとする。初見殺し、回避するには離れる他ない。
梶樹は後方にステップを踏んで距離をとる。本来ならば瞬間移動すれば楽なはずなのだが……。
梶樹がここまで能力を頑なに使っていないのには理由があった。前の戦いで連続して発動したことが祟ったのか、かなり身体に脱力感がある。使えないこともないが……繭愛の手前、隠してはいるものの自分に嘘はつけない。
最悪、ここは瞬間移動を使うと決めていた。しかし、離れる間のほんの一瞬の際で、ぽつり、と耳元で少女が口にした一言がそれを遮った。
「うちらを、助けて」
後ろへ退いた梶樹は聞き間違えたのか、と思った。梶樹が戸惑ったのも無理はない話だろう。味方に助けを求めるならともかく、今は向こうからすれば敵側なのだ。敵に助けを求める行為は、どう考えても理に叶っていない。
何かの罠なのか。それとも言葉巧みに惑わして"迷い"を作らせるのが狙いか。または……言葉通り、真実なのか。
本来であればこんな選択は迷うまでもなく蹴り飛ばしているはずだ。迷ったら負ける、負ければ限りなく死が待ち受けるような場所に自分は立っている。リスクを承知でドブ沼に片足を突っ込む馬鹿はいない。けれども、梶樹には先の叫びが焼き付いていた。
あの叫びが、嘘のものであるとは到底思えなかった。心の底から湧き出したような、叫び。
確証なんぞない、ただの勘と憶測での考え。あまりに酔狂としかいいようがない馬鹿げたやり方であることは自分が一番良く理解しているはずだ。
それでも、梶樹は助けを求められた手を無情に払い退けることはできなかった。
(結局過去に引き摺られてるのか、俺は)
自分とも繭愛ともそれほど歳は変わらないはずだが、そのためなのかどうにも他人事に捉えられないようになっている。ただひたすらに淡々と物事を見ることが出来るような人間、端的にいえば要領がいいとか客観視ができる人間であればそうはならなかったであろう。
心を覗けるわけでもない、梶樹にできることはたったひとつだけ。
「助けるのは、いい。だが俺は…………ここで死ぬわけにはいかないんだ。まだ妹のことすら満足に救えてないのに、目の前の全員を助けていられる余裕はない」
誠意を持って応答し、最も重要なものを見定めること。今できることはそれだけだ。
「悪いが……その希望には添えないな」
梶樹は金髪の少女から視線を移し、繭愛に迫ろうとしていた青い髪の少女に目を向けた。刹那。梶樹の姿が消えたかと思うと、その手は青髪の少女の腕を掴んでいた。掴まれたことに虚を突かれたか、少女の眼が驚きの色に染まる。
「いつの間に……!?」
「ヨーコ!!」
後ろから別の声が聞こえてくる。梶樹はヨーコと呼ばれた少女の腕を後ろ手に組み上げ、もう一方の手首と合わせてロックを決めた。久々に披露したがこの手のロックは祖父によくやられたものだ。悪童から喧嘩をふっかけてこられることが多かった小学生時代は一対一ならこれで封殺した。
「くっ……!は、離してよ!」
「断る。……と、いいたいところだがそうもいってられないな」
ヨーコに秘技簡易手錠を締めているうちに残った黒髪……暴走少女が近づいていたからだ。離せば今度はこちらが自由になってしまうのだが止めないわけにもいくまい。
この場で離す選択は取れないとなると、時間稼ぎに徹するしかない。連続で使うのはかなり嫌だったが、二回目の迅雷鳴動を使った。
これにより、ヨーコは地下鉄の階段まで遠ざかった。
その隙を逃さず黒髪の前へと滑り込む。もともとの身体なせいか割り込むのは苦労もなかった。
「無理しないほうがいいんじゃないか。肩が外れてるんだ、下手に動くと骨に響くだろう」
この子は先程の怪我で耐え難い苦痛を感じているはずだ。それを考えれば上手いこと誘導できれば向こうから引いてくれるかもしれないという計算だった。
現に無理やりさせられているのなら可能性は高い。




