89章 嘆き
悲痛な叫びだった。地の底から聞こえてくるような、叫び。少女が抱えた巨大な何かが意図せずとも感じられる。それほど、彼女の声は痛々しかった。
「勝手に人を悪い呼ばわりしないで欲しいなあ」
例の少年だった。会話している間に階段を降りてきたらしく、声と顔がはっきりわかる程の距離まで詰められていたのだ。ふとして不意打ちが狙いかと察して、二人の警戒レベルが上昇する。それを知ってか知らずか、少年はひけらかすように続けた。
「そもそも自分の無力さを棚上げしてる時点で、キミに意見を言う権利なんてないんだからね。使えないなら使えないなりに働いてもらわなくちゃ」
さぞ当たり前だといわんばかりの態度に、梶樹が投げつけるように言った。
「……お前、それ本気なのか」
「はい?本気って、なにがさ」
「使える使えないの話じゃないって言ってるんだ。仮にも仲間なんだったらその言い方はないだろう」
これに何を思ったか、少年はきょとんと目を丸くした後に堪えきれない、というふうに噴き出した。腹を抱えるしぐさからみておかしくてたまらない、といったところだ。
「あっははは……キミぃ、よっぽど恵まれてるんだな。こんな状況でまだそんな綺麗なことが言えるなんて、ひひ……あぁ、うらやましー。」
「……何がおかしい」
「なにって、ただでさえ不利って分かってるくせにこっちの心配してるんだからさ。普通自分らのこと考えるでしょ、どんだけお人好しなわけ?それとも何か?いい人ぶって正義の味方きどってるただただ自己顕示欲強いヤツなの?」
早口でまくし立てる少年に、梶樹は怒りや疑念を通りこして違和感さえ覚えた。
ーーなんだ、こいつ。
今までに会ってきた誰とも違う。何か……歯車がひとつずれているような、ひどく異質なものを感じた。
「、にぃ……」
繭愛が何か言いたげにしている。同じように何か気づいたことがあるのかもしれないが、今はそれを聞いていられる余裕はない。
それを裏付けるかのように、少年の顔には嫌味としかとらえられないであろうにへら笑いが張り付いていた。この緊迫した場面で側から見た態度からして相当な自信があるのか、はたまた異能力に精神を蝕まれてしまった哀れな人間の一人なのか。
いずれにしろ、向こうの少女が悪魔とまでのたまうこの男は間違いなく危険だ。考えずとも、梶樹の人を見る直感がそう告げていた。
「……ま、いいや。どっちにしろ死んでもらうことに変わりはないんだし。せいぜい頑張ってよ、正義くん」
「…………水影だ。それに、俺は別に正義がどうとかで声をかけたわけじゃない。その呼び名は当てはまらないぞ」
「あっそ。ミカゲ、ね。覚えておくよ。……忘れなかったらだけど」
パチン、と少年が指を鳴らす。それが合図だったのか、少女たち三人が瞬間的に動いた。
ーー関節が外れているのに?
耐え難い激痛が走っているはずだ。それも、口ぶりからして少なくとも一人はこの状況を納得していない。にも関わらず動かざるを得ないとすれば……。
(あいつの能力に、それだけの強制力があるのか)
なんとかしてやりたいが、少女といえど三人相手は流石の梶樹でも分が悪い。二人分の能力が割れていない分でさらにハンデを背負っている。
「……おにぃ、ちょっとだけ守ってくれる?」
繭愛がぽつり、呟いた。背中合わせに聞いたので向こうの連中には聞こえなかったと思うが、梶樹にははっきりと聞き取れた。
「ちょっとだけって……どうするんだ、繭?」
「止めてみる。できるかわかんないけど……おにぃだって、女の子には手を上げたくないでしょ?」
その答えに、梶樹はふっと笑みを浮かべた。
別におかしくて笑ったわけではない。繭愛の問いがあまりに自分の的を得ていることに、嬉しく思ったからだった。
「……だな。じゃあ……頼んだぞ、繭!」
「……うん!」
二人は背中越しにハイタッチを交わす。触れ合った背中を離して、駆けていく。
繭愛が言うことは正しい。抵抗があるのも事実で、それに止めるだけならなんとかなる、という考えもあった。けれど、その考えは真っ向から否定されることとなった。
青髪の少女、金髪の少女、そして先ほど飛びかかってきた例の少女。そのうち金髪の少女が繭愛に向かっていこうとした。
「待てよ」
「…………」
「そっちにも色々都合はあるんだろうけどさ、可愛い妹に手出そうっていうなら……俺が止める」
「…………あんた、シスコンなん?」
ーーうわぁ、気にするところそこ?
何度も問われて、もはや突っ込む気すら起きない。言い方がおかしいのか知らないが、関係のことを聞かれたときにはこう答えるしかないのだからもう諦めている。
故に、この問いかけに対する答えはこうだ。
「……否定する気はないが、俺たちはそういう関係なんだ。当てはまるかは専門家にでも聞いてくれ」




