85章 到着
「繭、ひとまず他の車両へ行ってみようか。十束と魅緒さん探さないとな」
こくり、頷く繭愛。けれど、梶樹はこれが単なる口実であると気づいていた。考えるより動いていたほうがいくらか楽になれるからだ。
それからひとしきり見回ったが、乗っているのは自分たち二人だけであること、運転手らしき人はいないこと、この列車は三両連結であることが分かった。上の荷台にもなにかあるわけでもない。窓の外は常に暗くなっており、どこを走っているのかは完全に謎だった。
「おにぃ、ねぇ……ちょっといい?」
「ん?どうした?」
車内の探索に一区切りがついたとき、繭愛がそっと語りかけてきた。
「わたしの能力……まだ、話しちゃだめ……かな?」
「二人に、か?」
「……うん」
「そうか…………」
最初から、繭愛の能力自体については秘匿することにしていた。いらぬ危険を背負わせることもそうだが、チーム内に能力格差が生まれれば軋轢を生む可能性すらある。いや、必ず生じるはずだ。仲間同士とはいっても、それは運営側から勝手に決められたようなものなのだから。
繭愛が説明した電気系というのは、間違ってはいないが核心には触れていない。当たらずも遠からずといったところだ。それに、いくら手足感覚で異能を使えようともそれが人の身体には過ぎた力だということを忘れてはいけない。必要以上に力を振るってしまえば、それが大惨事を招くことは想像に難くなかった。
現に、梶樹も表だって見せてはいないが相当な疲労が蓄積しているのだ。《迅雷鳴動》による瞬間移動や物体移動は、確実に梶樹を蝕んでいる。具体的にいうと頭が回らなくなる糖分不足といったところだ。異能を使っていようが、使っている側はただの人間なので処理能力には限度がある。
(しっかり休めばいいんだろうが、そうもいってられないよな……)
ただでさえ生きるか死ぬかの瀬戸際というときに、ほっと息をつく暇があるわけがない。常に緊急事態という意識を持っておかなければ命取りになる。
前回、死人を目の前で出してしまったのはまだ梶樹に妄想や夢の世界であるなどという甘い思い込みがあったからに違いない。今になって覚羅の言葉が身に染みた。
(あんなこといっておいて、だけどな)
繭愛のことを本当に考えていたのはいったいどっちだったのか。幸せなら、などと提言しておきながら心の奥では離れていって欲しくないと望んでいる。本当に、我儘だ。
梶樹はそっと、繭愛の頬に触れて、その感触を確かめるように撫でた。
少しひんやりしていて、ぷにっと柔らかい。膝下まで伸びた銀の髪は、相変わらずのさらさら具合だった。
「……?」
不思議そうにしている紅の目が、梶樹を射抜く。さながら、それは宝石のような輝きを持っていた。……けれど、そこには昔にはあった、太陽のような眩しさがない。今の繭愛をいい例えるとするならば、月というところだろう。
繭愛が両親を失くしてから、梶樹の前であろうともあの頃の眩しさが戻ることはなかった。それも、ただの一度も。
そんな事実を受け入れられなくて、梶樹は半ば諦めかけていたのではないか。彼女の輝きを取り戻せるのは自分ではないと決めつけていたのではないか。
「おにぃ……?なんだか、苦しそう」
「苦しそうに、見えるか?」
「うん。とっても」
はっきりと断言してくるあたり、相当思い込んだ表情になっていたのだと思う。だがそれを確かめる術は、今はなかった。スマホのカメラでも使えばいいのだとあとから気づいたが、おそらく気づいたとしてもそこまではしなかったろう。
「悪いな、こんな卑屈な兄で……。今の状況も、悪いほうにしか考えられなくってさ」
苦笑いしながらいうと、繭愛はなぜか、怒ったような笑ったような、曖昧な表情を浮かべた。
「もう……しょうがないなぁ……」
そういって、目の前で膝をついていた梶樹を抱き込んだ。ちょうどお腹あたりに、顔が密着する。
「おいおい……」
「こうしないと、自信持てないんでしょ?だったら、いくらでもしていいから」
その発言はかなり問題がある気がするのだが……まぁ、気持ちいいので聞かなかったことにしよう。これで繭愛が足を開いていたらと思うとゾッとしないが。
「おにぃは、もうちょっと自信持ったらいいよ。上手くいえないけど……わたしは、そう思う」
今度は逆に撫でられる側になった梶樹は、しっかり言葉を呑み込みつつも、少しだけ恥ずかしかった。前にも似たようなことはしているのだが、電車の中というシチュエーションのせいか余計に気恥ずかしい。
繭愛の気遣いをありがたみつつ、梶樹は最後に抱き返してから身体を離した。
「……次は、繭の力も貸してくれ。俺はもう、ヒヨったりしないからさ」
「…………うん!」
二人がハイタッチを交わしたとき、走行していた列車の動きが止まり、閉ざされていた右側のドアが空気が抜けるような音を立てて開いた。




