71章 手当て
凄まじい轟音と衝撃が弾けるように凪いだ。
風圧が横殴りに二人の身体を仰ぎ、勢い余って吹き飛ばされそうになる。咄嗟に腰をかがめていなかったら、覚羅も繭愛もどうなったことか。
「っ……!」
覚羅は苦悶の声を漏らした。何か飛来物が流されたらしく、顔をかばうようにして交差させていた左腕に鈍い痛みが走る。しかし、それらを無視して今はやり過ごすことだけを考えろと鍛えた喧嘩屋思考がそう告げている。ここは動くべきではない、動いたら、死ぬぞと。
ーー実際、その通りだ。
たっぷり数十秒、爆発の余波は続いた。
反射的に体を沈めたぶん、風圧に当たる体積が減ったことが幸いしたか、なんとか無事にやり過ごすことができた。繭愛も特に怪我らしい怪我はない。
見ると、それまで堅牢な守備と剛力を誇っていた岩の巨人が跡形もなく爆発四散し破壊されていた。辺りに岩の破片が転がっているあたり、間違いないだろう。
唖然と頭を抱えた覚羅だったが、その腕からだらりと赤い液体が垂れていることに気づいた。
(……あぁ、さっきのやつか)
おそらく岩の破片かなにかがぶつかったときに出血したのだろう。意識が集中しているときは何も感じなかったのに、いざ気づいてみるとずきずきと痛む。いや、能力で筋を酷使しすぎたせいかもしれない。
「……!お兄さん、血が……」
「あ?いや、なんでもねぇよ。このくらい……」
「だめ、菌とか……入っちゃうよ」
「こんなん、ほっときゃすぐ止まるっての」
「だめ。上着、脱いで」
「はぁ!?なに言って……」
「脱いで」
昨日とはうってかわって今日の繭愛は、なにやら言葉にできない圧力がある。言動からして大人しい、引っ込み思案な女の子かと思っていたが、こういうところは頑固さもあるらしい。
流石に無下にするわけにもいかず、覚羅は渋々上着の学ランを脱いだ。下は半袖のTシャツなのだが、思ったよりも傷が深かったのか鈍痛が響く。
「……ち、なんで俺が……」
「動かないでね、お兄さん」
繭愛はスカートのポケットから真っ白なハンカチを取り出して、手首まで垂れた血を拭き取ってから、血を流す覚羅の二の腕にそっとあてがった。
「う……っ」
白の生地にじわっと赤い染みが広がり、徐々に大きくなっていく。本当なら水ですすいで洗い流したほうがよいが、近くに水道がないのではどうしようもない。
……いや、ある。水道がなくても水を生み出す方法なら。それは繭愛ならではの解決法だった。
「これで、抑えてて。傷口流さないと……いけないから」
「……そりゃそうだが、流すっつったって水が……っておい?なにやってんだ、お前」
覚羅が訝しげに尋ねたとき、すくうように重ねた繭愛の手に、ばち、ばちと火花が弾けていた。空気に放電しているようで、ピリピリとした電磁気が肌を刺す。
なんの意味があるのかと思っていたが、やがて磁波が収まると、繭愛の手に溢れるくらいの水が出現した。
「これで……流してね」
「いや、それ……どうやってんだ?電気使うのがお前の能力だろ。なのに水出すなんて、おかしいじゃねぇか」
「空気の水分から……抜き出したの。さっきも同じようなことしたから、これくらいは……できるかなって」
「抜き出したつってもな……よくわかんねぇけど、便利なのはちげぇねぇ」
感嘆の息をつく覚羅。
繭愛がしていることは意図的な電気分解なのだが、先ほど起こったことはまた別の話。"能力"としてくくるにはかなり異質な現象だった。
「さっきのは」
「……?」
「どうやったんだ?」
「……うん。水を抜き出したのと、同じ。ちょっと危なかったけど……」
冷えた水滴がつたう腕を見つめ、覚羅は今一度、繭愛を観察するつもりで視線を移した。
ーー本当にいっちばんやばいのは、こいつかもな
電気やら原子の仕組みには明るくないが、やっていることだけを見ればとんでもないということはわかる。それに、まだ身体に馴染んでいないはずの力をここまでコントロールできる応用力は、なぜなのか。
電気を操作する能力とはいったが、それは想像以上に有能なのかもしれない。巨大化虫を撃退するにも役立つことだろう。であれば、それを掌握することが必要になってくる。
「理解できるかはしらねぇが……説明頼む」
「あ……でも、わたしにも詳しくは……わかってなくて。物理とか、化学の話になっちゃうよ……」
「構わねぇ。俺が把握しときたいってだけだ」
戸惑う繭愛を押し切って、覚羅は解説を求めた。
補足だが、繭愛が起こしたのは「水素」の変換である。水素は二つ集まって酸素分子と結びつくと水となるのだが、爆発を起こしたのは単一元素のエネルギー高回転を利用した化学反応で、いわゆる「水素爆発」というものだった。
水素というのは宇宙空間にも存在するごくありふれた元素だが、その実態は可燃性ガスとしての一面も持っており、石油等の化石燃料に頼らない次世代エネルギーのひとつとしても注目されている。
「水素爆発」は高温の水素に引火して起きるものだが、もともとの繭愛の能力で高熱化した電子ならそのまま引火できる。本物なら辺り一面を更地にするほどの威力はあるのだが、影響を計算に入れ範囲を絞って圧縮した成果かそれほど範囲が広いものにはならなかった。
覚羅が息苦しく感じたのは電気分解によって酸素から水素が離れたため。実質酸素不足だったというわけだ。
……ある程度聞いたところで、覚羅の繭愛を見る目が変わった。
「なんていうか……な。あんまそういうのやるなよ?やりすぎたら逆に狙われることになりかねねぇし」
「わ、わたし…………狙われるのは、慣れてるから」
「そういう意味じゃねぇよ!」
計算高いのか抜けてるのか、それとも本当は相当頭がキレるのか。天聖繭愛という少女は雲のようにふわふわすり抜けて掴めない。
しかし、ただひとつ確かなことはーー。
ーーこいつがただのお嬢じゃないってことか。
なぜたが身が引き締まるような感覚を覚える覚羅だった。




