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異端兄妹は日常に戻りたい  作者: 幽猫
second chapter アビリティ・ウォー

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63章 死の鎌

 「ぐっ……!」


 熱と光が散漫し、離れていたにもかかわらず、強風が梶樹を襲撃した。咄嗟の判断だったが、光明といわざるを得ない。もしあのままの距離で巻き込まれたのなら、火傷では済まなかったはすだ。


 「はっはは……!どうだ、こんちくしょう!」


 高笑いする男をよそに爆発で舞い上がった煙が晴れていく。もうもうと立ち込めるカーテンが開かれると、再び巨大な影が姿を現した。


 そこに広がった光景はーー。


 火傷どころか、カマキリにはダメージのあとすら見受けられない。ただきちきちと、左右に伸びた触覚が小刻みに動いている。


 全くの、無傷。


 ーー硬い……!


 もともと昆虫類は外骨格、ヒトなどの哺乳類とは違い、()にあたる硬い部分が外にある種だ。カブトムシがよい例で、戦国の世には鎧や甲冑のモデルにもなっている。


 虫ケラという言葉があるように、人間にとってはか弱い命。ただし、それは()()()大きさであればの話だ。


 この巨大カマキリの大きさから考えて、指で潰すなど誰が思うことか。むしろ逆に、こちらが食われてしまうに違いない。


 まさに、強者と弱者の立場が入れ変わった瞬間だ。


 「な、なに……!?」


 男の表情が変わった。サディスティックな笑みを貼り付けていた顔が、塩をかけられたナメクジのように一瞬にして青くなる。


 しかし、それよりも早く、男の頭上を極太のチェーンソーが振りかかった。カマに生えたいく本もの棘ーー刃が、男の身体に針を通すみたいに突き刺さる。


 ぶす、ぶす、と食い込んで、全身が穴だらけになっていく。針を刺されるような激痛が、男の痛覚をこれでもかと刺激した。


 「ぎぃ、やああああーー!?」


 男が悲鳴をあげた。聞くに堪えない、悶絶の声。だが、そんな命ごいがカマキリに通じるわけがない。


 「ま、待て……!」


 梶樹は自分の行動に迷ってしまった。襲われているのは本来は敵になるはずの人物である。だが、命は命。そこに隔たりなどあろうものか。


 ーー助けるのに、立場なんているのか。


 振り切るように助ける、と決めて男をたいしあの瞬間移動を行使しようとした。


 《迅雷鳴動》を起動する一瞬の隙。だが、梶樹の"迷い"によって遅れたわずかなタイムロスが大きな"差"となった。

 

 「うう、うあっ、うああー!」


 男の悲鳴も虚しく、カマキリのニ撃目が繰り出された。


 肉が裂ける音。もう片方の鎌が男の脳天を幹竹割りに下ろされた。堅い骨にひびが入り、脳髄液が噴き出して、緑の芝生を真っ赤な血潮が深紅に染める。


 「……っ!」


カマキリの刃からぽとり、と赤い液体が垂れていく。つい先程まで声を張り上げていた男の、命の源が失われていく。


 (落ち着け……落ち着け……!)


梶樹は呪言のように繰り返した。後悔しては駄目だ。助けられた命などと自分を責めては、動く身体も動かなくなってしまう。しかし、思いとは裏腹にどうしても意識が離れない。


 とにかく危険だ。カマキリの注意が食事(肉塊)に向いているうちに逃げなくては。術もある、時間もある、それ以外に優先することなどない。


 いちたすいちなどよりも、ずっと簡単な問いかけ。なのに、梶樹はその場から動けなかった。


 (どうして……!)


 金縛りにあったかのように、動けない。蛇睨みという言葉があるが、あれは恐怖ですくみあがった本能が拒んでいるという原理だ。だが、今の梶樹を縛るのはカマキリもどきに対する恐怖などではない。


 罪悪感。救えたはずの命を()()()()罪の意識が、無常にも絡みつく鎖のように、梶樹を捕らえて離さない。


 崖っぷちから突き落としておいて、手を差し伸べず振り払っておいて、おめおめと生きていける人間はよほどメンタルが強いか狂っているイカれ野郎くらいだろう。


 梶樹は残念ながらどちらでもない。真っ当な倫理観の上に座っている。多少、血には耐性がある程度でしかない。


 きち、きち、とカマキリが大顎を動かして人間だった肉の塊をバリバリ食べる。骨ごといったらしく、破裂するような甲高い音が鳴り響いた。


 「うっ……え……!」


 嘔吐感がのぼってくる。無理もないことだとわかっていても精神的に辛い。ホラー映画も顔負けの巨大カマキリによる人間殺戮お食事シーンは、R指定ありでなければ見られない旧世代のB級映画のワンシーンを彷彿とさせた。


 それと同時に繭愛がこの場にいなくてよかったと安堵した。昨日の今日でこのグロシーンは精神的に"毒"だ。事実、梶樹も今にもこみ上げたものをぶちまけそうになっている。


 「あ……」


 瞬間、カマキリの眼がこちらを向いた。大きな目玉はいくつも集まった複眼、その中で黒い点がせわしなく動く。


 血で濡れた鎌を器用に舐めて掃除するカマキリは、梶樹の姿を捉えて離さない。その眼光は人間のように見下しているような、そんな予感がしてならない。


 血で染まった鎌が綺麗になると、カマキリは腹部を持ち上げ鎌を広げ、威嚇の態勢をとった。このポーズは少しでも自分を大きく見せようとするためにとるそうだが、両腕にぶら下がった凶器が揺れるたびにそんなことはどうとでもよくなってしまう。


 「……来る!」


 瞬間、カマキリは大きく跳躍し、梶樹めがけて飛びかかってきた。


 

 

 


 

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