6章 資質と天性
暗い。視界が黒の一点で塗り潰されている。別にそういうプレイが好きとかではなく。
能力抽選のあと感傷に浸る間もなく手早く目隠しをされ、車に乗せられた。おそらく黒服達も同乗しているだろう、どこからかカフェラテの匂いが鼻腔をくすぐった。
去り際にゲームマスターが残した最後の言葉は、
「君達は私のイチオシだ。健闘を祈る」
というものだった。やけに遊び心ある管理人だったが、頑なに人の話を聞かないような堅物でなかった分マシだろう。
車内はしんと静まり返っていて走行する音や、時折聞こえる停止音くらいしか聴覚情報が入ってこない。唯一これが現実であると確づけるのは肩に触れる寄りかかった繭愛の熱くらいなものだろう。
どこまで行くんだ……?
そんな疑問を胸に梶樹は繭愛が引き当てた最高ランク、PRのことを考えていた。レアリティ基準は下から鉄、銅、銀、金となっていてその上が白金、さらに上がプリズムとなっていた。
黒服に聞いて分かったことだが金のGRでも出現率は三パーセント未満ということで梶樹が当てた銀のSRにしてもそこそこ希少な部類だという。ゲームマスターは特に言及しなかったが、割と良い目を当てられたらしい。
そんな中で虹色のプリズムは確率表の欄枠を飛び超えるほどゼロが羅列するとんでもないシロモノだった。具体的にいうとかつて社会問題になり法規制がなされたコンプガチャを一周で全種類揃えるよりも低い。(らしい)
よほどの補正だったのか神様が味方してくれたのか、ともかく繭愛に強力な能力を持たせることができたことに梶樹は心の底から安堵した。チュートリアルはナメクジが相手で慣れた自宅近辺だったからイージーウィンできたものの今後は場所も変更、相手も不明と不安要素だらけだった。
それなら繭愛に強い能力を持ってもらって、少しでも危険を遠ざけようという梶樹の気回しだったが好転しすぎて逆に怖くなっているくらいだ。
「着いたぞ」
その言葉にはっと意識が現実に引っ張られた。つけられた目隠しがしゅるしゅると紐解けるとそこは複数台の車が陳列する駐車場だった。特に変わったところもなく、至って普通に見える……が、並ぶ車両が全てブラックカラーで統一されているところにどうしても違和感を覚える。
ちらりとナンバーを見てみると、書かれていたのはDの一文字。なんだよこれ絶対ふざけてるだろと内心突っ込みを入れつつ外へと足を踏み出した。
それと同時に運転していた黒服のひとりが進み出てきて
「ここからは自分たちで進んでくれ。このキーが君達の控え室だ。着替えの用意がしてあるから別々なのは考慮してくれ」
と番号が書かれたカードを手渡された。……なんだかブラコンシスコン両想い認定されてる気がするが、昔のことについて知っていた運営なら誤解はしてないだろうと淡い期待を抱きながら梶樹はもう一枚のカードを繭愛に渡した。
「ん、……別々、なんだ」
ちょっぴり残念そうな繭愛をなだめて二人は黒服の集団に別れを告げた。
「それじゃあ、色々と世話になりました」
「礼はいい。それより、今後は生き残ることを最優先に考えるんだぞ、期待のホープ」
ぐっと親指を立てる黒服達に流石に苦笑を禁じ得ない。本当にヤバいゲームの運営なんだよなと再度確認するが、繭愛が先に行ってしまいそうだったのでそそくさとその場を離れた。
「にしてもハイテクだな、このカードキー」
頭上に掲げて見上げるカードの表面には矢印がゆらゆらと動いて、コンパスのような役割を担っているようだ。しかもご丁寧に順路とまで末書きしてある。
「この駐車場、広いね」
繭愛はというとさっきから歩きっぱなしでかなり疲弊しているようで目に見えて辛そうだ。まぁ無理もないだろう、いつもならとっくに布団に入っているような時間帯なのだから。
スマホの電子時計によると今の時間は深夜二時。ちょうど深夜アニメがほとんど終わった頃だった。
果たしていつまで歩くのか、と梶樹も段々億劫になってきたそのとき。
ピーン、と鈴が鳴るような音がして手元のカードキーのコンパスがぐるぐる目ま苦しく回転する。
視点を上げるとコンクリート造りの駐車場の中に明らかにそれまでとは違う縦穴があって、オレンジ色の豆電球がぽつ、ぽつと天井を照らしている。縦穴の奥には番号だけが彫られた扉がいくつもあり中には引っ掻き傷のような痕がある扉もあった。
「ここが控え室ってやつか……?なんかどっかの集合住宅みまいだな」
思わず呟いたが隣の繭愛もこくん、と頷いた。見てくれだけは特に違和感は感じない設計なのか。はたまたプレイヤーに余計なストレスを与えないための方針なのかもしれない。
どっちにしろ、やるべきことは変わらないと二人はお互いの顔を見合わせて奥へ奥へと進んでいった。
「104……104……ここだな」
いくつかの扉を素通りしたその先にカードに指定された扉があった。周りと同じく濃い茶色の外装に金属のドアノブ。なんだか近所周辺でも探せばありそうなデザインである。
「よし、じゃあ一度ここで離れ……
その先を言おうとした梶樹の口に背伸びした繭愛の指が無言の停止を求めた。
「だーめ。いわない約束でしょ」
繭愛がくっと口元を吊り上げ笑みを作る。不意を突かれた梶樹はその仕草に思わず心の臓が正常とは異なる鼓動を打ち出すのを感じていた。
ーーこういうのずるいよなぁーー
実際のところこれだけで籠絡される男が何人いるか、とても数えたくない。自身は気づいているのか気づいていないのか分からないが自然に不意打ちしてくるのは元からの資質なのだろうか。
そんな天然な妹にていっ、と指の腹で背伸びを押し返してやる梶樹。梶樹の本質はこの気づき有り体にいうと洞察力に直結する。
天性、つまりは生まれながらの才能というものは実際には誕生からではなく幼少期に作られた能力というのが正しい解釈となる。幼少期の過ごし方によって十人十色の性格が造りあげられるのと同じように得意不得意の概念もこの時点で区別される。
だが、繭愛は違う。生まれながらに持ち得た人間味を感じさせない銀髪、紅い瞳。異端者を拒絶する人の輪の中で弾かれたのはもはや必然だったのだろう。
髪を染めて済むのならと思う人もいるかもしれない。けれど心の傷は一生消えることはない。癒してくれるのは無情な時間だけで救われることはあり得ない。これは彼女が持つ天性の才にして呪い。繭愛を上辺で測るそこらの人間には彼女の傷の重みが分からない。……理解しようとして誰が推し測れるというのだろう。
この笑顔を自分が独占したいと思う自分は、果たして罪なのだろうか、と梶樹は時折悩むことがある。独占欲は人間を人間たらしめる根幹であり責められる口火は欠片もない。そんな梶樹だからこそ繭愛が抱えた心の傷に多少なりとも気づくことができたのだろう。
年端もいかぬ青年と少女。この二人が抱えるにはあまりに強い闇。DOD。このゲームに勧誘された理由もきっとそこにある。全ては三年前、あの日に答えがある。どこかで梶樹はそれを確信していた。
繭愛との今の幸せ。それを起点に梶樹は自分が中学二年だった夏の日を思い浮かべた。